新社会大阪第80号2008年9月掲載分より


 後期高齢者医療制度を考える その2

社会保障を考える会 学習報告


―― 福田首相は「制度自体は悪くないが、説明不足だ」とおっしゃったが、「説明不足ではなく制度自体が問題。改めないと騒ぎが大きくなる」と申し上げた。この制度は姥捨て山以外のなにものでもない ―――

本年5月21日の朝日新聞に掲載されたこの記事の発言主は、誰あろう後期高齢者医療制度の出発点となった03年医療改革基本方針を閣議決定した際、当時の自民党総務会長だった堀内光雄氏(78)その人である。あたかも降って湧いたかのように言われる「後期高齢者医療制度」は、粛々と今日の姿へと準備されていた。歴史は必然であるからその今日に至る流れを振り返らないと、この制度の本当の姿を見失うことになりかねない。そこでこれまでの歴史と現状の問題点について制度改革を検証したい。


保団連の「戦後開業医運動の歴史」より

本年4月より導入された「後期高齢者医療制度」は、新聞報道などで1977年に基本構想があったされるが、全国保険医団体連合会(保団連)が発行している「戦後開業医運動の歴史」によると、それより以前の1969年、自民党がまとめた「国民医療対策大綱」に今日の「後期高齢者医療制度」を明示する基本的な方向が示されている、とある。

それによると、同党の大綱はまず総論として、「急テンポですすむ人口の老齢化や成人病の増加など疾病構造の変化、医療需要の質と量の変化には、もはや従来の制度では対応できず、健保財政がきわめて憂慮すべき状態にある。その上に将来の人口、疾病、経済構造を見通した長期的視野にたった配慮もなく、皆保険に必要な基本的条件が放置されてきた」として、「将来の老齢人口の増加を見据えた基本的改革が必要との認識を示した」と記されてある。

さらに大綱は、国民一人ひとりが自分の健康は自分で守るという「疾病の自己責任原理」と、家族、近隣、同一職場の者が互いに助け合う「相互扶助原理」の自覚が必要と強調する一方、「今後増加するであろう医療費に対応して増加する保険料負担は、国民として被保険者として出し惜しんではならない」とあり、保団連は「運動の歴史」の中で「被保険者の保険料負担の増加をまるで国民の義務であるかのように主張している」などと大綱を批判している。

この自民党の「国民医療対策大綱」は、高度成長政策の総決算ともいうべき大阪万博の前年にまとめられており、すでに戦後の高度成長にかげりが見え始めていた時期でもあった。


革新自治体先行の老人医療費無料化制度

振り返ると政府の老人医療費の無料化は1973年に実施された。ところが先の自民党の「大綱」を見る限り、高齢者医療の自己負担は医療費を無料化した時点ですでに織り込まれていたことになる。では何故政府は無料化を実施したのか。京都府をはじめとする10を超える革新自治体は、政府よりも先に医療費無料化に踏み切っていた。これに危機を感じた政府与党は革新勢力が国政まで及ぶ前に対抗する政略であったのではないか。当時の革新自治体は京都府や大阪府、神奈川県 埼玉県をはじめ横浜市、川崎市、藤沢市、鎌倉市、名古屋市、神戸市など全国に拡大していた。このため政府は、革新勢力の進展を食い止めるべく東京都も含め、福祉政策をとる革新自治体に対し「福祉亡国論」のもと、福祉バラマキの「地方財政逼迫キャンペーン」の攻勢に打って出た。その対抗処置として政府は地方交付金の削減と各種制度への国庫補助率の引き下げなど、次々に補助金をカットを実施した。これが当時の地方財政が逼迫した本当の原因だったが、そのことは今日の自治体の財政赤字問題と同様に表立った議論に至らなかった。


後期高齢者医療制度の負担に関する問題点

(1)保険料

制度導入前に厚生労働省が調査を発表した「低所得者ほど負担が軽減され、高所得者は負担増」は、実際は逆だった。デタラメな調査は、市町村の保険料率を当てはめて実施したため、実際とは異なった結果が出たのだ。

まず国民健康保険料を決める際、「均等割」と「所得割」の他に土地や家屋を保有する世帯から「資産割」も加えている。この制度は6割の市町村が採用しており、一世帯あたり年間1万8千973円とされている。厚労省の当初の調査は、すべての後期高齢者がこの「資産割」を負担している前提で計算していた。ところが後期高齢者医療制度の保険料には「均等割」と「所得割」しかなく、実際に保険料が1万円増えたとしても、見かけ上は差し引きすると軽減された計算になってしまう。

また調査対象についても、実際の世帯からデータを集めることなく12種類のモデル世帯から推計したため実態とは程遠い調査結果となった。


(2)制度基準とされる国保の現状

現行の国民健康保険制度では、一定期間保険料の納付が滞ると1ヶ月期限の「短期保険証」や、医療費を一端窓口で全額支払い、後日公費負担分が償還される「資格証明書」の発行措置を受ける世帯が、それぞれ116万世帯と34万世帯あり、通常の国保制度から除外されている。厚労省は「悪質な滞納者を防ぎ、国保制度の公平性を保つため」との理由を言うが、憲法25条が保障する「生存権」から考えると厚労省の「公平性」に疑問が残る。

厚労省のデータによると国保料の滞納世帯数は2007年に474万6千あり、5年前より63万世帯が増えている。滞納は国保加入世帯の19%に上り、5世帯に1世帯が滞納していることになる。国保赤字の補填のため政府は一般会計から総額1兆1320億円を繰り入れ、この15年間で3倍に増加していることから、全国市長会では「国保制度はすでに破綻状態」と明言している。


(3)国保が赤字になった最大の理由

国保制度の破綻した要因の一つが「働く人の国民健康保険」から「お年寄りと無職の人の保険」に変わってしまったためである。1975年当時の国保加入者は自営業や農林水産業、公的保険のないサラリーマンが87%を占めていた。ところが、これらの加入者が30年後の2005年には43%まで減少し、代わって失業者やフリーターなど保険料の納付が見込めない人が54%に増加している。このため厚労省は、発生した赤字を保険料の値上げでしのごうとした結果、年収300万円の4人世帯で年間保険料が20万3千円〜31万6千円と、中小企業などが加入している政府管掌健康保険の平均12万5千円に比べ相当な高額になってしまった。これに加え政府は1984年、国保への国庫負担金を保険給付の50%というロジックを用して国保総医療費の45%負担を38.5%引き下げ、さらに現在は34%まで下げられていることも国保破綻に追い討ちをかけている。

厚労省は「後期高齢者医療制度の導入によって国保より保険料が安くなる」と盛んに宣伝しているが、そもそも国保の保険料自体が異常なほど高額になったためにそうなるだけの話で、すでに破綻している国保制度と比較すること自体、政府の社会保障制度に対する認識に根本的な誤りがあろう。


(4)制度導入による現役世代の負担増

今回の制度導入によって、これまで大手企業などの組合健保や中小企業が加入する政管健保など現役世代が負担していた「老人保健拠出金」は、「後期高齢者支援金」と「前期高齢者納付金」に代わり、2007年度に比べると組合健保全体で4千300億円、政管健保で1千500億円、共済組合保険でも1千100億円の負担増となり、その分が現役世代に覆い被さってくる。政府は制度変更で国保の負担を減らすと説明しているが、自治体の中には国保が赤字の現状から、後期高齢者医療制度導入を理由として保険料の値上げを検討しているところもあり、実際に大手運送会社の「西濃運輸」は8月、これを理由に組合健保の解散に追い込まれ、同様のケースで追従する企業の続出が心配されるところだ。


(5)個人加入で減免措置だけ世帯基準の矛盾

すでに見たように、後期高齢者医療制度の保険料は、加入者全体が等しく負担する「均等割」と、加入者個人の所得に応じた「所得割」の合計で計算することになっている。「均等割」の方は、都道府県の広域連合が加入者数に基づいて決め、世帯所得に応じ7割、5割、2割の減免措置がある。国保の場合も世帯収入を基準に「均等割減免」があり、厚労省も制度導入の際「国保制度と同様にした」としている。

ところが5月27日の朝日新聞の記事によると、年金のみで生活をする夫婦(収入夫276万円、妻92万円)の世帯が、新たな制度では夫婦であっても個人の収入で別々に保険料を納付するため、夫婦別々に「均等割」の減免措置を受けたと仮定し保険料を試算すると、国保のように世帯全体で減免を受けるより3万円以上安くなるとある。

つまり、後期高齢者医療制度の保険料は「納めるときだけ個人個人が負担し、減免するときには世帯で」と、まあなんとセコイこと。少しでも徴収する保険料を減らすまいとする厚労省のお役人の苦労した跡が忍ばれる。

ついで同記事には「医療費の自己負担上限も世帯収入で決まり、月1万5千円〜8万901円という大きな幅があり、介護保険と合わせると年19万〜67万円まで変動する」とあるから、ますます老後の心配が増える。


今回の学習会のまとめに一言

新制度発足後2ヶ月ほど経過した時点で、診療側に対する制度として「6千円定額制」を届けた診療所は、全内科診療所数の14%に過ぎないらしい。今回の制度では医師の側でも、高齢者の疾病に対処できないということなろう。いずれにしても後期高齢者医療制度の導入は、準備不足や周知不足などが指摘され、75才以上を別枠にしたことや保険料負担が生じることなどについても、制度見直しが強行採決したはずの与党からも求められている。今後は見直しにあたって、必ず「財源をどうするか」という議論が持ち出されることは必至だ。やはり医療制度問題の根幹は、自民党が出した1969年の「国民医療対策大綱」以来の議論に戻ることになり、その題目は「社会保障のための消費税」である。

ところがこの間、国内では新自由主義の下、多国籍化した大企業はどんどん海外へ生産拠点を移し、同時に働くものの雇用や事業収益も国内から海外に移動している。企業内労働運動や「会社あっての労働者」の労務管理は、すでに過去ものへと変貌しつつある。医療制度問題の解決のためには、法人税のあり方と合わせ社会制度全般に視野を広げ見てゆかなければなるまい。