〜 小さな恋のモノガタリ 〜










元(はじめ)に太極がありました。
太極は天と地を創造しました。
太極は気まぐれでした。
太極はいつもの気まぐれから天と地という世界を人という存在に託しました。
託された人は天を治める人と、地を治める人とに分かれました。

いつしか人は天を治める流派を天流、地を治める流派を地流と呼ぶようになり、
その流派に関わる人々を闘神士と呼びました。









 とある時空の、とある時代の、とあるところに天流という流派を統べる天流宗家リクという幼い可愛らしい男の子がいました。
小さなリクは幼いながらも歴代の宗家の中でも群を抜く力の持ち主で周囲から成長を楽しみにされておりました。
 ところが人というものは哀しいもので、そんなリクだからこそ、その力を利用しようとする派閥が現れておりました。
リクの両親はリクの輝くばかりの、その内に秘めた力を嘆きました。
力さえなければ天流の家系に生まれたとしても宗家になることはなかっただろうにと。
 宗家になるということは太極と通じるということです。
太極と通じるということは半分人ではなくなり、半分はその力を利用しようと必要のない争いに巻き込まれます。
両親が求める優しい人としての人生から切り離されてしまうからです。
 リクの母は大いに嘆きました。
 リクの父は大いに諦めました。
二人にはどうすることも出来ません。
わかっていてもリクの話を口にする度に涙を流すしかなかったのです。
やり切れない思いを抱えた二人は度々、口を荒らすようになりました。
 
二人が何故、喧嘩をしているのか小さなリクにはわかりませんでした。
小さなリクに判るのは哀しいということだけでした。
そんな二人を見る度に心が張り裂けそうになりました。

 今も二人を仲直りさせようと咲いたばかりの桜の花を桜の木に頼んで持って帰ったら
二人は花を見ることもなく勢いで散らしてしまったのです。
 リクは哀しくて涙がこぼれました。
リクが今よりもっと小さかった頃、桜の花を見て三人で笑った記憶が蘇ってきたからです。
だから一番初めに咲いた桜を桜の木に必死で頼んで頂いたのに笑ってさえくれなかったからです。

 どうしてこんなことになったのだろうか?

小さなリクの涙は止まりません。
小さなリクは父も母も大好きです。
大好きな二人に喧嘩なんかして欲しくないのです。

大きな怒鳴り声を聞く度に息が止まりそうになります。

母が泣く姿を見る度に居場所が無くなってしまうような気がします。

父が無口になる度、怖くて消えてしまいたくなります。

 リクは思いました。

三人で笑っていたい。

 リクは祈りました。

「 神さま! 天流の神様!太極様!どうか僕のお願いをきいてください! 」
リクは祈りました。
空に向かって叫びました。
「 僕の中の好きなものをあげるから!だからどうか、とお様とかあ様が仲良くなるようにして欲しいです! 」
リクは必至に叫びました。
「 大きな声を聞くのも、誰かが泣くのもイヤだから! 」
その瞬間、一筋の光が空と地上を走り抜けました。

リクの思いは強く一途でした。
何よりリクの宗家としての力は絶大でしたから思いが一気に空へ駆け抜けたのです。


強く一途な悲しい思いが太極の元へ届けられた時、太極はリクの思いに心が揺らされました。
太極はリクが生まれる前からリクを知っていました。
太極はリクが好きでした。
リクの産声も、リクの寝顔も、リクの走る姿も、大きな泣き声も、その愛らしい笑顔も。
だからリクが願うなら、その願いを叶えてあげたいと心から思いました。
 しかし特別はありません。
太極といえども成ってしまった世界の法則を変えることは出来ないのです。
ただ、降りてくる強い願いに対する契約は出来る。

 契約 ――

契約に対する代価を払うこと。
代価は願いの重さ、それぞれでした。
人によっては財貨だっだり、体の一部だったり、心だったり、時間だったり、自身だったり・・・
リクは太極に願った時、叫んでいました。

「 僕の中の好きなものを 」

太極は考えました。

リクの目を代価にするべきか ―― 太極は否と思いました。
あの綺麗な瞳が開かれなくなるのは自身が辛かったからです。

太極は考えました。

リクの口か耳を代価にするべきか ―― 太極は否と思いました。
あの可愛らしい声を聞けなくなり、耳に声が届かなくなることは自身が辛かったからです。

太極は考えました。

リクの手や足を代価にするべきか ―― 太極は否と思いました。
あの指先が大地に触れる瞬間や空を掴もうとする姿が愛おしく、心の赴くまま軽やかに駆け抜ける
姿を見れなくなるのは自身が辛かったからです。

太極は考えました。

姿形の中、ましてや過去や未来の時間を奪うことは出来ないと。

太極は考えました。

リクの心を代価にしたらどうだろうかと ―― 太極はやはり否と思いました。
あの子の心が揺れる瞬間の笑顔を見れなくなることは何よりも辛かったからです。

太極は悩みました。
悩んで悩んで漸く思いついたのです。

「 ならばリクの恋する心を代価にしようと 」

”恋をする心”ならば今、必要もない心だからです。そして何よりも太極は思ったのです。
大事な大事な愛おし子がいつか恋に落ちて特定の人にしか笑いかけない、そんな未来が寂しかったからです。
 
そして太極はリクに言いました。

「 願い叶えよう。おまえの恋という心のかわりに 」


 





 太極と契約を交わして数年後。
リクは世に並ぶことのない立派な少年に成長しておりました。
成長するごとに顕著になる天流宗家としての資質。
並ぶ者もいない、その群を抜いた闘神士としての力。
常に微笑みを湛え、声を荒げることもなく、偉ぶることもなく、謙虚。
分けへだてなく人と接し、思いやりがある。
 そして、その容姿は派手ではないのに一目を惹きつけました。
一見、綺麗すぎて近寄りがたかと思いきや笑うと花が咲くようで
見つめられると静かな湖面を覗いている気分になるからです。

 そんなリクですから男からも女からも求婚の申出が後を絶たないのでした。
両親は鼻高々でしたが、いつまでもそうしてはいられません。
リクは適齢期を迎えており彼らは少しでも良い条件で結婚を進めたかったからです。
数多ある求婚話の中から両親は自分達がもっとも良いと思う相手との話に決めました。
リクも簡単に了承しました。
リクは悩みもしませんでした。

なぜならリクは誰と結婚しても同じだったからです。


 リクは恋をすることができなくなっていたからです。


 数年前の太極との契約。
その瞬間からリクの中に穴が空いてしまいました。
どんな人に会っても、
どんな人と話しても、
どんな人と目が合っても、
何も感じることができなくなっていたからです。

 でも辛くはありませんでした。
辛いのは誰かの怒鳴り声、誰かの泣き声だからです。
心を引き裂く声を聞かなくて済むのだからリクは太極に感謝こそすれ辛いなんてあるはずがないのでした。お陰で両親は以来、誰もが羨むほど夫婦仲が良く、日常生活の上で不便を感じたことがなかったからです。
 まして政略結婚ともなれば、そんな心を持っている方がずっと辛いと想像できるからです。


 着々と進んでいくリクの結婚話。
そんな時、リクの指南役のヤクモが言いました。
「 辛くはないのですか? 」
その声は聞き間違いでなければ憤っているようにリクには聞こえました。
「 辛い?何故ですか? 」
どうしてリクが結婚するのにヤクモはこんなにも辛そうなのかと不思議に思いながら聞きました。
「 好きでもない相手と結婚するんですよ。その人と人生を歩むのですよ?嫌にはならないのですか? 」
リクを見つめるヤクモの瞳は揺れていました。
「 どうして嫌になるんですか?両親はこの結婚をとても喜んでくれています。僕はそれだけで凄く
嬉しいし・・・ 」
いつもの人を魅了する微笑みを浮かべてリクは語ります。
「 ・・・それにご存じでしょ?僕の心には誰かを好きになる、恋をする心は無くなっているのですから 」
「 どうして!! 」
そう叫んでヤクモはまくし立てました。
「 どうしてそんな契約をしてしまったんですか!!見てると辛くなります!人は立派な方だと噂しますが俺には泣いてるようにしか映らない・・・いつだって仲の良さそうな恋人同士を切なそうに見てるじゃないですか!本当は感じられない自分が悲しいんでしょ!本当は恋をしたいんじゃないですか?! 」
そこまで一気に声を荒げたヤクモは苦しそうにリクを見つめて、そして苦しそうに言いました。
「 どんなに。どんなに想っても駄目なんですか?あなたが好きなんです。好きなのに!!」
絞り出された想いにリクは驚きました。
「 どんなに辛いか分かりますか?想いを伝えても相手が何も感じてくれないってことが 」
リクは困りました。
きっとヤクモは何か大事なことをリクに伝えようとしているのだけど、それは分かるのだけれど、
その何かがリクには分からないからです。
ただ分かるのは何だか悪いことをしている、もしかしたら自分はヤクモを無意識に
傷付けているのではないかということでした。
だからリクは言いました。
「 ごめんなさい・・・ 」
リクの悲しそうな顔を見てヤクモは我に返りました。
「 そんな悲しそうな顔をしないでください。あなたを傷つけたくて言ったんじゃない。ただ俺の想いを
知ってて欲しかっただけなんです。でも、きっと、あなたには分からないんでしょうけど・・・ 」
そう言って苦く笑うヤクモにリクは聞きました。
「 ヤクモさんの、その想いは”恋”っていうものなんでしょうか?あなたは僕に恋をしているの? 」
リクのその、全く色気のない質問にヤクモは力が抜けていく気がしましたが真剣に答えようと思いました。
「 そうです。俺はあなたに、リクに恋をしているんです 」
「 そうなんですか・・・恋なんですか。ごめんなさい。何も感じることができなくて 」
リクには恋をする心がないので今の会話がどんなに可笑しなモノであるのか自覚がありませんでした。
それでもヤクモは、そんなリクを真っ正面から受けとめようと心に誓っていました。
「 恋をするってどんな感じですか? 」
リクは紫の真っ直ぐな瞳でヤクモを見つめました。そんなリクに赤面しながらヤクモは自分の中の想いをとつとつと語って聞かせました。言葉使いは無意識に普段使っている砕けたものになっていました。
「 人はどうかはわからないけど・・・俺はリクに見つめられると心臓が苦しくなるよ。リクの一挙一動に
馬鹿みたいにはしゃいで、落ち込んで、リク以外の風景は色あせて見えるんだ。笑ってくれると嬉しくて、泣いてる姿なんて見たくなくて、嫌われないかいつも不安で・・・ 」
自分の感情を言葉にすることに言い淀んだヤクモにリクは言いました。
「 恋ってなんだか大変ですね。やっぱり、そんな想い、なくて良かったです 」
そんなリクにヤクモは反論しました。
「 違うよ。そうじゃないよ、リク 」
リクには恋をする心がない。それはリクが悪いわけではないのだ。そう思うとヤクモはどうにかリクに分かって欲しくで言葉を探しました。
「 そうじゃないんだ。誰かを好きになるって確かに不安で苦しくて痛くて。たまに捨ててしまいたくなるけど 」

 リク。リク。
 どう言えばほんの少しでも伝えることが出来るだろうか?
 俺がこんなにもリクを好きだってことを。

「 あったかくなるんだ。リクがいるって思うだけで、いっぱいに膨らんで溢れて何でも出来る気がするんだ。時々自分でも目を背けたくなるくらい汚い想いも渦巻くんだけど、それ以上に澄んだ光が差すんだよ。凄く綺麗で切なくなるんだ 」
ヤクモから聞かされる訪れたことのない感情。
あたたかくて、痛くて、澄んでいて、苦しくて、きらきらしている恋という感情にリクは触ってみたいと思いました。
「 正直、わからないんです・・・でも、何ででしょう?凄く羨ましいです 」
リクは気づいていませんでした。
そう言った瞬間に泣きそうになっていたことに。
「 うん、多分そうなんだろうね。でもさ俺、思うんだけど 」
そう言って遠い空をヤクモは睨みつけました。
「 戻ってこないんならさ、俺と一緒に恋する心を作っていかないか? 」
リクの瞳はヤクモの言葉に大きく見開らかれました。
照れたようにヤクモは言います。
「 あ、その、俺とじゃなくてもいいんだ。リクがいいなっていう奴がいるんなら 」
さっきまでの自信に溢れたモノいいが嘘のようにボソボソと言うヤクモの姿に思わずリクは笑ってしまいました。
「 もし、もしそんなことが出来るなら・・・ 」
暫く考えてリクはヤクモに伝えました。
「 僕は、ヤクモさんがいいです 」
「 本当に? 」
「はい。でもそんなことできるでしょうか? 」
ヤクモは不安そうに下を向いたリクを優しく見つめながら言いました。
「 できるよ。無くなってしまったんなら新しく種を植えればいいんだ 」
リクは風が吹いたのを感じました。
「 ということだから先ずは婚約を破棄してこようか 」
「 え? 」
「 俺、リクが別の奴と結婚するって話聞いた時、嫉妬で死にそうだった。もっと早くに自分のモノにしとけば良かったって、待ってばっかいないでちゃんと告白すれば良かったって後悔したんだ 」
だから早く報告に行こう、と屋形へ歩いて行くヤクモの後姿を黙ってリクは見つめていました。
そんなリクを振り返ってヤクモはゆっくりと言います。
「 リク、好きだ 」
たったそれだけの言葉を吐くのにヤクモは震えていたように見えました。
「 わかんなくてもいいよ。わかんなんくても少しづつ感じてくれればいい 」
そう言ってヤクモはリクに手を差し出しました。
リクは思いました。

この手を掴んでしまったら自分の世界は変わるのだろうか。
きっと変わってしまうのだろう。

それでもいいのだろうかと考えてみました。

両親は悲しむだろうか。
婚約者は怒るだろうか。
周囲の人は驚くだろうか。

でも。

リクは前を向きました。

それでいいのではないだろうかと思ったのです。

そう思うと心が軽くなりました。
目の前に差しだされた手に手を重ねました。
ヤクモが言います。
「 好きな相手だとね、手を繋ぐだけで心臓が飛び出てしまいそうになるんだ 」
はにかんだ笑い。
リクにはまだ分からない想い。

でも。

掴んだ手があったかいのだけは、はっきりとわかったのです。

ヤクモの笑顔。
自分を取り巻く現実。
つながっている体温。
高く青い空。
何かが変わろうとしている。
リクの中に優しい予感が通り過ぎていきました。



 僕は恋をするかもしれない。