「 太刀花リク。現天流宗家。12歳にして既に”極”の位を持つ。歴代の宗家の中でも力は群を抜いている 」
ホワイトボードに様々の角度から隠し撮りされたと思われるリクの写真が貼り付けられていた。そうして事務的に話す男は次々と違う人物の写真を張っていった。
「 吉川ヤクモ。天流正三位、宗家の禁裏御守代。伝説の闘神士と呼ばれ、その名は天地神流派の隅々にまで行き渡っている。権力や金には一切、目もくれず常に宗家の周りをうろつく一番厄介な存在だ 」
男の声は大広間によく響きまるで誰居ないかのようだったが実際には3身動きもつかないほどの人間がぎゅうぎゅう詰めで存在していた。普通、これだけの人間がいると静かにしていても人が存在している熱のような気配はするものだが、ここには一切そのようなものがない。だからこそ余計にこの光景が異質に見えた。
「 飛鳥ユーマ。現地流宗家だ。天流宗家と同じ”極”の位を持つ。天流宗家と常に接触しているわけではないが天流の対となる存在だ。また天の鍵に対して封印の扉の守護も司っておる。一度は突つつかねばなるまい 」
男も室内に居る人間と同じように不気味なくらいに感情というものを感じさせずに話を進めていく。
「 飛鳥ソーマ。ユーマの弟にあたる。兄と比べると闘神士としての力量は劣るがミカヅチグループの総裁を務める。天流宗家に非常に懐いているので宗家に何かあった場合、日本中の情報・人脈を集めてでも邪魔をしてくるのは必至。ある意味、面倒な存在と言えなくもない 」
男はそこで言葉を止めた。そうして深く呼吸を吸い込んだ。その姿からやはり息をしている人間なのだと改めて確かめられた。
「 そして、大神マサオミ。1200年前の神流の人間だが陰陽大戦後この時代に居座り宗家の相談相手のような存在になっている。こ奴も”極”の位を持つが経験値から工夫に満ちた力の行使を自由自在にする。縛ばられる位置にいないのでコソコソと嗅ぎまわられると鬱陶しいだろう。その他にも天流のモンンジュ、
イヅナ、ナズナと神官と巫女もいる。流石は千年ぶりに蘇った宗家だけはあるというべきだな。力を持った者には自然と人が集まるということだ 」
男はそこで初めて目に力を入れて話を進めた。
「 だが。我々が欲するのは宗家のみ。宗家を手に入れろ必ず。出来るだけ無傷でだ。しかし・・・それ以外がどうなろうとかまわん。どんな手段を用いてでも宗家を捉えカオス様の欲する世界を形にするのだ 」
宗家を捕えろ ―――
男が暗く笑った。
七時限目が終了すると計ったように正門前に黒塗りの車が到着した。私立東岳中高等学校は水曜日、土曜日を除いて7時限授業が基本だ。授業が終わると運動部に所属している生徒達は他校との練習時間を埋めるかの如く足早に部室へと駆け出し文化部の面々はゆっくりと部室へ向かう。そして帰宅部はダラダラと校門へと向かうのだ。そんなどこにでもある当たり前の風景の中に、ある時期から黒塗りの車が横づけされるようになった。ある時期、つまり太刀花リクが転校してきたその日からだ。
私立東岳中高等学校は中等教育学校ではなく併設型の中等一貫教育の学校である。表向きにはなっていないが本校は天流本社の傘下に属している。とはいえ今の時代、入学してくる全生徒が闘神士か、その一族であるのは困難で、経営的にもそれでは立ち行かないから、もちろん一般の生徒が大半を占めている。そして一般の生徒達はリクが天流宗家で、千年前の人間で、この学園の大本の組織が崇め奉っている人物だとは知らない。
なので一見、ボーっとした新顔の生徒が登下校の時間、校門前に横づけにされた黒塗りの車に学園内でも品行方正・成績優秀と評判高い生徒である波木セイを従えて乗り込む姿に激しい違和感を覚え毎回一瞬、動きを止めるのだった。そしてリク自身も未だにこの光景に慣れないでいた。
元々、無意識に目立たないように生きてきたのに、これは目立ち過ぎる。というかとっても恥ずかしい。なによりも車で送り迎えなんてしてもらう必要などない、そう主張したのだが即座に却下された。天流の義務の最優先事項は宗家を守護することであり、又、本社から学園への直接的な交通手段がないので登下校が大変な労力が費やされるという理由からだった。本社もしくは学園のどちらか一方でも京都の内裏内にあるのなら交通手段は確保できたのだが如何せんどちらも内裏の外、つまり田舎にあった。田舎から田舎へ繋ぐ公共機関は皆無で通うとしたら徒歩、自転車もしくは車ということになる。もちろん徒歩で通える距離にはない。だったら自転車を使用すればいいのだが、そこそこの距離はあった。田舎の”そこそこ”の距離ということはかなりの距離ということになる。現に登下校に
時間がかかるという理由で寮にはいる生徒もいるくらいなのだ。
それならばリクも寮に入所の意志を示してみたが宗家の世話という名目が欲しい周囲に意見が通るはずもなく車での登下校という選択しか残されず車での送迎を受け入れるしかなかった。
最初は居た堪れなかった登下校も恥ずかしささえ我慢すれば快適だった。ただ車に乗り込む度、毎朝夕のことなのにリクは未だに居心地の悪さを感じていた。側役セイと過ごす、あの無機質な空間にリクは苦痛を感じるのだ。多分、セイはリクが嫌いなのだろう。それは仕方がない。ただ、せめて原因が分かれば改善の方法もあるのだが、いくら考えてもリクにはその理由が思い至らなくて登下校の間、冷たくなる空気を紛らわすのに必死になっていた。
いつものようにリクは帰宅中の車内で場を紛らわす為、英語の授業で分らなかった部分を思い出し口にしょうとした途端、頭の隅で何かがチカッとした。
それは少し前までによく使っていた感覚 ――
突然、その会話は妨げられた。
リクが異常を感じたのだ。
普段ボーッとしているとはいっても歴代随一とも言われる天流宗家である。意識が完全に臨戦態勢に切り替わっていた。何かが目の前にあるわけではない。だがリクはその中に危険を感じた。そう感じられた途端にリクは叫んでいた。
「 車を止めてください!!早く!! 」
リクの常にはない強い口調に運転手が大急ぎで急ブレーキをかけたのと車の前で爆風が起こったのとが同時だった。リクは間に合わないことも想定して車の前に防護壁を闘神符で作った。と同時に目の前で爆撃のような光景と衝撃が伝わってくる。急ブレーキと爆発の衝撃で体に物凄い衝撃が伝わる。何もかもが一瞬のことだった。空気の振動が引くと同時に目の前の光景に目をやるセイは事態が飲み込めずリクの横で呆然と言葉を溢した。
「 ・・・何が起こったんですか? 」
「 お二人共、大丈夫ですか? 」
リクの言葉にセイと運転手は言葉なく肯いたがセイは再度、状況を確かめようとリクを問いただした。
「 何が起こったんです宗家?! 」
「 ・・・さぁ僕にもよくわかりません。ただ 」
そう言ってリクは上方を見据えてから普段は決して見ることのできない眼差しで呟いた。
「 敵意を持った人が攻撃してきたってことは確かみたいです 」
でも間一髪で助かって良かったですよね?周りは田んぼばかりだから人を巻き込むこともなかったし。セイはそうにっこりとリクに微笑み返された。眼前の広がる光景を見たセイは体が硬くなるのを感じた。自分達が乗った車が通るはずだった場所は隕石が墜落したかのように大きく地面が陥没していた。もし。もしリクの静止の声がなければ自分達はどうなっていたのかわからない。
まただ・・・
自分は宗家が注意の叫びをあげていながらも何が起こったのかわからなかった。何も感じなった。側役として宗家を守る立場に付きながら反対に守られてしまった。今だけではない・・・ちょっとした時にもいつもそうだ。セイは奥歯をキリキリと噛み締めた。
常に先に気配に気づくのは自分ではなく宗家やヤクモなのである。自分の存在意義に意味を見出せない。セイは一族の中でもそこそこ優秀だと自負していた。だが、この見せつけられるような力の違いに愕然としていた。
「 セイさん又来ます!外に出て! 」
自分の思考に陥っているセイと、まだ呆然としている運転手に声をかけてリクは防護壁を張った。今までいた車に何かが飛んできた、と振りかえった時にはすでに先ほどまでいた車は火に包まれていた。途端セイは自分の勤めを思い出したかのようにリクの前に自分の体を晒し庇うように立った。セイはリクを守ることだけに意識を集中する。
『 御本家を一身にかけて御守り致せ。それがそなたの役目。その為に生れてきたと心せよ 』
この役目 ―― 側役を頂いた時の父の言葉が頭の中に甦っていた。
一体、何者だというのか、こんな派手なやり方で宗家を狙ってくる輩は!その場の空気が緊張状態で張り詰めた。リクが睨みつけている空間がグワンと歪み、その中から何かが這い出てきた。全員が意識を集中する。空気が一瞬動いた。そこへセイが攻撃の闘神符を投げつけた。符が光を発散させる。
「 グワっ!! 」
何もなかった空間から異形が現れその場で倒れた。それが合図になったかのように空間は大きく膨張し、その中から一斉に異形が現れた。妖怪封じでもあまり見る事はないような不気味な妖怪達が這い出てくる様にセイは息を呑んだが気持ちを立て直して大量の闘神符を投げつけた。四方八方に散らばった符はセイの意志を借りて” 壊 ”の文字を浮かび上がらせ力を振るった。そうして光が霧散した後に現れたのはリク達を囲むように立つ数多の妖怪と、それを操る10人ほどの人間だった。あまりにも醜悪な姿の妖怪も不気味だったが、その妖怪を操る人間達の顔には皆、表情は感じられず尚更不気味さに身を竦ませた。相手は何者だ、どんな目的で攻撃してくるのか、そして何より圧倒的に数が違いすぎる・・・ドクドクと打つ心臓の鼓動を落ち着かせる為にイナミは深呼吸した。
「 車、焼けちゃいましたね・・・勿体無いなぁ 」
その場の空気を全く無視したリクの声にセイは軽い眩暈を感じた。目の前の攻撃者達ではなく今、自分が命がけで守らなくてはいけないリクに本気で怒鳴りたくなった。今、この状況でどうしてそんなことを言ってられるのか?!自分の目の前の人物は本当は、本当に馬鹿なのかもしれない・・・いや、自分には到底計り知れないほどの器の持ち主なのかもしれない・・・緊張しながらも周囲の人間に意識をむけていると中の一人が前へ一歩踏み出した。
「 天流宗家、太刀花リク様ですね? 」
リーダーらしき人物にリクは相手に視線をやって静かに肯いた。
「 最初の攻撃が避けられるとは思いもしませんでした。流石は歴代きっての天流宗家ですな 」
背広姿にオールバックの髪型。これといって特徴もない顔立ちの男にリクは尋ねた。
「 あなた達はいったいどこの人達なんですか?いきなり襲ってきて怪我したら危ないでしょう!目的はなんですか? 」
どうして攻撃してくる相手に敬語を使って、危ないからとかいうレベルに話を持っていくのかと横で聞いていたセイは眩暈を覚えた。男はクスクスと笑いながら何かの合図のように片手を上げて勢いよく腕を振った。それを合図にリク達に妖怪達をけし掛けてくる。容赦なく襲い来る妖怪にセイとリクが防護壁を張る。だが、その数は想像を絶し戦い慣れたリクでさえ辟易してしまうほどだった。尚且つリクやセイの確実な攻撃をも物とはせず倒しても倒しても湧いてくるのだ。そう、それは比喩でもなんでもなく実際に異空間を通して湧いて出てきたのだ。
リク達が妖怪を数体倒せば正体不明の攻撃主達は、倒された数の倍の妖怪を呼び出すのだ。戦略的に妖怪を操っている人間の動きを止めればいいと分っても目の前の攻撃を避けるので精一杯で、とてもではないが、そこまでの余裕はない。妖怪と人間という多勢に無勢を相手に守りにしか回れないでいるリク達にリーダーと思しき男が言った。
「 さて、どこまで耐えられるでしょうね。恐らくは時間の問題。このまま三人が倒れるのを待つか、二人の為を思って宗家が自ら此方に御出で頂くか、どうなさいます? 」
男の言葉に一瞬体を動かそうとしたリクにセイは叫んだ。
「 駄目です宗家!いいですか三人が倒れるのを待つのではなく、私達のことは気にせず宗家は逃げ切ってください! 」
「 そんな!できません! 」
「 するんです!あいつらが何を企んでいるのかは分りませんが宗家を生け捕ろうとしていることは明らかです。そんなのは碌なことじゃないはずです!だから行ってはいけません! 」
「 でも!! 」
妖怪の攻撃は凄まじくこのままでは反撃も出来きず、こちらが消耗して宗家を奪われるだけだ。それだけはセイとしては避けたかった。一瞬だけでいい。僅かな時間だけ防護壁をリク一人に任せて自分はその隙に、空間移動の符を開く。防護壁を張っている限り空間移動は出来ないので空間移動の符が発動している間に防護壁を解いて自分が盾となってリクを送り出す。そうすればリクだけはどうにか守ることができるとセイは今できることを考えていた。
目の前の敵が何を目的としているのか想像もできないが宗家だけは絶対に失ってはいけない、これは天流に連なる者の渇望のような願いだ。
宗家!今、私が。そう叫んで術を行使しようとした、当にその瞬間、リク達を囲んでいた人間の内の2人が倒れた。と同時に操っていた何体かの妖怪も消滅した。
「 どこのどなた達か存じませんがお兄さん的にこんな卑怯な真似は感心しないなぁ 」
暢気な口調の持ち主を見つけてリクは声を張り上げた。
「 マサオミさん! 」
喜ぶリクへウィンクを返してマサオミは闘神符を一斉に放った。
「 ・・・特にうちの可愛いリクへのオイタは容赦しない、よ!! 」
言葉の軽さとは裏腹にマサオミの攻撃は容赦がなかった。放たれた闘神符は鋭い刃となり目の前の妖怪を一気に薙ぎ倒した。そして、その容赦のない攻撃は妖怪を操っていた人間にまで及び3人が呻くように倒れ伏した。相手は生身の人間だったがマサオミは容赦しなかった。この戦略差で手加減すればリクに危害が及ぶからだ。
マサオミの登場に正体不明の敵の攻撃が止んだ。マサオミは全ての敵を倒したわけではなかったが攻撃場所を一か所に絞り込み攻撃主達の壁に穴を開けたのだ。
「 さて、どうするかな?これでアンタ達は半分の攻撃力になった。攻撃の一角が崩れたんだ、今までみたいな集中攻撃は通用しなくなったぜ。そうなるとこっちは存分に暴れられるようになったぜ?たかが5人、軽く始末する実力は俺達にはあると思うんだけどね 」
さて、どうする?その余裕綽々の態度にリーダー格の男が無表情に言った。
「 大神マサオミか。お前がまさか一緒にうろついてるとは予想外だった。本懐を無し遂げず、況してや戦力を削がれるのは本意ではない、ここは引き下がろう。今日はここまでだが時期に宗家には御目にかかる日はすぐに訪れようからな 」
そう言ったかと思うと男達は一斉に闘神符を掲げ亜空間を作り出し現れた時と同様に一瞬で姿を消し妖怪もいなくなり静かな田舎の風景に戻った。それを確認したリクはホッと息を吐いてマサオミに笑顔を向けた。
「 マサオミさん助かりました。ありがとうございます 」
屈託なく笑顔を向けるリクの頭をマサオミはよしよしと撫でた。
「 マジで間に合って良かったよ。リクに付けている式札が知らせてきた時は何かの間違いかと思ったんだけどさ 」
「 え?そうだったんですか? 」
「 リクが心配だったから付けてたんだけど付けられて気分のいいもんじゃないから分らないようにしてたんだ 」
「 そんなことないですよ。お陰で助かりました、ありがとうござます!ね、セイさん 」
そう言って笑顔でリクが話しかけた先には無言でマサオミに頭を下げるセイがいた。セイの表情が変化したようには見えなかったが降ろされた手が握り込まれる見とめたリクは話題を変えた。
「 それより、あの人達いったい何者なんでしょうか? 」
「 うん、そうだな・・・ただ確実にわかるのはリクがお目当てだってことかな? 」
「 僕、ですか? 」
これだけの宣戦布告を突き付けられて、まだきょとんとするリクにマサオミは顔の横に青筋が立つのを自覚した。
「 さっきそう言ってただろう?ちょっとこれから面倒なことになるぞ・・・ 」
「 面倒なこと?あの人達ですか? 」
「 あぁ、うん。あいつらもそうだけど・・・本社がね 」
「 本社? 」
マサオミの予想をリクはこの後、身を持って実感することとなった。
同時刻。
国土の「気」の要と呼ばれる土地の結界が何者かに寄って破られたとの報告があり天地両派は騒然となった。
この国の森羅万象を司る「木」「火」「土」「金」「水」の五つの「気」。その気の流れを集め、浄化し、澱まぬように又、循環させる為の土地。
西方金気 ―― 国土のほぼ中央にあり「 金 」の気を宿し風を鎮める諏訪
東方木気 ―― 本州最東に位置し「 木 」の気を以って地震を封じる鹿島
南方火気 ―― 本州最南に位置し「 火 」の気を集める熊野
北方水気 ―― 本州最北に位置し「 水 」の気を宿す遠野
中央土気 ―― 五行の中でも最も大きな影響力を持つ国土造成を司る信州上田
その内の諏訪、鹿島、熊野、遠野の四か所の結界が破られたのだ。五行の理の乱れは国土の荒廃を意味する。それは火急に対処しなければならない一大事であった。唯一、不幸中の幸いだったのが中央土気の結界が守られたことだ。これは偶然、現地の視察に吉川ヤクモが居合わせ何者かによる破壊工作を阻止したことによる。全ての地の守りが崩壊してしまった場合、恐ろしいことになっていたのは明白で、報告を受けた天地両派の上層部の者達は息をついたものだ。しかし、すぐにもたらされた天流宗家襲撃の報で天流本社は蜂の子をつついたような大騒ぎになった。
宗家が何者かに直接攻撃された ――
その事実は天流に連なる人々の心に大きな影を落とした。幸い宗家には何事もなかったが、もし対処が悪ければ自分達は再び、いいや、永遠に宗家を失っていたという事実は天流の人々の心に明確な恐怖心を植え付けた。天流に連なる者が宗家を失うということは太陽を失ってしまうのと同意語だ。生きていても光さえ見えない現実の中で浮き草のように目指す先も希望もなくなるのだ。そんな現実に耐えて千年 ―
かっては宗家復活の言い伝えがあればこそ細々なりと暮らせていたが、やっと見出した宗家を今度は永遠に失うということになったら ― 想像するだけで心に戦慄が走る。それは決してあってはならない現実だ。彼らは強く誓った。何としても守らなければ。たった一つの光を守るためならば、この命さえも投げ出す覚悟で。
そうして敵の襲撃から僅かな時間で本社は何重にもより強い結界を張り大切な宗家を懐に抱いた。
憂鬱な気分を抱えたまま自室に入ったリクの背後で襖が閉ざされた。と同時に結界を張る高い音が響く。リクが襲撃されたという事実に天流は過剰に反応しリクの身の回りに何重にも結界を張り警備を強化した。その結果、リクが
自室に入った途端に更なる結界を強いたのだ。それが先ほどの行動となった。思わず閉じられた襖を振り返ったリクは人前では決してみせない盛大な溜息を吐いた。
息が詰まる。
得体のしれない相手から攻撃されたことよりも天流のリクに対する対処にリクは憂鬱になった。
疲れるなぁ・・・
と自覚した途端に畳にペタンと座り込んだ。考えなければならないことが、しなくてはいけないことが山のようにあったがリクは暫くボーっとしていた。と、学生鞄に入れてあった携帯電話が着信を知らせて存在をアピールした。マナーモードにしていたので音はしないが静まり返った室内で不意に動いた携帯にリクは一瞬ビクリとしてためらいがちに手元に引き寄せ表示された発信者の名前を見て今度はドキリとした。
― ヤクモさん・・・
リクは僅かな間、表示された名前を見つめ、次に息を吸い込んで心に力を入れてからボタンを押した。ヤクモから電話がある時はいつもそうだ。こうしないと心が震えて上手く話せないから。
「 ・・・はい、もしもし 」
「 リク? 」
「 はい、今晩はヤクモさん 」
「 うん、こんばんわリク
受話器の向こうでヤクモの声がゆっくりと降ってくる。リクはゆっくりと深呼吸しながらヤクモの声に耳を傾けた。
「 さっき聞いたよ。今日、襲撃されたって。大丈夫か? 」
自分を心配している声にくすぐったいような、振りはらいたいような気持が同時に湧いてきてリクは殊更明るい声を出していた。
「 あ、はい、平気です。僕の心配よりもヤクモさんこそ大丈夫でした? 」
「 あぁ俺は何ともないよ。それよりも・・・また何か起こりそうな嫌な感じだな 」
「 ・・・そうですね 」
少しの間が空いた。二人がかけあう電話の際、大抵ヤクモから話かけることが多い。なのでリクからは積極的に話すことはない。そうすると必然的にヤクモが言葉を止めると間が空いてしまう。それでもいつものリクなら何とか言葉を探してヤクモとの貴重な時間が無駄にならないように頑張るのだが今日のリクにはそんな気力は残っていなかった。そんな空気を読んだのかヤクモが何か言葉を探している気配がする。そうして不意に耳元に声が落ちた。
「 ・・・リク。守るから 」
リクは耳に届いた言葉にドキリとした。
「 何があっても俺が絶対守ってみせるから 」
携帯を耳に押し当ててリクはほろ苦く微笑んでいた。リクは電話越しのヤクモの声を聞くのが好きだった。ヤクモが好きだから声が好きなのか、元々この声が好きなのか分からないが、声を聞くと会えなくて心にポッカリと開いた穴と時間が埋まっていく気がするのだ。ヤクモの声が耳から入る度、満たされる。声に宿ったヤクモに体中を満たされるのだ。今、心を満たす幸福感が自然と声に滲み出て受話器にゆっくりと囁いた。
「 はい、ありがとうございます。でも・・・ 」
幸福感に包まれながらも次の言葉を吐き出す瞬間に心は痛みを伴ってリクの口から零れ落ちた。
「 一人で平気です、から 」
ヤクモはリクの答えに何か言いかけたがそのまま呑み込んだ。
「 ・・・うん。でも明日そっちに行くから 」
「 ・・・え? 」
「 詳しくは明日。今日は疲れただろう?もう休むといい、声を聞きたかっただけだから 」
ヤクモの言葉との見えないズレにリクの心はザワザワと騒いだ。
「 ・・・おやすみなさい 」
「 うん、お休み 」
いつもなら幸福感でいっぱいになるヤクモからの電話にも今日のリクは溜息を吐いた。天流が大騒ぎしている時に自分はヤクモからの電話に浮足立って一喜一憂している。切れた携帯を眺めるリクの瞳は大きく揺れていた。リクは自身を叱責した。
こんなのは駄目だ。自分は宗家なのに。好きになっては駄目だ。僕みたいなのは。こんな歪んだ「好き」なんて・・・。
どうしてヤクモさんなんだろう?とリクは自分に問いかけた。どうして同性を好きになってしまったんだろう?どうしてこんなに好きなんだろう・・・。リクは制御できない感情に息苦しさを感じた。リクは胸の苦しさを止めるようと寝巻の前をギュッと掻き合わせた。好き過ぎて理性が効かないとリクは湧き上がる想いに潰れそうになった。駄目だと思うのに手を伸ばして縋りつきたくなっている。リクはきつく目を閉じた。そして思う。僕は歪んでいる・・・。ヤクモさんを想う時、いつもあの人を想っては触れる体温、声さえも何をしていても欲しくなる。こんな醜くて欲望の塊のような好きじゃいつか相手を押しつぶしてしまう。そうなったら、嫌われたら僕は ――リクは携帯を握りしめる手に力を込めた。
リクとの会話を終えたヤクモは暫く携帯を眺めていた。守るって言ってても今日みたいに急なことがあると自分は何もできはしない。どんなに世間で持て囃されようとヤクモにとって大事な存在を自分の手で守れなければ意味はない。自身の底の浅さを痛感せずにおれない。情けない・・・そうして再び閉じられた携帯を見つめた。
やっぱり大丈夫だって言うんだよなぁ
全く大丈夫じゃないのに笑顔さえ浮かべて平気なふりをする・・・悲しすぎるくらい優しい光。まぶし過ぎて痛いくらいに。その光はいつも近くに感じるのに掴むことができない。分かったと思った瞬間に勘違いだと思い知らされる。いつもそうなのだ。あの紫の瞳の中の、どこか達観したような落ち着き払った瞳。
最近ヤクモは、あの瞳の奥に燻っている本当の光を見てみたいと思うようになっていた。曇りガラス越しに見える曖昧な存在じゃない本当のリクを。リクの表情の裏に隠されている本気を。手の中の携帯を開けたり閉じたりしながらヤクモの脳裏に先日モモに言われた言葉が木魂した。
「 ヤクモさん 」
リクの幼馴染のモモが縋りつくような瞳で見つめていた。
「 私、ヤクモさんが嫌いです 」
そっぽを向いて悔しそうに彼女は言葉を吐き出していた。
「 でも。 でもリックンが心配だから。リックン、京都に来てから前のリックン、コゲンタに会う前のリックンに戻った感じがして 」
彼女の口調は怒っているのに表情は不安そうだった。
「 リックン泣くように笑ってるから、ちゃんと側にいてあげてください!」
そう言ったモモは泣きそうな顔をしていた。リクにとって本社は心を閉ざしていないと生きていけない場所なのに、わかっていてもどうすることも出来ない自分に苛立った。そして何より、それに気づいたのがモモだってことに苛立ってる自分がいた。
「 皆様方 」
太鎮がずしりとした声音で言い放ち座を見回した。
「 この件については何をおいても御本家の身の安全が何よりも先ず優先されることを了承して頂きたい 」
それは宗家が正体不明の刺客に襲撃された翌日、四家五官に寄る緊急会議での最初の言葉だった。刺客の正体もはっきりとしない中で開かれた緊急会議は、しかし、いつも通りリクには殆ど発言権もないままに始まった。
「 不幸中の幸いは宗家がご無事だったことだ。本当にこれは良かった。が、相手の正体と目的がはっきりとしない内は何かが起こってからでは遅い。窮屈な思いをされるとは存じますが何分、御命に係ることですので当分の間、外出は控えて頂きたいと存じます 」
太鎮の側近が事務的にリクに言う。
「 え?ってだったら学校は・・・ 」
「 今は御身の安全が何より。学校どころではございますまい。勉学は遅れないように対応いたしますので心静かにお過ごしください 」
「 ・・・ 」
リクは何か言いかけたが途中で言葉を止めた。そんなリクに追い打ちをかける言葉が続く。
「 尚、当分の間は宗家の守護に禁裏御守代を加えたいと考えております。宜しいですね? 」
「 え?でもヤクモさんにだって学校が・・・ 」
リクが人選に異議を唱えようと口に出し終える前にテーブルを挟んだ向こう側にいるモンジュが目線を合わせて周囲に悟らせないように首を横に振った。その姿を見てリクは戸惑ったように言葉を詰まらせて漸く小さな声で返答した。
「 ・・・はい。わかりました」
またヤクモさんに迷惑をかけるんだ・・・そう思うとリクの意識は会議どころではなくなって太鎮のの側近の声が遠くに聞こえた。
「 宜しいですか宗家。今、判明しているのは相手の目的が宗家ご自身にあるということです。それだけははっきりとしているのです。ですから何卒そのことを肝に命じて軽はずみな行動は御控えくださいますように 」
「 ・・・はい」
そこにはリクの意志はどこにもなかった。ただ波風が起きないようにするだけしかない。
「 さて我々は宗家の守護以外に今回、早急に成さなければならぬことがあると皆様方には承知と思われます・・・五行結界。その内、四つの要が破壊され今、五行の理が崩壊しかかっております。そこでじゃ、天地両派と協力して結界修復を大至急行わなければならぬのです。五行結界を成すには一般の闘神士では力不足ゆえ御足労をおかけするのじゃが此度は四家当主自らのお力添えをお願いしたいと思っておりまする。宜しいですかな?」
太鎮が全員を見回して同意を確認した。
「 国の一大事に皆さま方の真摯なお気持ち感謝申し上げまする。では、太辰殿は北方水気を守る遠野へ、太歳は東方木気の鹿島へ、太焔殿は南方火気の熊野へ、太白殿は西方金気の諏訪をお願いしたい 」
四家当主は一斉に頷いた。
「 今回、難を逃れた中央土気は現在、地流宗家が封印の守護にあたってくださっておる。よって私自身は今暫く本社を動かず様子をみておることにしました故、ご了承頂きたい 」
会議はリクが何をしなくても滞りなく進んでいった。リクはボンヤリと思う。ユーマ君も宗家として自身の務めを果たしているというのに僕はこんな安全な所で皆に守られて。宗家として何の役にも立っていないとリクは自己嫌悪に陥っていた。リクの目の前では各々が各々の果たすべき役割を理解して緊張した空気が場に流れている。そこにはリクが宗家として口を挟める余地は微塵もありはしない。それが理解できていたからリクは成すすべもなく事の成り行きを見ていた。そんなリクにセイが言葉をかけた。
「 宗家お疲れなのでしょう。後の打ち合わせは我々で行いますので自室に御戻りください 」
「 ・・・僕だけですか? 」
「 今からするのは警備についての打ち合わせです。宗家にわざわざお時間を割いて頂く程の内容ではありませんが如何なさいますか? 」
その口調は提案の形を借りた命令でしかなかった。
「 ・・・はい、それではお任せします 」
そう言ってリクは頭を下げて席を立った。一瞬歩みを止めてヤクモをちらりと見て小さく微笑んですぐに向きを変えた。それはヤクモに心配をかけまいとするのがありありと伝わってきて、かけられた方は居た堪れなかった。
リクの気配がなくなると、その場にいた太焔の称号を頂く20代半ばのツルギが口を開いた。
「 本当に現宗家は良い子だねぇ。いつもニコニコしていて絶対に逆らわない 」
そこには肉食動物が獲物を狙うかの如き目つきで発言する男がいた。
誰にともなく吐かれた言葉をセイが拾った。
「 ・・・そのようですね。普段から不平不満を口にすることはありませんよ。というよりも言っても仕方がないと思われておいでなんじゃないでしょうか 」
「 あの年で達観してるって? 」
常日頃から横柄な態度の男の発言にやんわりと太鎮が言葉を挟んだ。
「 太焔の。ちと口が過ぎよう。御本家はお若いとは申せ仮にも仕えるべき宗家。分をわきまえよ 」
太鎮は高齢なこともあってか常日頃から決して声を荒げげたりすることのない温厚な性格の持ち主だ。その相手の、普段からは想像もできないキツイ言いように太焔である男は肩をすくめて言い訳をした。
「 あぁ悪意はないので大目に見ていただきたい。私なりに褒めたつもりなんですよ。あのお年で口応えせず笑顔を絶やさず宗家としての力量も心構えも御持ちなんですからね。嘘っぽくて微笑ましいんですよ 」
その一連のやり取りを見ていたヤクモは湧きあがる怒りを抑えるのに必死で耐えていた。しかし鋭く直地ツルギを睨みつける眼差しにはハッキリとした怒りが現れており感情を隠すことは確実に失敗していた。
ヤクモは以前から彼を好きではなかった。その上リクに対してあれだけあからさまに馬鹿にした態度を示す太焔に嫌悪を隠せないでいた。本社内況してやこのような場で私情を表すことは浸けこまれるだけだと分ってもヤクモにそのような駆け引きを求めることが無理な話なのだ。こんなことではいけないと思い普段から懸命に表情を装うようにはしていたが今日は常にも益して我慢できないでいた。
いつも本社はリクの気持ちを踏みにじる。宗家であるのに存在さえ無視し意向さえ聞かずにいつだって宗家不在で進めていく。いつも酷いが今日は特に酷いとヤクモは眉間に皺を刻んだ。リクを人形のように扱われてヤクモは怒っていた。宗家が命を狙われたというのにリクを追い詰めるかのような周囲の言動がヤクモを憮然とさせた。気分の悪さを拭えないでいるヤクモを無視するように太辰当主、つまりセイの父親である波木が釘を刺すように言った。
「 御守り。宗家は我が一族が脈々と作り上げ永きに渡って守り抜いてきた最高級の貴重な血脈。その命、捨てる覚悟で守られよ 」
”御守り”とは禁裏御守代の略称である。
ヤクモの新職を容認したとはいっても天流上層部の殆どが吉川の家に反目をしていたので尊称を示す”御守代”という言葉を使用することを忌々しく思っていた。そこで誰が言い始めたのか宗家の腰巾着を揶揄するように”御守り”と呼ぶようになっていた。その度に眉を顰める太白の者達も愛称だと言い返されれば口を紡ぐしかない。因みに吉川に好意的な者は更なる尊敬を込めて「 御代(ごだい) 」と呼ぶようになっていた。
数字には1つ1つ意味がある。
万物の初りである「 一 」、陰と陽を表す「 二 」、天地人、世界と結界を意味する「 三 」、地水火風であり東西南北である方位を表す「 四 」、陰陽五行の「 五 」、六道・八卦は宇宙の全てを表し、神代七代の「 七 」は怨霊封じ・鬼封じを表し、「 九 」は九星究極数であるという風にだ。
その闘神士として最も関わりのある者、「 五 = 御 」の枕詞として「 御代 」と呼び、呼び方で吉川派か、そうでないかが容易に区別がつくようになっていた。波木家当主・太辰はヤクモのことを「御守り」と呼ぶ。つまり、その立場は容易に想像がつき今のヤクモを二重にイラつかせた。
「 ・・・もちろん命にかえましても 」
力が足りなくて悔しくて仕方がないとヤクモは握り拳に力を入れた。ヤクモは出世したくて天流本社にいるのではなかった。だが今、階級・血筋を重要視する天流の中では年齢が若いということの不便さをひしひしと感じていた。
リクを守ることができるのならば禁裏御守代でも何でもいいと思っていたがそれでは駄目だと痛感した。離れていては何かあった時にリクを守ってやれない。それでは意味がないから。
だから今回は役職の利用でも、厄介払いの押し付けでも何でも、リクの側にいる口実ができるならば結果的には良かったとチリチリとした憤りの中でヤクモは気持ちを切り替えていた。
リクを守れるなら。側にいてやれるなら、何だって、どんな風に扱われようと構いはしないと ――
そんな息子の姿を横目で見ながらモンジュは溜息を吐いた。
息子の怒りが手に取るように理解できるからだ。そうして自分の仕えるべき主の先ほどの姿を思い返した。自身のすべきことを理解しているのはいいが、あそこまで分りやすく顔に出てしまっては、この人間の皮を被った妖怪共から挙げ足を取られかねない。
自衛手段をお持ち頂かないと。
そうは思うのだが手段を講じようにも天流内でのモンジュの派閥なんてタカがしれており実際にリクはどう言おうとも後ろ盾も実権もない子供でしかない。今の状況や先のことを考えるとモンジュからは再度溜息が出るのだった。
宗家抜きで再開された会議を背中に感じながらリクは思った。
こんなことじゃ駄目だ・・・
そうは思うが自分の意見を通すのがどこまで許されるのかリクには分からない。無理をいうのは我儘な子供のようで、何も言わないのは傀儡のようで、その見極めが未だに判然としない。普段からその心の葛藤があったので今回の件に関してもどこまで食い下がれば良かったのかと再び会議を思い出して溜息を吐いた。
危険なのだという。
守るべき存在だと言う。
そこまで言われれば次の言葉を口に出すことが躊躇われた。
千年間、待ち続けた存在 ―
リクは想像してみた。
一族を上げて代を重ね待ってきた光だという。
心からの渇望。
待ちに待った存在。
リクには想像するしかなかったが、大切な存在が失われる恐怖に置き換えると、その不安は分かる気がした。
だが・・・あまりにも強い執着はリクに重石となって息をすることさえ苦しく感じさせた。今の現状に不満があるわけではない。自分は天流宗家なのだし天流を背負って行く覚悟はある。だけど・・・
どうしてだろう?ここにいると息ができなくなる気がする。自分でいると苦しいことが多くて気づいたら最近、何かを感じれなくなってきたような気さえする・・・
「 リ〜ク! 」
下を向いて自室に入りかけたリクはマサオミの陽気な声に足を止めた。
「 マサオミさん!? 」
その声にはどうして今この状況でここにいるのか不思議がっている様子が伝わってきてマサオミは軽くウィンクしてリクの部屋に入った。
「 ・・・本社からのご要望だよ。多分リクの気晴らしと護衛も兼ねてのね?ま、断る理由もないからさ 」
マサオミの言葉にリクは戸惑ったように下を向いた。
「 心強いです。でも・・・今回はどうなるかわかりません。それでも一緒にいてくださるんですか? 」
リクの言葉にマサオミは明るい笑顔を向けて肯いた。
そんなマサオミの躊躇のなさにリクの肩から力が抜けるのがわかった。
リクのこととなるとヤクモは自他ともに認めるほど過保護になるが、それはマサオミもそうだった。
マサオミのリクに対する思いは複雑なモノが色々にまざってはいるが基本的には兄弟のそれだった。
そんなリクを見やりながら一瞬マサオミの意識は1200年前に引き戻された。
・・・氷柱の中に封印されていたマサオミが天流の前に引き合わされた時のことだ。視線だけで相手を射殺すような眼差しでガシンと呼ばれた少年はイッセイに言葉をぶつけていた。
「 殺せ!殺せよ!! 」
その言葉にイッセイは驚かなかった。
冷静に問い直した。
「 何故に? 」
「 生きていても意味はないからだ!! 」
迷いなくガシンは叫んでいた。
「 死にたいなら自分でやればいい 」
「 イッセイ様!それはあまりのお言葉です! 」
横に控えていたショウシを手で遮ってイッセイは話を続けた。
「 但し、ここでは駄目だ。後始末が大変だからな。外へ行って舌を噛むなり刃物を使うなりすればいいだろう。
生きるか死ぬかは好きにしろ 」
ガシンはイッセイの返答に目を見開いて動けなくなっていた。
「 しかし、それができなければ生きるしかないな。もし、生きる気があるなら養い親は必要だろう。そのときは私達がなってやろう、どうする? 」
・・・そうしてガシンはイッセイの手を取ったのだ。あの時、イッセイの言葉がなければ今、自分はここにはいなかったかもしれない。そう思うと二人の子供であるリクの手助けをすることは当然のように思えた。昔の回想から戻ったマサオミはリクの様子がいつもと違うことが気になった。
「 ・・・何か、言われたのか? 」
リクの様子にマサオミは眉間に皺を寄せて聞いた。本社でのリクの立場を肌で感じているからだ。リクはマサオミと視線を合わせず首を振った。
「 ・・・特に何も。いつも通りのことです 」
伏せた紫の瞳には深い影が差していた。
「 ただ今回は・・・ヤクモさんにまで迷惑をかけたようで・・・僕は 」
そう言ってリクは一旦言葉を止めた後、酷く苦しそうな顔をした。
「 情けない・・・自分の大切な人達でさえ思うままに守れなくて 」
悔しそうにするリクにマサオミはどう言葉をかければいいのか迷った。
「 俺もヤクモも皆リクの力になりたいだけで守ってもらおうなんて考えちゃいない。
リクはリクだけのことを考えてればいいんだぜ。リクがその立場でできることをすればそれだけでいいんだ 」
その言葉にリクは頭を振った。
「 いつになったら、どのくらいになったら僕はマサオミさんやヤクモさんのようになれるんだろうって、いつも思っているんです。でも追いつけなくて。やっぱりいつも迷惑をかけてしまって・・・ 」
「 リクはリクだろう?俺から見たらリクは凄いと思うぜ?俺なんかリクの年の時、何をしてたかって考えたら情けなくなるさ 」
「 でもヤクモさんは僕の年にはもう伝説だったでしょ? 」
「 まぁ、それはそーだけどさ。あいつの場合、そーゆー次元とは違って、ただ単に単純なだけというか何も考えてないというか 」
ヤクモを無碍にするマサオミにリクは苦笑を返した。
「 ・・・単純で悩まないって凄いことですよね。前だけを見て進んでいるから迷いなんて初めからないんですよ。それから見ると僕は迷ってばかりで 」
言葉を一度止めたリクがポツリと呟いた。
「 僕は ――天流宗家の血族としては迷いがあって。
だからといって自分の意志を貫く勇気もないから・・・だからいつも自信がない 」
だから。
だからいつだって自分の周りの大切な誰かを苦しめてしまうんです。
こんなんじゃ駄目なんです・・・
天流本社という巨大な壁はあまりにも頑丈で今のリクにはほんの僅かなひび割れすら見つけることができなかった。目の前で肩を震わすリクにかける言葉が見当たらなくてマサオミはただリクの頭をポンポンと叩いた。
「 ・・・宗家。今、宜しいでしょうか? 」
不意にセイが障子越しにリクへと声をかけた。沈みそうだった思考をリクは慌てて現実に引き戻した。
「 あ、はい、どうぞ 」
許可の返事を待って「 失礼致します 」、とセイがいつも通り礼儀正しく部屋へ入ってきた。
「 御守り様とガシン殿のお部屋は一応、宗家の両隣りへ設けたのですが、その、太鎮が仰るには就寝時に何事かあってはならぬと仰いまして・・・ 」
セイが言いたいことが分からずマサオミとリクはキョトンとした顔で聞いていた。
「 その、宗家を守護するのが務めなれば始終身辺を共にするのが宜しかろうと。ですので寝具もこちらにご用意致しますが、それで宜しいでしょうか?」
マサオミはセイの意図することにいち早く得心がいった。
「 あぁ気付かったよ。俺は全然問題ないしヤクモもいいと言うはずだから用意を頼むよ 」
それでいいよな?とマサオミはリクに軽くウィンクを送った。
リクは反射的に肯いていた。
「 はい、それでは、そのようにご用意致します。 」
事務的なセイの姿を目で追いながらリクは何か引っ掛かるものを感じて妙な顔になった。セイは今、何と言っていたか・・・?” 始終身辺を共にする ”それから” 寝具を・・・ ”
・・・ということは。
これから暫くは毎日、ヤクモさんが同じ部屋で寝泊まりするっていうことじゃないか!そのことに漸く気付いたリクは真っ赤になって固まってしまった。マサオミはそんなリクをニヤニヤと面白そうに見下ろした。
「 別の意味でリクには心臓に悪い毎日になりそうだな 」
リクは真っ赤になった上に口をパクパクさせて反論の声もでなかった。