【「憲法を守り、いかす吹田の会」主催:2008年9月28日】


自衛隊の海外派兵恒久化法と名古屋高裁判決について



「憲法を生かす会・大阪」 むらかみたかゆき


天木直人氏の「平和講演会」参加報告


名古屋高裁は08年4月17日、自衛隊イラク派兵差止訴訟の判決において、「現在イラクで行われている航空自衛隊による空輸活動は、イラク特措法2条2項、同3項に違反し、かつ憲法9条1項に違反する活動を含んでいる」と指摘し、違憲判断を示した。この判決の意味といまなお、米軍戦略下で繰り返されている日本政府の安全保障と外交政策について、元外務省レバノン大使で同訴訟の原告の1人でもあった天木直人氏を市民団体の「憲法を守り、いかす吹田の会」が招き、9月28日、吹田市内で講演会を行った。
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自衛隊イラク派兵差止訴訟について

レバノン大使だった天木氏が外務省を退職したのは、小泉首相(当時)のイラクへの自衛隊派兵に抗議する意味があった。そんな天木氏は講演の冒頭、元外務官僚の専門的立場から4月の名古屋高裁が下した違憲判決について「マスコミ報道がほとんどされていないため、国民の一般的理解が少ないものの、今後、判決がボクシングで言うボディブローのように段々と効いてくる」と語り、その理由に高裁判決は自衛隊の海外派兵そのものを違憲としておらず、原告側が敗訴し裁判自体は政府側が勝訴したために最高裁で争えないことを挙げた。当時の福田首相は判決内容の感想を聞かれ「傍論でしょう?」と答え、憲法9条に違反しているとまで書かれた判決文に対して強気の姿勢を見せた。しかしそれでも、国側にとって裁判所から違憲判断が記された判決文が「確定」したこと自体、今後の憲法9条の解釈を巡る裁判闘争で市民サイドから「活用」される可能性は十分にあり得る。それほど歴史に残る判決を下した青山茂裁判長に対し天木氏は、「信念を曲げなかったために外務省を解雇された自身と同じ境遇を感じている」と話した。公務員の身でありながら国に反抗したために周囲の仲間から疎外され、そのことが自分の家族までに及ぶことである。


民主と政権交代しても日米同盟は続く

天木氏が外務省に入ったとき上司から、日本の外交政策は国連外交、日米外交、アジア外交が3本柱と教わったという。ところが天木氏はこの3本柱が「ウソ」で、実際は日本の外交が米国主導で進められている点を元外交官として告白した。そのうえで天木氏は、米国追従の歴史を顧みたとき「田中角栄氏が総理のときは今ほど米国寄りではなかったが、小泉政権になって極端になった」と話し、日本外交の独自性が失われて米国主導の度合いが増しているとした。

一方、「民主党の主張に賛成できる部分もある」とする天木氏だが、「選挙近づいてきて段々自民党と同じような方針になってきた」と語った。その1つがアフガンへの自衛隊派兵問題だ。紛争地として危険性の高いアフガン情勢に「イラクへ自衛隊を派兵したあの小泉氏でさえ、米国から要請のあったアフガン派兵には反対したが、今の民主党なら自衛隊を派兵しかねない」と述べ、あいまいな部分の多い同党の外交方針の危うさを指摘した。


戦後日本の外交政策と安全保障問題

講演で天木氏は「本日この会場に参加された多くの方の意見とは違うだろうが、私は、日米安保条約反対を主張しない」と語り、その理由について天木氏は自身が外交官として「この条約破棄がいかに困難かを知っているからだ」と説明した。ところがその一方で「しかし私は、憲法9条の一言一句変えることには絶対に反対する」と付け加えた。

安保条約と憲法9条の関連性について、天木氏はこれまで安保条約の議論を何度も闘わしてきたなかで、「外国から攻撃されたときはどうするのか無責任だとか、武力を持たないと国を守れない」などと散々に批判されたと言う。しかし外交の専門家として天木氏は、「いまの時代の軍事力は第2次世界大戦と比べようもないほど大きくなった。そのために国土の狭い日本は逃げ場がなく、もしも戦争になれば日本全土が一気に焦土と化す。だから日本はもう戦争のできない国になっているのに、このことに気づいていない人が多い」と述べ、国土の安全保障のための論議が地政学的に置かれている日本の立場から乖離したところで行われており、現実味に欠けるとした。

その具体例として天木氏は、イージス艦のMDシステムによる迎撃ミサイル配備を挙げ、「北朝鮮がミサイルを発射したとき、これを打ち落とすために使うと主張する人もいるが、冷静になれば誰が考えても時間的に間に合うはずがないことが分かるはずだ」と話し、こうした一般的常識が国民の間で広まっていない現状を嘆いた。


憲法9条を守ってこそ国益につながる

昨年の参院選挙で天木氏は憲法9条を守ろうと、「9条ネット」の候補者として闘った。そのことの感想として「政治家でない人間が立候補しても当選できない困難さに気づいた。選挙のシステムがそうなっていないからだ」と話した。そのうえで「近い将来、例え政権交代があっても日米軍事同盟は続くだろう」と総選挙後の見通しを語り、それでも9条は擁護しなければならない。そのために天木氏は「改憲勢力に対抗するには護憲勢力が結集するしかない」と自らの信念を示し、既成政党が主導する対抗軸の構築に期待を寄せた。

筆者はこのときの参院選挙で天木候補の大阪での集会を企画担当した。その縁もあって、今回の講演会後の懇親会にも参加させてもらった。それらを通じて天木氏と接し、真っ直ぐな人柄がにじみ出ていることが分かる。恐らくそうしたご本人の性格が日本の外交官として外国からも一定の信頼を得て、その結果、外務省でレバノン大使まで「出世」したのだろうと思う。天木氏が赴任したレバノンの周辺国との関係でも、天木氏個人の努力によって日本の信頼が高まり、相当の成果があったようだ。日本の外務省幹部から「天木良くやった」と褒められたこともあったらしい。こうしたことも手伝って、天木氏には複雑極まりない中東情勢における日本外交の専門家として自負もあったと思う。それが本人の責任感や正義感と重なって、当時の小泉首相のイラク自衛隊派兵に対し、日本の「国益」を考えて反対したのだろう。その意味で世界の中の日本を考えたとき、「国益とは何か」という本質的議論に発展する。

外務省に入った頃は保守的な立場だったと話す天木氏が、中東地域における日本の果たすべき役割について思い悩んだ末、憲法9条の存在意義を見出したと語る。今回の講演で日米安保を堅持すると話した天木氏が同時に、「しかし9条の一言一句変えることに私は絶対反対だ」と付け加えたのはなぜか。今日的意味で保守と革新の違いはどこにあるのか。

世界の基軸は何かをきっかけに大きく転換する。英語ですっかり有名になった「セプテンバー・イレブン(=9・11同時多発テロ)」は、世界を大きく変えるはずだった。ところが変わりそうなのが、ユニラテラリズム(単独主義)のネオコン・ブッシュからオバマ氏の「チェインジ」の方である。恐らく米国の保守層の政治史にもブッシュ大統領の名前とともに、この「セプテンバー・イレブン」が永く残ることになるだろう。天木氏の指摘するとおり、対米追随一辺倒の日本外交もいとも簡単に「チェインジ」することができるのだろうか。筆者にとって日本の今後の針路を、違った視点から改めて考えることになった集会だった。(2008/10/01:記)