第4話 カズのサイン
それは、高校3年の6月、一大イベントの、クラスマッチの後の出来事であった・・・
説明しよう。クラスマッチとは、各クラスごとに別れ、サッカーやソフトボール、バスケ
ットボールといった競技を行い、トーナメント方式で優勝を争うのである。
うちの高校は、北高と南高があり、南高は女子高なのであるが、当時、このクラス
マッチのときには南高の女子も北高に集結し、みんなでクラスマッチマッチやった。
勝ち進むにつれギャラリーが増えるわけで、必然的に女子のギャラリーも増える。
それはもう、私や中野会長のようなモテない男たちにとっては、ここでがんばれるか
どうかが、今後のスクールライフを決定付けるのである。
そのとき、私が参加したのは、Jリーグの開幕で人気絶頂であり、小学校の頃少し
かじっていたこともある、サッカーであった。
さて、気になる1回戦の結果であるが、我が3年4組は、私の芸術的なオウンゴール
が決めてとなり、見事1回戦で姿を消した。
バックパスのつもりがそのままループシュートととなり、味方のゴールへ突き刺さる。
気まずさやら恥ずかしさで、当時流行っていた三浦カズヨシ選手のカズダンスを
踊って、なんとかごまかそうとおどけてみせる私。
当然味方のアイスピックのような冷たく鋭い視線が突き刺さる。
そうして私の3年間の青春は終わった・・・
かのように思えたのだが、「どんまいどんまい!」とか言いながら、落胆するクラス
メイトを励ましながら、控え室に戻ろうとしていたところ・・・ 後ろから、
「カズさん!」
んっ?後ろを振り返ると、けなげにたたずむ、可愛らしい女子高生が一人。
はて? 私の名前はたこであり、カズではないが。
ふと周りを見渡すも、私の他には誰もいない。
まぁ、空耳か何かだろうとふと歩き出すと、再び、
「カズさん!」
んっ?明らかに私を呼んでいるようである。
先ほどは、カズダンスを踊ったが、あれは苦し紛れのパフォーマンスだよ明智君。
「俺?」と聞く私の問いかけに、「はい」と、はっきりうなづくけなげな女子高生。
「カズにそっくりですね。さっきのシュート、すごくかっこ良かったです。サイン
ください!」
確かに私は先ほど、相手ゴールに決めていれば間違いなく黄色い声援が飛んで
きそうなかっこいいループシュートを、味方のゴールに決めた。
飛んで来たのは女子の黄色い声援ではなく、味方男子のどす黒いブーイングで
ある。さては、お嬢さん、サッカーのルールをあまりご存知ないですな?
それはさておき、サインくださいとはいかんたるや。
けなげな女子高生の手には、ペンとメモ帳。
生まれてこの方、サインなどせがまれることはもちろん、書いたこともない。
一杯一杯の状況の中で、私の中のコンピューターがはじき出した答えが・・・
カタカナで 「カズ」 ・・・ の2文字
未だ状況がつかめず、呆然とたたずむ私をおいて、
「ありがとうございました!」と走り去るけなげな可愛らしい女子高生。
ふと我に返ったとき、名前や連絡先を聞いてないことに気づく。
その後は、その子のために、授業中もただひたすらに、本物のカズのサインを
練習した。何千回、何万回書いたかわからない。
そして、その年の夏休みには、当時カズ選手がかけていた、ちりちりパーマ
(当時はカズパーマと呼ばれていた)もかけた。
私がかけたら、カズパーマというより、アフロヘアだったのだが、それはドンマイ
気にするな。
夏休み明けには、先生から、
「おい、お前、何をパーマかけとるんや?」とか怒られた。
「いや、天然です!」
とかいう、必死の弁解も
「夏休み前まではまっすぐの髪だったじゃないか。
明日までに落として来い!」と怒られた。
そして、何万回と練習したカズのサインをせがまれることは、当然ではあるが
その後2度となかった。
今では、カズというより、松木監督にそっくりとよく言われる。
あのときの名前すらわからない、けなげな女子高生さん・・・
僕が胸躍らせ、サインの練習をした、数え切れないほどのたくさんの時間を
返してください。
そして、今さらですが・・・
連絡先、教えてください・・・
携帯電話や携帯メールすらなかった、遠い昔の・・・
女の子の家に電話をしたら、お父さんが出て、とても気まずかった、
遠い昔の出来事である。
2006.06.01