【新社会大阪82号2009年1月号掲載分より】


解散・総選挙と護憲運動の行方

「憲法を生かす会・大阪」 むらかみたかゆき



米国に委ねてきた日本外交と政権交代

福田政権から麻生政権の誕生によって、誰しも11月末には総選挙が実施されるものと思っていた。ところが世界経済の混乱を言い訳に麻生太郎総理は解散できずに先延ばしている。しかし本当の理由は、誰が考えても各種世論によって明らかとなった政権与党の支持率低下以外にない。

12月半ばの世論調査では「選挙の顔」とされた麻生総理が、「総理大臣に相応しいか」の設問で小沢・民主党代表に負ける結果が出た。この辺りから「漢字の読めない総理大臣」など自民党内ですら評判はガタガタの状態となり、求心力の低下が「麻生離れ」を加速させている。こうした混乱は与党内でも政権批判が公然と語られるほどになり、民主党を中軸とする野党連合との「政権交代」が現実味を帯びはじめている。

こうした現状変化から政権交代について少し考えてみると、戦後の日本の政治において事実上、自民党一党支配が続き政権が交代することはなかった。その背景にあるのは、西側諸国にとって戦後の経済基盤は米国経済を牽引役として一定程度の安定が築かれてきたことが挙げられよう。しかし同じ西側でも日本と他の国々との違いは、貿易を含める外交基盤のほとんどを米国に委ね、若干の摩擦があったとしてもこれを基軸として今日の経済発展を遂げてきたことではなかったか。ところが米国発の「100年に1度」とされる大不況が始まったばかりの今、日本の政権が交代することによって過去60年余り続いてきた日米関係の見直しが、米国の「チェンジ」に呼応するほど主体的に起こり得るのだろうか。

東西冷戦期には声高に叫ばれていた「東側の脅威」も不要となって20年が過ぎ、もはや日本の財界にとって米国との軍事同盟の必要性は、海外進出した自社の権益保持しかないはずである。


米国一辺倒でなかった自衛隊最高幹部

そんな矢先、航空自衛隊最高幹部が太平洋戦争の開戦は「ルーズベルトの仕掛けた罠にはまってしまったから」などとする論文を発表し、これが国会でも取り上げられて問題となった。この論文に対し、歴史的根拠の乏しさや陰謀史観説など専門家から散々に批判されているが、筆者が注目したのは日本にとって最重要課題であるはずの日米軍事同盟の、その中心的役割を担う自衛隊最高幹部が、実は米国一辺倒でないことを国会の場で堂々とアピールしたことだった。むしろ本人は国会に呼ばれることを待っていたとさえ思う。その意味でこの人物は所期の目的を達成したのだろう。

――― 鬼畜米英と教えられた米軍兵は、日本の少年少女にチョコレートを与えた。米国のお陰で戦後の廃墟から立ち直れ、豊かな暮らしができるようになった。米国との信頼関係は何より大切だ ―――

そう思う日本人は決して少なくなく、定年退職した当該の自衛官もそんな世代に近い。それでも彼は自衛隊内部に精通し、制服組として軍事の専門分野でこれまで米軍と付き合っている。米軍が非公開にしている軍事技術はレーダーに捕捉されにくい航空機の「ステルス機能」など、例え同盟国の日本に対してもいくらでもある。そんな米軍側の自国優先の姿勢に対し、日本の自衛官として独自に防衛力保持が必要だと考えても何ら不思議ではない。そして、持てば使いたくなるのがおカネと武器。そんなこともあって新社会党はやっぱり「非武装路線」なんですが・・・。


ベトナム戦争とイラクからの米軍撤退

09年1月20日、バラク・オバマ氏が米国大統領に就任する。自ら「雑種」と表現するオバマ氏と日本で誰が総理大臣になっても、ブッシュ・コイズミ時代のような「迷コンビ」の誕生は望めないようだ。これを裏付けるのはオバマ氏が、大統領選挙での指名獲得のための民主党内運動や、本番のマケイン共和党候補との選挙戦を通じて彼が訴えた「チェンジ」が自国内に対してであり、そして危機克服のための「Yes, We can」である。米国の大統領を目指す候補がこれを第一義に訴えるのは当然であり、ブッシュ時代の多国間協議より単独主義を優先させた政策も、当時としての「選択肢」でしかなかったはずである。

思い返せば71年に金とドルの交換停止を宣言した翌年、ニクソン大統領は日本を飛び越して訪中し外交関係を樹立した。「チェンジ」することを模索していたのか、ベトナム戦争の戦費調達で米国の財政は疲弊していた。当時と現在の米国を取り巻く事情は似てなくもない。ただ違うのは、ベトナム戦争からの早期撤退を公約として大統領に就任したニクソンは共和党だったこと。民主党のオバマ氏がイラクからの米軍撤退を公約したのはリベラルだからでは決してなく、ベトナム戦争と同様にあくまで撤退する方が米国の国益に合致する「選択肢」だからである。


政権交代で保守からリベラルに変わる?

米国発の金融危機を発端とする、ブッシュ政権の失敗が新自由主義路線のためだったかどうか。これを教訓に米国の次期大統領が、「小さな政府」から社会民主主義的な「大きな政府」へ転換を図るのか。経済不況の面を見れば、米国よりも社会民主主義的要素が高いとされる欧州の方がむしろ危機的状況であり、とりわけ「第三の道」の英国の行方が心配されている。

さて翻って日本は現在のところ、今回の危機では先進国の中で一番被害が少ないとされている。それでも非正規雇用の雇い止めが一流企業でも横行し、社会不安を増大させている。やり玉に挙げられているのが新自由主義路線の「小泉構造改革」である。この小泉改革は、谷垣禎一元財務相や北大の山口二郎氏らによると、小沢氏の自著「日本改造計画」に記された内容を教科書として踏襲したものらしい。ただし、小沢氏ご本人が民主党の代表に就任して以降、社会民主主義的路線に転向したかどうか筆者は知る由もない。

問題の核心は政権交代によって社会構造までが大きく転換するか否かである。過去を振り返れば同じ資本主義社会にあっても、新自由主義と社会民主主義との質的違いは確かに大きい。だからと言って新自由主義的路線の失敗が、社会民主主義的要素の強い財政支出に頼るケインズ政策に戻ることになるのか。金・ドルの兌換停止から通貨が変動相場制に移行し、マネーは国境を越えて自由に移動するようになった。だからこそ今回の金融危機が発生した。こうした今日の通貨制度下において、マネー(資本)の移動を規制せずに一国が財政支出を増やしても税金の無駄使いになるだけではないか。


不況下での軍備増大が最も危険な選択

不況下にあって経済面での「協調介入」を合言葉に、国益と称して例え国連中心であっても軍事面での「協調介入」は危険な道である。赤字に苦しむ米国の米軍再編の思惑が見え隠れしている。だからと言って、先の自衛官のように自国の防衛力増強を唱えることは危険極まりない。世界不況下にあって選ぶべき道は、各国において資本の国境を越える移動に規制を加え、さらに軍事費の削減によって財政に余裕を持たせ、国民所得の平準化を目指すことではなかろうか。先進国にあって日本は、その指標となる非戦を誓った憲法9条と文化的生存権を保障する25条を併せ持つ、唯一の国である。