永田「タコ・・・、 勇気を分けて欲しい。」
予想もしていなかった彼の一言に、彼が今、人生の岐路に立っていることを悟る。
彼の身に何が起こっているかを一瞬にして理解した私は、言葉を選び語りかける。
私「そうか。永田・・・ ついにか・・・。」
永田「会長にもアドバイスを請うたのだが・・・
彼はやめておけと・・・・・。
でも、一度点いた俺の情熱は、押さえきることができないんだ。
そこで、一度同じ境遇に立ったことのある、タコに背中を押してもらおうかと。
でないと、きっかけがつかめないんだよ・・・。」
私「勝負しないで後悔するよりも、勝負に出て、負けて後悔したほうがずっといい。
俺達、いつもそうやって歩いてきたじゃないか。
これからも・・・、 それで行こうや！
中途半端なモノ買って、後でやっぱり高い方買っときゃ良かったと後悔するよりは、
最初から高いの買ったほうが絶対良いって。」
彼はすでに、かれこれ1時間は悩んでいるとのことであった。
某釣具屋のショーケースの、ずらり並んだ高級ロッドの前で腕を組む彼の
その視線の先には・・・
「 シマノBB-X 」
永田「いやぁ、あと一歩、あと一歩が踏み出せないんだ。
たかが釣竿1本に、何万円もの大金をかけても良いものかどうか。
そこで、タコに銀狼買った時の心境なんかを教えてもらおうかと思って・・・。」
誰もが一度は経験がある、ショーケースの前での葛藤。
まさに今、彼は人生で5本の指に入る大きな決断を迫られているようだ。
永田、コツを教えちゃる。
まずは、心を無にし・・・、全ての煩悩を絶つ。
そしておもむろに、
「すいません！」と店員を呼び、
「これ下さい！」と、BB-Xを指差す。
たったそれだけで、後のことは全て店員さんがやってくれる。
アドバイスとしては、あくまでも心を無に。
店員が、ショーケースから竿を取り出しカウンターに持って行くまでに必ず、
「今ならまだ引き返せる！」ってゆー、邪念が働くんだが、
その邪念を振り払うための強い心を持てるかどうかが、勝負の分かれ目だ。
あと、家にいる嫁には、桁をひとつ少なく言うのも忘れるな。
俺でも出来た。永田だってきっとできる。
いや、俺達だけじゃない。
波止で釣ってるおじさんから、テレビに出てるあのプロだって、
誰もが一度は通ってきた道なんだ。
もう一度言う。永田にだってきっと出来る。
一通りアドバイスを終えた私と、ずっと聞き入っていた永田名人の間にしばしの沈黙。
永田「そうだな。 少し勇気が沸いてきた。俺、がんばってみる。」
私「よし。それでこそ永田だよ！」
たった今彼は、自らを奮い立たせ、戦いの場へと向かった。
彼の前には、希望に満ち溢れた明るい未来が待っているに違いない。
私「永田・・・、 グッドラック！ 」
そっと受話器を置いた後、彼のいる釣具屋の方角に向け、
親指を立ててエールを送る。
30分後、
彼から、心配していた私の元へ、全てが終わりすっきりした声で連絡が入る。
永田「いやぁ、買うのやめた！やっぱり勇気が出んかった。」
私「かぁ〜っ、このチキンハートがっ！」
