京都 ―― そこは古の術により神々を封じた都。同時に妖をも閉じ込め神の守りを受けながらも邪に染まる異都。縁って都のどこかで常に何かが起こっている。







                              〜 花夢絵巻 〜








 もう駄目だ ―― !!
僕はギュッと目を閉じ体を硬くした。
 目を閉じる直前まで見ていたものは歪な形の爪が僕の心臓に真っ直ぐに伸ばされる光景だった。
ドラマや映画では、こんな時、主人公は軽い足取りでバク転なんかを鮮やかに決めて窮地を逆手に勝利してしまうのだけど、そんなのは自分の人生には起こりそうもないと絶望した。
 妖怪の歪な爪が体に触れそうな気配を感じて僕は迫り来る激痛に更に体を硬くした。
 と、その瞬間、瞼越しに強烈な光が射して辺りに妖怪の悲鳴が響き渡った。何が起こったのだろうかと恐る恐る目を開けた。すると僕の目の前に一人の少年が立っていた。
「 え? 」
いきなり訪れた急展開に僕の口から声が零れた。その声に反応して少年がクルリと振り返ってにっこりと笑った。
「 間に合って良かった。怪我はないですか? 」
何が起こっているのか状況が把握できずコクコクと頷く僕の様子に少年は「 良かった 」と言って心底安心した顔をした。
 僕が声をかけようとした時、少年の背中越しに地面からのっそりと起き上がる妖怪の姿が映った。その様子から怒りが顕著に読み取れた。
 そして誘われるように周囲にいた他の妖怪達も標的を僕から少年へと移したのが分った。
 その気配に僕は恐怖で竦み上がった。一匹だけでも手に負えなかったのに、あれだけの数の妖怪達をどうすればいいというのか.。自業自得とはいえ焦る僕に少年の短い指示が飛んできた。
「 下がって 」
その一言を発する間に少年は身に纏っていた柔らかな空気を払い、息を飲むほど凛とした空気を纏い直した。本来なら僕も加勢するべきなのだけど少年の強くもない口調に逆らうことが出来なかった。
 そして僕から距離を取った少年の全体像を改めて見直して更に驚いた。
僕と変わらない若さ。少年というにしても随分と華奢な印象を受ける体型。優しげで整った容貌はとても目の前で暴れる妖怪を相手にできるようには見えなかった。
 しかし外見にそぐわず彼は強かった。瞬時にして繰り出す闘神符は目の前の妖怪達をなぎ倒し闇へと葬っていく。妖怪を見上げる紫の瞳は澄んだ輝きを放ち、舞を舞っているかの如く、しなやかに延ばされた手指から繰り出された闘神符はその優雅さとは反して的確に妖怪の息の根を止めた。その姿は凛凛しく妖怪を追い詰めてるのに、まだまだ余力がたっぷりとあるのを見て取れた。
 僕はまたたきをするのも忘れて、その戦いを、いや月光に照らされる少年に魅入っていた。
僕は少年に魅了されていた。
 一般人には見えない彼が身に纏う高く澄んだ気は、この世の者とは思えないくらい美しくて桜の舞い散る中、月光を浴びる彼は神が降臨しているのかと本気で思わせたのだ。
 天流四家の家柄に生れた僕だったから若くても、それなりに沢山の闘神士を見てきた。そのつもりだったけれど、これほど澄んだ気を宿す人に出会ったことはない。
 僕が状況も忘れて惚れ惚れと魅入っている間に、あれだけいた妖怪は後かたもなく消えていた。それに又驚いていた僕は傍から見ると物凄く間抜けな顔をしていたのだろう、少年が謝ってきた。
「 随分と驚かしてしまったみたいで、ごめんね 」
慌てて我に返り僕は音が出るほど首をブンブンと左右に振った。
「 とんでもない!!僕こそ助けて頂いてありがとうございます!! 」
夜も更ける時間帯に、こんな大きな声は場違いかと思ったけど、興奮した気持ちを抑えることが出来なかった。
僕は彼に嫌われたくない一心で必死に言葉を続けた。
「 僕、あの、長谷地シンと言います!本当に危ないところを助けて頂いて何とお礼を言ったらいいのか・・・! 」
「 ・・・長谷地? 」
僕の名字を少年は口の中で小さく繰り返した。
「 天流四家の長谷地?セイさんの・・・? 」
「 セイは僕の兄なんです!ご存知なんですか? 」
いきなり降って湧いた共通点に僕は舞い上がった。この人はもしかしたら兄の知り合いかもしれない。そうしたら、もっと親しくなれるかもしれないという想像が広がって気分が益々高まった。更に彼との距離を縮めようと次の言葉を選ぶ、そんな僕の背後から不意に声がした。
「 俺は必要なかったみたいだな 」
割り込んできた声に驚いて振り返ると黄金色の神様が立っていた。気配もなく背後に立っていた人物を僕はポカンと見上げてしまった。
思考が回復するまでに暫く時間がかかった。
 そこには同じ人間とは思えないほどの気力を吹き出す闘神士がいたのだ。それはまるで自分で光を放つ宝石のようだ。
 僕よりもいくらか年上と思える闘神士は健康的に日焼けした肌をし、両の眼には純金の輝きを放つ光を嵌め込んでいる。申し分なく均整の取れた肢体は覇気と生気に満ち、手には旧式の闘神機を何気なく握っていた。
あまりの存在感に言葉が出なくなった。
「 妖怪の気配がするから急いで来てみれば、もう終わった後のようだな 」
「 一足違いですね。こっちには着いたばかりなんですか? 」
「 そう。到着が夜中になるのは分っていたんだけど早く帰りたくてさ。で、本社の門を潜ろうとしたら気配がしてね。それで何で、ここにいるんだい? 」
にっこりと問いかける闘神士に何故か少年はソワソワした態度になった。
「 あ、この人は長谷地シンさんといって妖怪に襲われてて 」
「 そんなことを聞いてるんじゃなくて 」
「 あ、僕ですか?僕なら同じ理由です。気配がしたので 」
「 そうじゃなくて。本社には守護結界が張ってあるはずだけど? 」
年上の闘神士の言葉に少年は作り笑いを浮かべ受け流した。
その姿に年上の闘神士は渋い顔をして盛大な溜息を吐いた。
「 結界の抜け方なんて教えるもんじゃないな。自分の身を考えず、こんなことに首を突っ込むんだから 」
その言葉にムッとした少年が拗ねるように口を開けた。
「 でも、そうしないと彼が危ない目に遭っていました 」
「 それはそうだろうけど他の誰でもいいだろうに・・・ 」
と溜息を再び吐きながら、
「 まぁ気付く人もいなかったんだろうけど。天流の質も落ちたもんだよな 」
そうブツブツと言ったかと思うと急に僕を振り見た。思わずたじろいだが青年が不意ににっこりと笑ってくれた。そうすると纏った気が柔らかくなって息がし易くなった。
「 一人? 」
「 はい。あの・・・彼をあまり責めないでください。お陰で僕は怪我もなく助かったんですから 」
「 そうだね。言っても聞きそうにないし・・・でも君はどうして、こんな時間にこんな場所で妖怪に襲われていたんだい? 」
「 あの、その・・・試したかったんです。僕、明日から天流本社入りするんですけど少しでも力をつけていたくて。同期で入る子よりも抜きん出ていたくて。早く兄のようになりたかったんです、それで宗家のお側にお仕えしてお役に立ちたかった・・・できると思ったんです、だから封印を壊して。けど・・・全然駄目でした。スミマセン 」
しゅんと反省を口にする僕に青年は諭すように言った。
「 焦りが一番の回り道だ 」
「 はい 」
そう返事をした僕は青年のしている流派章に息を呑んだ。あまりの格の違いに冷や汗が一気に出た。
 長谷地一族は天流四家の一家だから周囲には常に優秀な人達がいたが飛び抜けた人材がいるわけではなかった。こんな位の人が近くにいると思うと体が震えた。
 この二人がどういう関係にあるのか分らないが、この少年といい、あまりの格の違いに僕は自分が随分と小さく感じられて一緒にいることに羞恥を覚えた。
 というか僕が知らないだけで実は本社にはこんな人達は珍しくないのかもしれないと気付いて更に身の置き処に困ってしまった。
「 そんな子供を苛めるなよ。固まっているじゃないか 」
と陽気な声が聞こえてきた。
 闇の中に目を凝らすと手のひらをヒラヒラ振りながら長髪の青年が僕達の方へやってきた。年はさっき現れた闘神士と変わらないように見えた。笑顔と口調は砕けてはいたが身のこなし方は艶やかで纏う気は先の二人に引けを取らないのはすぐに分った。
 今日っていう日はどんな日なんだ?!と僕は心の中で叫びそうになった。
次にもし誰かが現れても、きっともう驚いたりしないだろうと僕は必死に自分に言い聞かせた。
そう思っていないと三人の存在感に眩暈がして立っていることも出来そうになかったからだ。
 そう。例えていうなら僕が蟻だったとする。自分の存在を一生懸命、声を限りに叫んでいるのだけど、その相手が象三頭だったとしたら・・・とても居た堪れない気分になるだろう。
 ただ少し助かったと息をつけたのは三番目に現われた長髪の青年が先の二人とは違う気を持っていたことだ。青年は自身が強いということを、よく理解していて、だから自分よりも弱い者の前では気力を抑えてくれているという配慮が感じられた。
 だからといって先の二人に他者への優しさがないというのとは違う。
きっと、あの二人は自分達がどのくらい強いのかということをあまり分かっていないんだと思う。
後から身につけようとしても叶わない、生まれながらにしての凛々しさや心の高さから来る資質というものがどれほど凄いことかが分からないのだ。そうであることが当たり前なのだから気の使いようがないのだろう。         「 で、今頃お前は何しに現われたんだ? 」
「 コラ、人を虫みたいに言うなよ。そこの坊やの兄ちゃんに連れ戻してこいって脅されたんだよ 」
ブツブツ言いながら長髪の青年は寝ばなを挫かれた苛々を紫の瞳の少年にぶつけ出した。
「 大体、結界抜けるなら自室にもちゃんと結界を張っておくか、身代わりの式くらい置いとくのは常識だろう。だから今日みたいにすぐにバレるんだぜ。詰めが甘いんだよ 」
「 あ!そうですね・・・今度からは気をつけます。すみません 」
「 そこ!謝る意味違うから!ってか、お前、余計なこと教えなくていいから! 」
僕はその三人の会話を聞きながら夢見心地になっていた。
 月光に照らされる三人の姿は天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)に従う神産巣日神(かみむすびのかみ)と高木神(たかきのかみ)と言われる日本の原始の神、造化三神の化身のようだったからだ。
 天御中主神である少年を挟んで神産巣日神と、高木神が守り従っている。三人の存在を祝福するように散り始めた桜の花弁が闇の中、足元を桜色に染め上げる。
 ほうっと息をつく僕に長髪の青年が遠慮するように声をかけてきた。
「 ということでさぁ君の兄ちゃんに、この外出がバレてるのね。で、早く連れ帰らないと煩さ方の連中に報告するって息巻かれてるもんだから、ちょっと引き取ってもいいかな? 」
「 あ、あの、どうか僕のことは御気になさらずに。僕も、もう失礼しますから 」
急いで言葉を返した。本当にそう思ったからだ。
 明日は憧れの宗家との初の顔見せの日だ。寝不足で遅刻でもしたら目も当てられない。
そう説明すると三人の笑顔が不自然になった。何かおかしなことを言っただろうかと疑問に思ったが長髪の青年の誘いに、その時感じた違和感は霧散した。
「 明日が本社入りなら今日は別に宿を取っているんだろう?送っていくよ 」
「 本当に大丈夫ですから。もうこんなことはしませんし車を向こうで待たせていますので 」
僕は必死で頭を下げて竹林の向こうに待たせている車へと慌てて向かった。


 迎えの車は僕の指示通りにきちんと指定の場所で待っていた。
僕が乗り込むとすぐに京都市内の宿へと向かったが僕の胸はまだ早鐘を打ち、顔には血が上がっていた。
 バックミラー越の表情で何か勘ぐられても適わないと思って出来るだけ平静を装っていたが努力が報われたかどうか分からない。
 さっきまで一緒にいた三人の姿を思い浮かべた。
 あの三人が並んでいる姿は造化三神が具現化したようだった。
少年の姿を借りて現われた天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は惚れ惚れするほど美しい気を纏っていて、生命の神秘を表す色を瞳に嵌め込んだ高木神(たかきのかみ)の姿は優雅さと俊敏さを備え優しく少年に付き添い、神産巣日神(かみむすびのかみ)の化身である黄金の瞳をした青年は少年の側に絶対的に従い全ての者から守っている。
 あんな人達が本社にはゴロゴロといて自分も明日からその一員になれるかと思うと心の底からワクワクした。
 程なく宿に到着して、すぐに布団の中に入ったのだけど僕はなかなか寝付けなかった。
親しげに言葉を交わしていた、あの人達はどういう関係なのだろう。
 共通点はまるでないのに少年を囲んで会話をする姿は一枚の絵巻物のようだった。
今日は妖怪に散々な目に遭わされて自分の実力のなさを嫌というほど思い知らされた日だったが、あの人達と出会うことができただけでプラスマイナスプラスだ。
 僕はひどく幸せな気分で目を閉じた。
 翌日、宗家との謁見で顎が外れそうになるということも知らずに、その眠りは気分の良いものだった。







                                          <完>