1月18日  葛藤2008!


その日の夕方、あの男から神妙な声で連絡が入る。

会長「タコ・・・、    勇気を分けて欲しい。」

予想もしていなかった彼の一言に、彼が今、人生の岐路に立っていることを悟る。
彼の身に何が起こっているかを一瞬にして理解した私は、言葉を選び語りかける。

私「そうか。会長・・・  ついにか・・・。」

会長「永田にもアドバイスを請うたのだが・・・
    彼も買うなら今しかない! そう言ってはくれるんだけど・・・。
    でも、いざこの場に立ってみると最後の勇気が出なくて・・・。
    そこで、タコに背中を押してもらおうかと・・・。」


彼はすでに、かれこれ1時間は悩んでいるとのことであった。

某釣具屋のショーケースの、ずらり並んだ高級リールの前で腕を組む彼のその視線の先には・・・


「レバーブレーキ付きリール シマノBB-X TYPE2 Mg 2500D 」


聞けば、最近パチンコが調子良く、3日で10数万も勝ってるらしい。
この勢いでリールを新調しようと目論んで釣具屋に向かったまではいいが、いざ物を目の前にすると
さすがにその金額に怖気づいている模様。


会長「いやぁ、あと一歩、あと一歩が踏み出せないんだ。
   たかがリール1個に、何万円もの大金をかけても良いものかどうか。  
   そこで、タコにテクニウム買った時の心境なんかを教えてもらおうかと思って・・・。」

誰もが一度は経験がある、ショーケースの前での葛藤。
まさに今、彼は人生で5本の指に入る大きな決断を迫られているようだ。

 会長よ、コツを教えちゃる。
 まずは、心を無にし・・・、全ての煩悩を絶つ。
 そしておもむろに、

 「すいません!」と店員を呼び、

 「これ下さい!」と、TYPE2を指差す。

 たったそれだけで、後のことは全て店員さんがやってくれる。
 アドバイスとしては、あくまでも心を無に。 

 店員が、ショーケースからリールを取り出しカウンターに持って行くまでに必ず、

 「今ならまだ引き返せる!」ってゆー、邪念が働くんだが、
 その邪念を振り払うための強い心を持てるかどうかが、勝負の分かれ目だ。
 
 
 俺でも出来た。会長だってきっとできる。
 いや、俺達だけじゃない。
 波止で釣ってるおじさんから、テレビに出てるあのプロだって、誰もが一度は通ってきた道なんだ。
 もう一度言う。会長にだってきっと出来る。
 
一通りアドバイスを終えた私と、ずっと聞き入っていた会長の間にしばしの沈黙。


会長「いやぁ、じゃけどやばいわ。
    めっちゃドキドキする。  あ〜、もうやべー、どうしよ・・・」

私「かぁ〜っ、じれったいの〜。 このチキンハートが! 買えって言ったら買えっちゃ!」

会長「いやぁ、やけど5万2千円もするんやぜ? 高過ぎりゃせんかいの?」

私「バカかっちゃ。 腹括れっちゃ。 どうせパチンコで勝った金じゃろうがい?
  どうせまたパチンコ行って無くなるんじゃけー、あるうちに買っちょけっちゃ!」

会長「わ、わかった・・・。ちょっと買ってくるわ・・・。
   また後で電話する。  あ〜、でもやばい・・・。」    ぷちっ


ほんとこのおっさんは、訳のわからんところで小心者なんやから。ブツブツ。



そして数分後、全てを終えた彼から連絡が入ってきた。

会長「やばい、買ってもーた。どうしよ、めちゃめちゃ罪悪感なんやけど。
   俺、なんか悪いことでもしてきた後のような気分じゃ。
   たかが釣りの為に、こんなに高い買い物してもええんかいの?」

私「バカ。そのリールは、これからあんたの相棒としてずっと活躍して行くんじゃろ?
  悪い訳がなかろうがや。
  ずっと欲しかったTYPE2、カッコえかろうが?」

会長「確かにかっこええ。すげーゴールド。
   タコ、やばい、このリール、めっちゃゴールドやわ。
   ブレーキのレバーからスプールまで、めっちゃゴールドなんやけど。
   あ〜、どうしよこれ、めちゃめちゃゴールドやわ・・・」


電話の向こうの彼の声からは、興奮して錯乱している様子がひしひしと伝わってくる。
まぁ、高い買い物、気持ちはわからんでもないけどな。

たかが5万円。 されど5万円。
それが高いのか安いのかは、それを求める個人の価値観の違いであると思うが、
5万円程の買い物で、いちいちドキドキできる我等、根っからの小市民。

所詮金持ちには、このドキドキ感は味わえないはずだ。
小市民、バンザーイ!