最近の私、ぶっちゃけた話、チヌよりも真鯛が釣りたい。
釣り方なんてどうでもいいので、とにかく真鯛を釣ろうってことで、
今日は、一方ではフカセでチヌを狙いつつ、置き竿で真鯛も狙ってみたい。

7月16日(月)、大きな台風はすっかり過ぎ去り、天気予報では一日曇りとの
予報。風も出ず、一日のんびりと釣りが楽しめそうだ。

当日私は、嫁の実家からの出撃。
こちらの家に嫁と子供を残して釣りに行くのは少々心苦しいが、
嫁の実家からなら、

「俺ちょっと出かけてくるからさぁ、たまにはお義父さんお義母さんと
 親子水入らずでのんびり過ごせよ〜!」

とか適当な事言って、釣りに行きやすい。
目覚ましを3時にセットして、早くも9時には就寝体制。

しかしあれだ。
いつも思う事だが、どうして釣りの前日はこうも眠れないんだろう。
巨大な真鯛と格闘している私を、指を咥えて見つめる会長と名人の姿が
頭に思い浮かんでなかなか寝付けない。

それはまるで遠足を明日に控え、楽しみで眠れない小学生のよう。
見た目はすっかり30歳を過ぎた良い感じのおっさんだが、どうやら中身は
ピュアで透明な小学生のままのようである。
この透き通った綺麗な心を、いつまでも持ち続けていきたいと思う。



さて、そんな感じで9時には床に就いた私だが、気がついたら時計は既に11時を
回っている。早く寝なきゃと思えば思うほど寝れなくなる。

興奮して覚醒している脳を一旦クリアにリセットするために、
冷たい氷水をグイッと飲み干す。

本当はビールでも飲んどけばすぐに寝付けそうなものだが、
体はすっかりおっさんの私、現在アルコールはご法度である。
詳しくはまた後日述べたいと思うが、とりあえずはこれでなんとか寝付くことが
できた。起床時間の3時まで、ぐっすりと眠り、鋭気を養いたい。

ところが・・・


ようやく寝付いたはずの私であるが、深夜、聞こえてくるはずのない小さな
女の子の声で目を覚ます・・・


「おじいさ〜ん・・・」


何っ? なんだか遠い昔に聞いたことがあるような懐かしく、それでいてどこか
寂しげな声。

時刻は午前2時。
なぜこんな夜中に女の子の声が???

ただ寝ぼけている私に幻聴が聞こえたのかもしれない。
再び目を閉じる。


しかし今度は・・・  


ゴソゴソッ! 


私が寝ている部屋の隣の居間から、間違いなく聞こえてきた物音。
確かに感じる人の気配。


私「だ、誰か居る・・・」


生唾をゴクンと飲み込み、聞き耳を立てる。


女の子 「おじいさ〜ん・・・」

私「ひ、ひぃ・・・」

とりあえず布団に潜り込み、気付かないフリをする。


女の子 「おじいさ〜ん、 ペーター   クララー  」


私「んっ? ペーターって・・・  んっ?   この声は・・・  」


そう。彼女の名はハイジ。
ここ日本でも知名度が高い、アルプス生まれの女の子。
訳あって5歳の頃から、アルムの山で気難しいおじいさんと暮らしている。
壮大な自然に抱かれてすくすくと育つハイジの笑顔を、誰もが一度は
目にしたことがあるだろう。

とりあえず声の正体は分かったが、今度は別の問題が浮上。
なぜこんな深夜にハイジの声が聞こえてきたのか。

とりあえず居間への扉そっと開けてみるとそこには・・・


パンツ一丁で寝転んで、真剣な眼差しと結構なボリュームで、テレビを
食い入るように見るお義父さんの姿が・・・


私「って、お義父さん、何してるんですか? こんな時間に・・・」

お義父さん「ん?あー、おはよう。 ちょっとハイジでも見ようかと思って、
       昔録画したビデオを見てるの。」


い、いや、ハイジを見てるのはすぐにわかりますが、僕が言いたいのは
何故こんな時間に、結構なボリュームで、更には自分の部屋ではなく敢えて私が
寝ているすぐ横の居間で、優雅に見てるのかということなのですが。

ハイジだけに、

「おし〜えて〜 おとうさん   おし〜えて〜 おとうさん  」と、
突っ込みどころ満載の奇怪な行動のその訳を問いただしたかったが、
お義父さんの機嫌を損ねるといけないのでやめておいた。


人に命令される事が嫌いで、これまでずっと一人、職人を通してきたお義父さん。
頑なに頑固で、少し酒癖の悪いその姿は典型的な一昔前の日本のお父さん。
ただちょっとだけ変わり者でマイペース。

今彼が一番欲しいものは、鳩が何羽も飼える大きな鳩小屋と高価な伝書鳩
数羽。 総額200万円。

一度お義母さんに伺いを立てたところ秒殺され、別れる別れないの大喧嘩。
イジけて数日間家出したらしい。

一度あきらめたように見せかけているが、実は今でも機会をじっと伺っているの
だよというお義父さんの野望は、嫁の実家に行くたびに聞かされ、かれこれ
30回は聞いた。


そして私、ニ度寝はもう無理だと悟り、予定よりも1時間以上早く出発。
あー眠たい・・・


釣り場に着くと、雨が降っていた。
携帯で何気なく今日の天気予報をチェック。
今は降っている雨もすぐにあがり、今日は一日曇りとの予報。
1時間が過ぎ、二人がやってくる頃にはすっかり雨も止んでいた。

開始早々、永田名人が早くも竿を曲げる。
あがってきたのは25cmほどの可愛いチヌ!

永田名人、遂に、今年の初チヌゲットである。
今年初とか言いながら今はもう、今年を半分以上も過ぎている7月だと言う事は、
気付いてないことにしてあげたいと思う。

そしてまた、 「よっしゃー!」 との声で、今度は40cmのチヌゲット。

釣れない私と会長を尻目に、次は30cmを超える巨大なカワハギ!
何故だかすごく調子がいい。

時刻は10時。この辺りから予報は一転、急に雨が降り始める。

私「ほらー、永田が珍しく調子良く釣るもんだから、雨が降り始めた。」

しかも雨雲は次第に厚くなり、時折もの凄い轟音と共に鋭い稲妻が真っ黒な
雨雲を引き裂く。


会長「ちょ、ちょっと永田永田〜」


一日曇り予報だったはずの天気は、いつの間にか大荒れ。
後で知ったことであるが、下関では落雷による停電まで発生していた。


雷「ゴロゴロー!」


私「ひぃ!」

昔はバスロッド振りながら、雷なんか屁でもなかった私であるが、
歳をとると、色んな事に慎重になり、色んなものが怖くなる。


片隅で小さくなっている私を見かねた会長が語りかけてくる。


会長「おっさんはビビりじゃのー。」

私「いやぁ、この歳になって所帯を持つと、色々大変なんよ。
  釣りに行って、竿に雷が落ちて死にましたってなことになったら
  シャレにならんやん。
  家族やら家やら田んぼやら、守らなきゃならないものが色々あって、
  俺も結構大変なわけよ。 ええのー、あんたには守るべきものが無くて。
  あーうらやましい。

会長「し、失礼な。俺にだって守るべきものくらいあるわい。」

私「ほー、何?」

会長「そ、それは・・・」

私「それは?」

会長「自分自身の・・・     生き方、   かな。。
    こんな俺でも、せめて自分自身には素直に・・・    
    真っ直ぐを貫き通したいじゃん?」


お、おー、格好良い! 格好良過ぎるぜ!
と、不覚にも一瞬ひるんでしまったが、冷静に考えてみると会長、
大丈夫、

「あんた、いつも自分自身に嘘ばっかついてるじゃん。
 真っ直ぐを貫き通すどころか、常に曲がりっぱなしじゃん!
 今朝だって、禁煙を決意してコンビニで禁煙パイポを購入したまでは
 良かったが、早くもタバコ吸ってるじゃん。
 禁煙パイポ、あんたのポケットからこぼれ落ちて、さっきからそこに
 転がってるから。
 俺には、あんたの落とした禁煙パイポが雨に打たれながら恨めしそうに
 あんたのことを見てるのが、ちゃんと見えてるんだから。   残念〜!」



遠まわしに彼の人生や生き方を否定して遊んでいるうちに、2時間が経過。
いつの間にか雨も雷も落ち着いてきた。

時刻は正午。
さぁて、いっちょ、ラストスパート行きますか!
気合を入れて団子をにぎにぎと手返し良く攻めるが、結局私には同じ赤い魚でも
巨大な真鯛ではなくベラしか釣れなかった。
本虫餌の投げ釣りに至っては、ヒトデと海ケムシしか釣れなかった。

午後3時、残念ながら私はここで撒き餌が尽き納竿となったのだが、
今日の永田名人は何故か、信じられない集中を見せていた。

横で道具を片付ける私を横目に、最後の一投。

永田名人「この最後の一投で年無しきたらドラマじゃね?」
   
私「どうせ来んっちゃ。早く撤収して、帰る準備せっちゃ!」
 

永田名人「んっ? き、来た〜!」

私「またまた〜。」

どうせベラか何かでしょ。ってな感じで永田名人を見てみると、ほんとに何か
大きな魚が掛かっている模様。

竿は根元から曲がり、まだ見ぬ巨大魚は穂先をゴンゴンと叩いている。

永田「やべー、でけー!」

私「お、おー、すげー。ゆっくりな。ゆっくりゆっくり。」

慌ててタモを持って彼の元へ歩み寄る。

私「浮いてきた浮いてきた。浮きが見えた。あとちょっと!ゆっくりゆっくり!
 あと少し!」


もはや軍配は、永田名人に上がったかに見えた。

ところが敵もさるもので、最後の力を振り絞り抵抗をみせる。
 
そして私は見てしまう。見てはいけない、決定的な瞬間を。


彼のBB−Xデスピナリールには、レバーブレーキが付いている。
大物に対した時に使えば、急な突っ込みにも即座に糸を送り出すことが出き、
巨大な魚も獲りやすくなる。

上級者が使えばこの上ない武器となるが、残念ながら名人はレバーブレーキ
初心者。先ほどまでは、

 「ぶっちゃけ使いにくいし、レバーブレーキって必要ないかも・・・」などという

爆弾発言まで口にしていた。

そんなレバーブレーキ初心者の永田名人が今、この幻の巨大魚の最後の
突っ込みをかわすため、使い慣れないレバーブレーキを、ついつい思わず
切り替えてしまった。


「グルグルギュルーン」


勢い良く逆回転するデスピナリール。

あまりに勢いが良すぎたため、痛恨のリールトラブル!
スピニングリールにも関わらず、糸がモジャモジャのバックラッシュ状態に
なってしまう!

永田「あーあー、やべーやべー」 とか言いながらトラブルを直し、
竿を立てた瞬間、


ぷちっ


3人「あっ」

彼がリールのトラブルを直している隙に、どうやら巨大魚は根に入ったらしく、
ここでまさかのラインブレイク。
大物を獲るためのレバーブレーキが、彼にとっては仇となってしまった。


時が止まったかのように唖然と立ち尽くす3人を尻目に、気まずそうにクルクルと
回っていたデスピナリールのハンドルのノブが、なんだかとってもお間抜けで、
本当は笑っちゃいけないんだけど、少しだけ笑いが出た・・・


「盛者必衰」 


昔の人はうまい事を言ったもので、今の天国から地獄への彼の一連の
やり取りには、なんだか諸行無常のひびきがあった。


道具を片付け、がっくりと肩を落としながら車に向かう
永田の背中をポンと叩きながらつぶやく。

「永田、また来ようぜ!
この海に置いてきちまった、大きな忘れ物を取り返しにさ・・・」


口ではそうやって彼のことを励ましながらも、一人帰りの車の中で、
気まずそうにクルクルと回っていたハンドルノブを思い出し、何度も思い出し笑いを
する私であった。




雨が〜・・・
今日も会長の昼ごはんは、
お気に入りの冷しそばいなりセット。
途中、

「来た〜!」という大きな掛け声と共に、
会長、巨大なズタ袋ゲット!
今日の釣果。
ちなみに私には色とりどり、
カラフルなベラしか釣れなかった。


7月16日  真夜中に聞こえてくる少女の声・・・