【新社会大阪77号2008年3月掲載分より】


護憲平和勢力の梅田候補で闘った大阪府知事選


茨木市議会議員 山下けいき


1月27日に投・開票された大阪府知事選挙は、自民・公明が応援した橋下徹候補が183万票で当選、共産が推薦、新社会党が支援した梅田候補が52万票、民主推薦の熊谷候補が100万票で落選する結果となりました。茨木市ジャスコ前での街頭演説 2008年1月20日
今回知事選は当初現職の太田房枝知事が前回と同じ構図の中で立候補すると思われていましたが、知事が昨年末に中小企業経営者らとの会合で1回当たり50万〜100万円の高額の講演謝礼を受け取っていたことや、母親宅を政治団体事務所として事務所費を支出していたことが発覚、さらには自民と民主が候補者を出し合った大阪市長選で民主党が推薦した平松邦夫氏の当選祝いに駆けつけたことなどから、自公から見切りをつけられ断念に追いやられました。




大阪府知事選最悪の橋下候補

その後の候補者選考で自・公がテレビタレントの橋下弁護士を、民主は熊谷元大阪大教授を推薦、社民、国民も支援する構図になりました。

候補者が確定した段階で橋下候補が最悪であることは明らかでした。橋下氏は従来から「年寄りにお金は使わない」、「日本の徴兵制、核武装は必要だ」と発言、「売春ツアーは国際援助」と言ってはばからない平和、福祉、人権とは正反対に位置する人物だったからです。

また違法なサラ金の顧問弁護士、タレントとして年収3億円を稼ぎ、さらには光市母子殺害事件の弁護団に対してテレビで懲戒請求を行うよう視聴者に呼びかけながら、自らは「時間と労力を費やすのを避けるため」と言い訳して懲戒請求をしませんでした。

しかも知事選の出馬は2万%ないと公言した後での立候補です。いくら4つのトライ、17の重点政策といっても全く信用できないものでした。同じうそつき仲間の自民党や公明党でも推薦にためらいがあり、これが変化したのは世論調査で橋下有利が報じられてからです。

地方自治破壊の民主推薦 熊谷候補

一方、民主が担いだ元大阪大教授の熊谷候補は経歴も含め、これまた自民が担いでもおかしくない候補者。公約の中で関経連・日本経団連が推進する道州制を公約の中心においていました。関西州になれば大阪府の赤字が隠れて好都合だからだと言われましたが、道州制は平成の大合併とセットです。

緊急課題になっている限界集落や、都市と農村の格差をさらに深刻化させているのが市町村合併です。合併しても何もよくならない。中心の商店街はシャッター通り、流行っているのは車がなければ利用できない24時間営業の郊外型大型スーパーだけ。肝心の働く場所がないから都会に行かざるを得ない。町村役場は支所に格下げ、職員も減らされ住民へのサービスは低下。議員は定数が減らされ、市域全体ではなく地元地域だけしか見ないし、また見切れない。市全体を見ての活動など望むべくもありません。住民自治も団体自治も形骸化し、憲法が第八章で民主主義の学校として期待する地方自治を崩壊させるものです。

どっちが勝っても自公民体制の大阪府政・大阪府議会

自民・公明、民主が知事選で対立しても選挙後には長年親しんだ自公民与党になるのは火を見るよりも明らかです。国政レベルでも自民と民主の大連立の動きは継続しています。

自然破壊の開発優先、財政破綻、福祉切り捨ては知事だけではなく、与党として推進してきた大阪府議会の自公民の責任です。そのことには一言もふれず、財政再建を言うのはあまりにも府民をバカにしたものといわなければなりません。


平和憲法を身体で実践の梅田候補

候補者の中で平和憲法の立場で活動してきたのは梅田候補だけでした。梅田さんは大阪憲法会議の副幹事長として活動し、今回の知事選パンフ・「元気な大阪を作る5つの提案」でも平和都市・大阪を作ると公約していました。自公民中心の政治が国でも、大阪でも続いたために介護、医療、年金が切り捨てられ、教育もゆがめられています。新社会党はそんな政治を変えて弱者に温かい光を注ぎたいという梅田さんの支援を決定し、街頭や個人演説会で応援しました。

勝ち負け優先の考えでは失うものは大きすぎる

とんでもない橋下候補を落とすために熊谷候補を支援しようの声が市民派議員からも出てきました。また護憲政治勢力を担うはずの社民党は国民新党とともに簡単に熊谷候補の応援に回りました。

しかしよりましな候補とはいえ、政党が旗をふるほどの違いはどこにあったでしょうか。それよりは日頃の政策、党活動にもっとも近い候補者を応援するのが政党の基本姿勢であり筋というものです。

勝つか負けるかの物差しが優先されれば、それは際限なく自民、民主の保守体制に組み込まれ、平和・民主・人権・環境の政治を遠ざけることになります。より大きいもの、よりましで選ぶ考えからは小政党が日頃の活動で信頼を得、選挙でも支持してもらう愚直さを軽んじるだけでなく、小さなもの、少数者は無視されても仕方ないという強者の論理そのものではないでしょうか。

過日の京都市長選で新社会党は共産党推薦の中村候補を支援し、社民党は自公民とともに門川候補を応援しました。門川候補は「憲法と教育基本法の改正は当然」と主張し、また創価学会とも昵懇といわれている人物です。中村候補がわずか951票差まで肉薄したのは門川候補の過去の言動と人格が問われたからです。出口調査で社民党支持者の大半が、また支持政党なし層でも一番票を集めたのが中村候補でした。せめて社民党が中立であれば、超反動市長は誕生しなかったと考えられ、極めて残念というしかありません。

社民党が護憲や市民ではなく、選挙や民主を向いているとすれば、護憲を理念とした政治勢力の大結集は望むべくもありません。ぜひ社民党には護憲勢力の枠内にとどまってほしいと願うものです。




教師が差別されたら子どもが差別される大阪

教育労働者  藤原一行


15の春を泣かせまい?

職員室に、「5教科で100点取られへんから、高校行くのやめて就職する」という男子生徒が来た。中3の3学期末テストが終わってからである。中卒での就職の厳しさと、これからの長い人生を働き続けるためにこそ、もう3年勉強を続けることが必要なんじゃないかと説得して帰した。しかし、意欲的に授業に参加していた2学期、ところがノ−トも取らない3学期、彼の気持ちにどんな変化が起こったのだろうか?特にやりたい仕事があるわけでもない。担任の説得にも応じず、親は「勉強やる気がないんなら高校行かせへん」と子どもを責めるばかりである。彼にどんな15の春が来るのだろうか。また、受験地獄は少しは改善されたのだろうか?

全国学力テストで何が分かったのか

大阪は全国で45位と県別順位や全国平均との格差をあらわにされ、自治体間の競争心と疑心暗鬼を生んでいる。市レベルでは格差への過剰な反応を避けるため、10月末のテスト結果の返却に際しては「学習状況の把握の参考に」との簡単なコメントをつけて子どもに持たせた。しかし「今頃こんなもんもらっても」と保護者の反応はほとんどない。

文部科学省報告では「朝食を毎日食べる子」「読書をする子」「家族と学校での出来事を話す子」などの学力が高いという。何を今さらアホなこと言うとんねん。家庭環境が学力に一番大きな影響を与えるなんてことは当たり前やないか。共働きで長時間残業、親からして本を読む気力も子どもとゆっくり話す余裕もない。病弱で母子手当だけが唯一の収入の家では、朝食を毎朝食べれるわけではない。大阪の就学援助率は28.4%で全国1位。ならば学力最下位でも当然ではないか。勉強の前にまず生活保障だ。そのための教育・福祉関係予算をどれだけ増やしたと言うんや。それに問題なのは、学力の高い子も多いが、低い子はもっと多いという全国にない特徴があるということだ。それに対して行政がしたことは、生活保護予算を減らし、教育ロ−ンでしかない偽物の奨学金制度(先進国では奨学金は返さなくてもいいのに)でごまかしているだけだ。

そしてまた「考える力が弱い」と言うが、「生きる力をつける」として現場の声を聞かずに強行してきた「総合的な学習の時間」の成果が出ているにもかかわらず、09年度から文部科学省は単純に授業時数を増やすという知識偏重教育に逆戻りである。「教育及び教育施策の成果と課題を検証」(学力テストの目的)したはずの文部科学省は「教員が子どもの学力を上げていくためいかに努力するかが大事」(初等中等局長)と、金は出さず全ての責任を現場教師におっかぶせて何の援助もしない。こういう輩をこそ税金泥棒という。

したたかな大阪人

学力テストの解答で大阪は無答(無記入)率が高い。文部科学省は学習意欲に課題があるというが、それは間違い。この学力テストを受ける時、中学3年の子どもは「成績に関係あんの?」と必ず聞く。「関係はないが力試しだから頑張れ」と答える。すると子どもは適当にやってお仕舞いにする。このしんどい世の中で無駄なことに労力を使っていられない。私たちもそう思っている。まさに省エネである。大阪人らしいたくましさを感じる。

犬山市のように決断はできなかった(編集部:注釈)ものの、独自の学力調査をやってきた市もある。全国調査など全く必要はない。必要なのは、学校に競争を持ち込んで学力格差を拡大したイギリスが改革をやり直したように、教育予算を倍増し、20名定員の少人数学級を実現することである。

校内でも学力のしんどい子どもを大切にする取り組みは続いている。少人数加配教員を、差別的な習熟度別(能力別)分割授業などに使わず、実質的に低学力層の抽出授業として活用する方法もある。もちろん、すでに中止したフィンランドの習熟度別分割授業の反省(高学力層にはほとんど効果がなく、低学力層には全く効果が見られなかった)も踏まえ限界はある。やはり、子どもは子どもの中でこそ成長する。班討議や班学習など、集団づくりの中での相互理解が自尊感情を高め、それが学習意欲に結びつく。利己的に自己に学力だけをつけようとする塾と違い、公教育として共に生き、共に伸びる将来の労働者を育てたいと思う。

やはり教師集団づくりも必要

子どもに学力を付けるためにも教師集団づくりは必要である。一人一人の子どもを教師全員で育てる。教科指導や学年指導の鉄則である。ところがそれを破壊する教職員評価システムが作動している。年度末に、管理職から自己評価の提出を求められる。大阪で1000人ほどいる自己評価のための「自己申告書」未提出者に、今年度から勤勉手当が11%カットされ、さらに昇級すべき1月賃金から1号給カットされた。5段階差別賃金の実施である。定期昇給がS;5号給、A;5号給、B;4号給、C;3号給、D;0号給とされ、未提出者はC評価で、2年目からはD評価となり昇級しない。大阪地裁では日教組組合員による「新勤評反対訴訟」が闘われており、製造業などの目標管理システムを学校教育現場に適用する不当性と、勤勉手当の減額に対する損害賠償請求を行おうとしている。そこでは校長や市教委の4割以上の人が評価・育成システムについてのアンケ−トの中で、「マイナスの影響がある」と答えている。「評価が難しく、不公平感が拡大」「給与の差が教職員の意欲減退につながる」「職員間の人間関係がぎくしゃくしてきた」など、組合が実施したアンケ−トと同じ問題点を列挙している。

さらに問題なのは、年度評価の個人面談の場では管理職(校長・教頭)に何を言われても1人対2人では反論しにくい。学年や分会単位での集団面談にさせないと組合員ですらバラバラにされてしまう。仕事の分担にしても「みんなから頼まれたらしんどい仕事も引き受けるが、校長に言われてとか、出世のためにとかではやりたくないし、またそんな奴には誰も協力しない」という分会員の声もある。これに加えて、校長が今年退職する仲間に年度評価の個人面談上で「退職で給料にも関係ないので(評価の)Cを担ってくれへんか」と言われた人もいた。絶対評価のはずの個人評価がいつから相対評価に変わったのか。つまり標準のBに対して誰かにAを付ければ、賃金アップ分した分を他の誰かをCにして賃金を下げ、総額人件費を増やさないというわけだ。そんな管理職の恣意的な個人評価に対して、この評価育成システムへの怒りが現場で高まっている。

教師がテストの点数やその結果として賃金で差別されバラバラにされてしまい、教師が集団として協力し合って一人一人の子どもの指導に当たらなくなれば、必然的にできる子どもだけを大切にする差別教育に向かう。そんな学校に絶対してはならない。

政治改革への願い

今の政治状況に不満を持ち、信頼できる政治勢力を期待する声もある。大阪は自民・公明の橋下知事となり、「今でも4%カットされてるのに、また給料10%減らされるんとちゃうか?」との不安も職場で出ているが、現場の労働者の生活を無視してそんなことさせたらアカンと思う。橋下知事が、公立高校の学区を9学区から4学区に減らしたばかりなのに、またそれを全府下1学区でやれと府教育長に強要し、2人がケンカしているという話も聞く。しかも「子どもの笑顔が見たい」と言っていた知事が、府下で1割台の中学校の給食(全国では8〜9割の実施率なのに)を止めるという話も出て、「なに言うとんねん、腹立つなあ」との声があがる。現場の教育労働者や子どもの願いや怒りをもっとぶつけないといけない。府の財政赤字も子どもの荒れも、何でもかんでも我々大阪府民の責任にされてたまるものか。前知事も含め政治家としての責任を誰が取ったというのだ。

折しも府の教職員が交通死亡事故を起こした。車を運転する者としての責任は当然問われるべきだ。しかしその事故は金曜日の夜11時15分、仕事帰りに発生した。その職員がそんな夜遅い時間まで働かされている問題は、新聞記事には載らない。やはり政治家と政治を変えなければ大阪の教育は良くならないと思う。


(編集部の注釈)
「犬山市、08年度も全国学力調査参加せず」(2008年3月16日朝日新聞より)
07年度の全国学力調査に全国の自治体で唯一、参加しなかった愛知県犬山市が、4月に実施される08年度調査にも参加しないことが確実となった。市教育委員会が2月に委員5人で投票し、3対2で不参加を決めたことに対し、参加を主張してきた田中志典(ゆきのり)市長は「教育委員を増員したうえで調査参加を承認し、4月の調査に間に合わせることもできる」などと発言。委員の増員により市教委の決定が覆される可能性があった。ところが、関係者によると、田中市長が15日、委員を増員しない方針を固めたため、08年度も不参加が確実になった。関係者によると、今回の市長の方針転換には、市教委の決定を覆すと対立が強まり、現場の教員や児童・生徒に混乱を与えることにもなる、などの判断が働いたものとみられている。犬山市は「全国一律の学力テストは教育に競争原理を持ち込み、地域で独自に実施している公教育を壊すものだ」などとして、07年4月の全国学力調査に参加しなかった。




雑誌「世界」臨時増刊 「沖縄戦と集団自決ー何が起きたか、何を伝えるか」を読んで


元自治体職員 つじなかあきお


昨年9月29日、沖縄県宜野湾市の宜野湾海浜公園は、「教科書検定意見撤回を求める県民大会」に集まった11万人の人々で埋め尽くされた。東京や大阪でも1万人も参加する集会は今では皆無に等しい中、沖縄県民をこの集会に駆り立てた思いは何なんだろうという素朴な疑問が胸をよぎる。
 岩波書店「世界」臨時増刊774号

そんな時、岩波書店から「世界」の臨時増刊として[沖縄戦と『集団自決』―何が起きたか、何を伝えるか]が発刊された。まず本書の構成を紹介しよう。T「沖縄戦とは何だったか」、U「<証言>沖縄戦と『集団自決』、V「拡がる怒り―教科書検定から9.19県民大会まで」、W「アジアは沖縄の怒りをどう見たか」、X「いまなぜ沖縄に新基地なのか」、Y「沖縄『集団自決』裁判とは何か」、Z「沖縄戦と『集団自決』―私たちはこう考える」。この構成に示されるように、本書は沖縄戦の実相を明らかにしながら、今回の高校教科書の検定の問題点を解明し、大江・岩波裁判の持つ意味、米軍再編の狙いを明らかにしている。

琉球大学の比屋根照夫名誉教授は、「今回の集会は弱者が正当な歴史認識を問うた世界史的な事件であり、沖縄戦の記憶を抹殺する日本政府の精神的な暴力への抗議集会であったと言わなければならない」と指摘し、「戦後62年の沖縄の戦後史はどこを切っても血が噴き出るような事実の集積であり、沖縄戦の膨大な犠牲者の記憶とともに、戦後沖縄もまた累々たる死者の墓碑銘の上に成り立っている」と述べ、「検定意見の撤回を拒む日本政府の姿勢は、まぎれもなく沖縄戦の記憶の抹殺につながるものであり、戦後の悲惨な体験を否定するもの」と糾弾する。

政府の動きを見て、「集団自決」から生き残った人々はようやく重い口を開いて、次々にその実態を証言し始めた。一方で、ジャーナリストの國森康弘氏は、沖縄にいた元日本兵の証言を丁寧に拾っている。それは「『捕虜になるな』『お国のために死ね』という軍国主義、皇民化教育という下地に、軍が配った手榴弾をあわせると、そこに何らかの言葉を添えようと添えまいと、結局『死ね』という『命令』になる」という宮平元兵士の証言に収斂されるだろう。

「教科書検定意見撤回を求める意見書」は沖縄のすべての市町村議会で採択された。県議会もこれに圧されて採択したが、自民党員の仲里利信議長は決議の後「日本兵が来て『この子が泣いていると、敵に発見されてみんな殺される。これを食べさせろ』と毒の入った白いおむすびを持ってきた」と自らの戦争体験を語り、「歴史を風化させたら、また戦争への道を歩んでしまう」と言ったという。


大江・岩波裁判は大阪地裁で審理が進められてきた。昨年12月に結審、この3月にも判決が出るといわれている。作家の目取間俊氏が公判傍聴記を寄せているが、原告の一人である梅澤裕元座間味島守備隊長が「『沖縄ノート』を読んだのはいつか」との反対尋問に「去年読んだ」と答えたという。目取間氏は「一瞬耳を疑った。訴えた本人が二〇〇五年八月の提訴の段階で『沖縄ノート』を読んでいなかったというのだ」と書いている。この一事だけでも、この裁判のもつ政治性が覗える。もう一人の原告・赤松秀一氏は「『沖縄ノート』は読んだものの難しくて理解できなかった、と述べたと目取間氏はいう。原告側準備書面には「あの当時としてはきわめて自然だった愛国心のために、自ら命を絶った、という面もある・・・そうして国に殉じるという美しい心で死んだ人たちのことを、何故戦後になって、あれは命令で強制されたものだというような言い方をして、その死の清らかさをおとしめてしまうのか」とある。原告の後ろにいる輩の狙いは明らかだ。

上に紹介している、発行されたばかりの岩波新書『証言 沖縄「集団自決」−慶良間諸島で何が起きたか』もあわせてぜひ読んでほしい。




自衛艦「あたご」の事故から見えるもの


憲法を生かす会・大阪 むらかみたかゆき


東京湾で30人の犠牲者を出した海上自衛隊の潜水艦「なだしお」と釣り船の「第1富丸」の海上事故から20年。この事故で94年に東京高裁の判決は「潜水艦が速度を落としていれば衝突は避けられた」と、海上自衛隊側に事故の主因があると明確に示した。2月19日未明、同じ東京湾での今回の事故は20年前とほぼ同じ構図で再発している。イージス艦「あたご」(全長165m)側は混雑の予想される海域にも関わらず「自動操舵」のまま放置しており、漁船の清徳丸(全長12m)との衝突回避のためにほとんど何もしていない状態だった。海上自衛隊側に全面的な過失があることは疑いようがない。

衝突事故を起こしたイージス艦「あたご」 <左写真は海上自衛隊HPより転載>

事故は不可抗力だった?

毎度のことだが、警察や自衛隊に限らず企業や他の役所でも、上下の「権力構造」が強い組織では上部は「失敗しない」ことになっている。JR尼崎の電車が転覆した事故でも会社側は、「運転士の責任」に決め付けようとしている。自分の権力を維持したいがために彼らの思考は常に同一の軌道を画く。今回の事故でも発生後の19日、記者会見で吉川栄治海上幕僚長は「2分前に漁船を発見し衝突の1分前に回避しようとしたができなかった」「小さな船の場合、レーダーで捉えることができないこともあり得る」などと、事故は不可抗力だったとも取れる、全く常識では考えられないような発言を行った。

専門家のはずの制服組最高幹部のこの発言に自民党の議員もさすがに驚いた。翌日の日経新聞は渡辺喜美金融担当相が、「漁船がレーダーには映らない場合もあるそうだが、万一、自爆テロの船だったらどうするのか」と非難したことを伝え、さらに「イージス艦はミサイル防衛の中核。小型船を探知できないというハイテクの盲点は、安全保障上の重大問題」と報道した。

ところが26日の朝日新聞は「海上幕僚監部は20日、12分前には漁船を確認していた。訂正でなく新たな情報が加わったための発表と、海幕側は訂正でないことを強調した」と報道している。重要な点は2分前か12分前かの時間差だけではない。こうした失態の隠蔽が繰り返されても時間が経てば忘れてしまう、日本の中の権力への依存がそれを許しているように思えてならない。

折角の補給支援特措法

<インド亜大陸の東側のアラビア海もインド洋>

折りしもインド洋での自衛艦による給油が再開した矢先である。補給艦に随行しているイージス艦は海上からのテロを防止するためではなかったのか。イージスシステムは空に向かって作動するらしい。インド洋沖で活動している艦隊に向かってどこから誰が「ミサイル」を発射するのだろうか。アフガンのテロ組織は内陸からインド洋の沿岸まで来て活動するのか。それとも「9・11テロ」のときのように民間航空機がやって来るのか。タリバーンやアルカイダが戦闘機まで保有している情報でもあるのか。いずれも考えられない。本当の目的は米軍がいま、イラク戦争で実戦配備しているイージスシステムとの、将来に向けた共同作戦のための訓練ではないのか。そうだとすれば、これは憲法9条が禁じる「集団的自衛権の行使」であり明確な違憲行為だ。後方支援の補給活動は言い訳に過ぎず、今回の事故で防衛省が隠したいのは実はこのことではないか。
(2008/02/29記)

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