新社会大阪第81号2008年11月掲載分より


 後期高齢者医療制度を考える その3

社会保障を考える会 学習報告


1.10月15日の制度変更でどう変わったか

2008年4月からはじまった後期高齢者医療制度は、猶予期間があった人たちも、10月15日からその枠組に組み込まれることになった。当初より「姥捨て」の制度だと批判に晒され、見直しを検討すると政府の答弁にも関わらず、予定通り実施された。

小泉改革で社会保障費の削減がはじまり、今年度までに1兆6200億円が人口構成の高齢化による自然増加を無視して削減された。一方でこの間、米軍への「思いやり予算」は1兆7000億円を越え、大企業を中心に7兆円規模の減税は据え置かれたままである。昨年夏に米国でサブプライムローン問題が表面化して以降、欧米で金融危機が経済の失速に連鎖し、比較的安全とされた国内金融機関にも影響が懸念されはじめた。麻生太郎総理は景気対策のためとして内需拡大を盛んに口にしているが、将来の生活に不安があり、病気の時に支払いを気にして医者にかかれないようでは、公明党の主張する2兆円の定額減税策(政策発表当時)が消費に回ることなど、全くの「絵空事」でしかない。そんな余裕があるのなら高齢者の医療費補助に使い、そのためにはまずもって後期高齢者医療制度を廃止すべきで、将来不安が軽減されれば、その分、自ずと消費が増えることは容易に想像できよう。

劣悪な日本の医療制度について、言いたいことはいろいろあるが、おいおい「社会保障を考える会」で検討し報告をすることとして、今回の学習では、後期高齢者医療制度が10月15日より新たな展開を見せはじめたことから、その点に絞って考えてみた。


2.新たに医療保険料の負担が始まる人

@  家族が加入している健康保険の扶養家族だったので9月まで負担免除のあった人(約200万人)

2010年3月までは、「均等割」の負担がなく保険料額の1割が軽減される措置が残っている。

A 9月まで年金から保険料の天引きを実施していなかった29市区町村に住む人(約90万人)

B 国民健康保険以外で企業の健康保険組合や政府管掌保険の被用者保険から後期高齢者医療制度に移った人(約300万人)

AとBに関して、今年度は下記のような減額措置がある。

 下の表は夫婦世帯で妻の年金が135万円以下の場合のケース

  夫の年金額(万円)  所得割部分  均等割部分
 153未満  負担 なし  85%減額
 153以上〜168未満  50%減額   85%減額
 168以上〜192.5未満  50%減額   50%減額
 192.5以上〜211未満  50%減額   20%減額
 211以上〜238未満  減額 なし  20%減額
 238以上  減額 なし  減額 なし

<表の見方と補足説明>

* 保険料は、加入者の所得に応じた「所得割」と加入者全員が同額を払う「均等割」からなっており、負担額は広域連合によって異なっている。また、市区町村で独自に減額の対応をしているケースもある。問題は、制度の主体である「広域連合」が地方自治体でなく、住民不在で設計されている点だ。

* 後期高齢者医療制度の1人当たりの保険料は現在の平均7万2千円が、高齢人口の増加とそれに伴う医療費の増加によって、厚生労働省の発表では2015年に8万5千円と予測しているが、全国保険医団体連合会の試算によれば2016年に9万790円、2025年には15万9720円になる見通しだ。今後も政府与党は「財政の健全化(赤字のこと)」を旗印にした社会保障費の削減を継続する方針だが、年金の給付は増加が見込まれない中、少ない年金でどうして老後の生活を支えられるのだろうか。

* 減額措置は、来年度には変わる。夫婦いずれも年金が80万円以下なら90%減額になるが(対象者280万人)、はなから生活ができる年金額ではなく、生活援助の必要な人から保険料を徴収すること自体に問題がある。


3.怨嗟の声に押され口座振替の利用可能な人も

今回の制度が発足した当初、保険料の口座振替による払込は、年金収入が年18万円未満の人と後期高齢者医療と介護保険の保険料が年金収入額の50%を越える人に限られていたが、怨嗟の声に押され7月から対象を広げ、過去2年間国民健康保険料の滞納のなかった人は本人の金融機関の口座から、また年金額が180万円未満の人は本人が世帯主でなく、世帯主の配偶者や家族の口座から引き落しができるよう変更した。この場合、生計を一にしていることを条件に、引き落しされた配偶者や世帯主の税金から「社会保険料控除」の対象となるケースもある。ところが10月15日の厚労省の発表では、口座振替に切れ替えたのは19万人で、3%以下という現状である。税制度の複雑さや条件が多いことから、対象となる高齢者にとって口座振替は制度の見直しに役立っておらず、政府が宣伝するほどの「節税対策」になっていない。


4.前期高齢者(65〜74才)の国民健康保険料

対象者353万人の国保保険料が年金から天引きされるようになった。これまで保険料の滞納者には健康保険証を発行しない「ペナルティー」があったが、市区町村との話し合いで保険料の「分割納付」という方法で支払いを継続し、何とか保険証を手にすることができたが、今回の制度改悪によってこれまでの分割納付が認められなくなり、無保険の人が急増するのではないかと心配される。健康保険料の支払えない人が、一時的にしろ病院の窓口で医療費全額を支払えるはずがない。いよいよ生活に困窮している人たちから「医療を取り上げる制度」がはじまった。


今回の学習会のまとめに一言・・・

4月から開始された後期高齢者医療制度は、何ら改善されず10月15日にシナリオ通りの展開となった。現行制度が放置されるなら、一握りのお年寄りしか生きて行けない国になる。身近な高齢者の悲惨な現状を見て、若い人に「将来に希望を抱け」と言う方が無理だ。私たちの世代が早急に後期高齢者医療制度の廃止を実現しなければならない。

医療の側に対しても、今後5年の「医療費適正化計画」で、7500億円もの医療費削減を狙っているが、日常の診療でこれ以上の経営努力は困難であり、患者さんへの十分な医療提供が難しくなっているのが現状だ。病院や医院の健全経営を行おうとすれば、アメリカのような民間保険も考慮せざるを得なくなる。まさに「皆保険制度」が崩壊の危機に直面している。市場原理主義の行き詰まりが表面化している今、なぜ社会保障だけを市場原理の中へさらに押し込めようとするのか。医療関係者も国民も、財源からだけでなく自らの命に照らし医療制度の本来のあり方を考える必要に迫られていると言えよう。