
家を飛び出したリクを雨の中やっと見つけたヤクモは思わず声を上げていた。
「 リク! 」
傘も差さず全身ずぶ濡れになっていたリクは自分を呼び止める声に反射的に振り返った。
降りしきる雨でぼんやりとした視界に目を凝らし相手の正体を認識した途端、驚愕の表情から一転、顔を歪めた。そうしてヤクモの声を振り払うかのような勢いで駆け出したのだ。
そんなリクの反応にヤクモは反射的に追い縋る。
普通に話しをしていたはずだったのだ。なんという内容ではなかったと思う。けれど急に言葉を止めたリクは今にも泣き出しそうな顔をして家を飛び出してしまった。理由はヤクモにはわからない。わからないがリクの様子からきっと自分が傷つけたんだと思った。だから兎に角、早く謝りたくてリクを探したのに.。リクはヤクモの姿を見た途端に逃げるように駆け出したのだ。それは酷くヤクモの心に衝撃を与えた。
俺が何をしたというんだ?!
理不尽な怒りが沸いてくる。それと同時に大きな哀しみに覆われた。漸く見つけたのに又この手をすり抜けていくのかと思うとヤクモの中に堪えきれない衝動が生まれてリクを全力で追いかけていた。
雨はリクを更に濡らす。雨はヤクモをも濡らした。雨はまるで二人の間にあるものを奪うかのように降る冷たい滴と化していく。
リクは必死に走った。しかしヤクモとの体格差・体力差は歴然としていてさほどの時間をおかず追いつかれ腕を掴まれていた。
「 待って!リク! 」
「 離してください!! 」
リクは呼びかけと同時に腕を捕らえたヤクモの手を振り払って逃れようとする。
愛おしい存在が自分を拒絶する哀しみと不安でヤクモは雨を含んで重くなった服ごとリクの背後から強く抱きしめた。突然の抱擁にリクの動きは完全に止まってしまった。リクを捕らえるその力強さに。背中から伝わるぬくもりに。首筋に埋もれる息使いにヤクモを感じて。
「 ・・・どうして 」
リクの感情を押し殺した声にヤクモは前に回した腕に更に力を込めた。力を抜くと腕の中から消えてしまいそうで止められなかった。そんなヤクモにリクの声には苛立ちと興奮がない交ぜになっていく。
「 どうして好きでもない相手にまで優しくするんですか?!僕の事なんて放っておいてください!
同情なんていらない!同情で優しくされても余計に苦しくなるだけなのが分からないんですか?! 」
「 ・・・同情なんかじゃない。同情なんかでここにいるわけじゃないんだ 」
「 じゃあ責任感ですか?!それとも兄弟愛?僕は・・・僕が欲しいのはそんなものじゃないのに・・・ 」
内に滾る感情を吐き出しながら、その言葉にリク自身が追い込まれ最後は絞り出すような声になっていた。ヤクモはそんなリクの姿に胸が締め付けられそうになる。そしてその原因が自分なのだと思い至ると情けなさでいっぱいになった。
「 ごめん、リク。俺はリクが大事なんだ。どんな存在よりも大事なんだ。でも・・・ 」
大切な愛おしい存在だからこそ今の自分の本当の気持ちを精一杯、正直に答える事が誠意なのだとヤクモは言葉を重ねた。
「 でも。これがどういう意味の好きなのか、ごめん・・・わからないんだ 」
− 好きだ。でも恋愛対象ではないんだと答えればそれで楽になれるだろうにヤクモは優しくて、でも本当にリクを大事に思っていてくれる気持ちは本当で、だからこそリクを傷つけたくなくて一生懸命に自分の中から答えを引っ張り出して来たヤクモ。自分のように逃げるでもなく真っ直ぐにリクと向き合おうとするヤクモに、そんな想いにリクの瞳から涙が一筋零れた。
「 ・・・ヤクモさんなんて嫌いです 」
頬に流れ落ちた涙は雨に紛れて分からない。きっとリク自身にもヤクモにもわからない。愛おしい魂が搾り出すその言葉にリクの首筋に顔を埋めながらヤクモはじっと聞いていた。
「 ヤクモさんなんて・・・・ヤクモさんなんて 」
− 悔しいくらい、そんなヤクモさんが好きです
リクの声は段々と小さくなり最後の告白は雨に紛れてヤクモの耳には届かなかった。リクは前に回されたヤクモの手をきつく握りしめた。重なった場所からお互いの体温がゆっくりと伝わり、その心地よさと切なさに二人は離れる事が出来なかった。
雨の中、二つに重なった影は静かにいつまでもそこに佇んでいた。