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◎火事

高校生の時です。休み時間に、校庭の近くで火事が起きそうになりました。起きそうになりました・・・つまり火事というよりは、ぼや程度の

出火でした。でも、放っておいたら大火事になるであろう、というくらいの火が回っていて、第一発見者の私がすぐに近くの消火器を使って

火を消しました。消火器を使ったのは、これが初めてでした。というより、使うことなんて滅多にありませんね・・・。

使ってみての感触ですが、やはり威力はすさまじいものがありました。あの時の消火器は、通常のそれに比べてやや大きめだったので、

しっかりホースを持っていないと、まともに使いこなせなかったと思います。ちょっと女の子がやるのは無理かな、と思いました。

あの頃は無茶をやりたがる年頃だったので、いつか消火器を使った罰ゲームを誰かとやってみようと思っていました。ですが、あのぼやの

1件で、やはり止めた方がいいと改めました。テレビのコントやドラマで使う消火器は、怪我などを考慮して、実際のよりも威力を弱めて

いるそうです。「よい子はマネをしないように」、このフレーズがテレビに出るたびに、このぼや騒ぎで誓った事を思い出してしまいます。


◎涙

涙・・・たまに流すことがあります。どういう時に涙を流すのか、やはり人によって様々ですね。悔しい時、嬉しい時、何かを見て感動した

時、など色々あります。私の場合は、どちらといえば、何かを見て感動した時ですね。悔しい時は、とにかく悔しすぎて涙すら出せません。

嬉しい時も、気分がハイになって、泣くどころか大笑いしたくなります。つまり私は、自分のことでは涙を出さないタイプです。

では何を見て泣くのか・・・。やはりテレビでしょうね。1つは高校野球の熱闘甲子園。球児たちの泣くシーンが必ずあります。

それを見ていると、自然に涙が出てきます。もう1つは、ドラマや特撮ものなどで、悪人が心を入れ替える時、「これからは頑張れよ〜」

と思いながら一緒に泣いたりします。でも、時々ですよ時々。決してそんなに涙もろい方ではありません。


◎道路にポツンと・・・

まだ物心がついてない頃、父親の運転で家族でドライブに行っていた時の話です。運転中に私が子供心にふざけていました。

それが父親にはカチンと来たそうです。怒った父親は、なんと私を車から降ろして、そのまま放って行ってしまいました。

でも同乗していた母親が何とか父親を説得し、数十分ほどで私を見つけて、無事車に戻したそうです。

実はこれは、後から母親から聞いた話で、私は憶えておりませんでした。しかし、薄っすらとですが、道路にポツンと置かれていた

記憶は残っていましたので、この話を聞いて、なるほどと思いました。

幼い時のこういった体験は心に残るものです。子供を育てる上で、叱ったり、時には罰を与えたりすることは必要な事かもしれません。

ですが、同じ育てるにしても、心に傷の残るような育て方は良くないなと思います。私みたいな目には遭ってほしくありませんから・・・。


◎買い物

こないだ買い物に行きました。靴下を買いにです。私の足のサイズは27センチ。身長が174なので、そのわりには、若干足は

大きめです。靴下を選ぶときのサイズなんですが、あれってちょっと変わってるんですね。24〜26センチとか、25〜27センチ、

と言ったサイズ表示になっています。男性用で一般のサイズ、つまり一番多く売られているのが、25〜27センチです。私は27センチ

なので、ギリギリそれで履けるんじゃないかと思っている人もいるでしょう。ところが、それだとちょっとキツイんです。あれは絶対

26センチのひと用ですね。なので、私の場合は、26〜28センチの靴下がちょうどいいのです。ところが、このサイズのものは少ないん

です。一応あることはあるんですが、大きいサイズ用ということで、自分で好きな柄のものを見つけることがなかなか出来ません。

あぁ〜、私の場合は靴下だけで済みますが、この一瞬だけは、体の大きい人の苦労が分かるような気がしました。


◎体

人間、無茶が通用するのは、20歳代までだと言ったりします。言われてみると、そうかもしれません。20代の時は、

徹夜の二日や三日は何て事なかったって人も少なくないでしょう。そして30代になると、これまでにない体の辛さがやってくるわけです。

私も今まさに30代の前半で、これからその辛さがやってくるという所ですが、どうも私はこの30代並の辛さをすでに体験している

ような気がします。腰痛であったり、息切れであったり、寝つきが悪かったり・・・。しかも、腰痛は高校生くらいの時からです。

そして、これらの症状が表れた時、必ずと言っていいほど、自分の生命線が気になります。自己紹介の所にも掲載してますが、

私の生命線は本当に短いです。それも、途中から2本に分かれていて、最後のほうで何とかくっ付いている、といった珍しい線です。

一体私は今後どのような人生を送るのだろうか・・・? 不安でいっぱいです。


◎知人の死

生命線つながりで、話を続けます。私の知人が亡くなってしまいました。いや、私の知人というより、私の両親の知人と言った方が

いいでしょう。かなり古い付き合いの人だったそうです。まあ、確かに悲しいことではありますが、人が亡くなるのは、何も悲しさだけを

伝えているのではないと思います。亡くなるまでに今までどういう人生を歩んできたのか、そしてその事が今生きている人達に伝わり、

ならば自分は今後こういう風に生きてみよう!と、気持ちを新たにさせてくれます。冒涜するわけではありませんが、その人の死を

聞いて、・・・うーん、色々あったんだなぁと思いました。私も自分がこの世からいなくなる時は、後生の人達に何か残せるようにしたいなと

思っています、って縁起でもありませんが・・・。


◎再び仕事場で・・・

私の上司の1人は、いつもではありまんが、命令形でものを言います。まあ、上司だから仕方ないかもしれませんが、あまり気持ちの

いいものではありませんね。だいたい命令形で話す時というのは、相手の事を良く思っていない、私とこの上司の場合だと、

私の事を「こんな仕事も出来ないのかよ〜」と思っている場合が多いわけです。怒られて成長していく人にとっては、これでいいかも

しれません。しかし、どちらかと言うと私は、褒められて成長していくタイプで、怒られるのは非常に嫌です。ですから、命令されると

反発心が芽生えやすいです。自衛隊じゃあるまいし命令口調はやめてくれ!と叫びたくなります。でもこの上司、決して悪い所ばかり

ではありません。いい面もたくさん持っています。ですが・・・。やはり100%の人間なんていませんね・・・。


◎スポーツ

野球と似たスポーツで、ソフトボールがあります。小学生の時にやっていました。野球と違う所と言えば、ピッチャーは下手投げ、

ランナーはピッチャーがボールを投げた瞬間じゃないと塁から離れられない、といった所でしょうか・・・。

その小学生の時ですが、練習用のユニホームは渡されたのですが、帽子だけは各自で用意することになっていました。みんな自分の

好きなプロ野球チームの帽子を選んでましたが、私は当時小学2年生だったという事もあり、プロ野球のことは全く分かりませんでした。

そして、適当に選んだ帽子が西武ライオンズの帽子。その頃の西武はかなり強かったので、私がその帽子をかぶると、「おっ、強いのを

選んだんだな」と言われましたが、私には何の事かさっぱり分かりませんでした。それからプロ野球に少し興味を持ち始めるようになり、

埼玉県民でもないのに、ライオンズファンになりました。実にファン歴24年です。

でも、テレビの野球中継って、見続けていると、色々分かって面白いですね。この打球は内外野の間に落ちるとか、この送球は

高すぎてファーストが取れないとか、そういうのが分かってきます。特に、高校野球だと尚更です。奥の深いスポーツですね。


◎悔しくて・・・

なぜこんな事を思い出したのだろうか? 小学生の時に毎年一度、学校で、将棋・オセロ大会がありました。私は将棋の方はからっきし

駄目ですが、オセロは結構得意でした。先手の黒でバンバン黒くしていって力でねじ伏せる戦法で、誰にも負けない自信がありました。

そして待ちに待ったオセロ大会。私の一回戦の相手は、下級生の女の子でした。私が黒、相手が白で、優位に黒で埋め尽くしていって、

これはもらったなと思った終盤、殆どひっくり返されて真っ白にされてしまいました・・・。

悔しい・・・。今までの人生の中で、悔しかった出来事の1つです。しかも下級生の女の子に負けるなんて・・・。思えば、彼女は

私の一手も二手も先を読んでいたような気がします。私が力ならば彼女のは技、力だけではどうしようもないという、まさに今の

人間関係を象徴するような勝負でした。

それにしても、この日は本当に憂鬱でした。大会が終わって昼食の時間になっても食欲がない、何をするにも気が乗りませんでした。

やはり人間、今一番やる気を出している事に支障があると、体調のほうも自ずと崩れていくように出来ています。それと、私はどうも

昔から自信過剰な所があるようです。自信があっても、他の人にとっては大した事じゃない、要するに自信過剰なだけで単なる

思い上がりになっています。自信と思い上がり、まさに紙一重ですね・・・。


◎新しいこと

人間、ある事が今まで長い間続いていて、それが終わり新しくなると、暫くの間は違和感を感じるものです。

例えば報道ステーション。以前はニュースステーションという番組名で、長い間、久米宏さんが司会をしていました。それが現在は

報道ステーションになって、古館さんにバトンタッチしました。やはり、交代した当初は、久米さんの方が良かったという人もいるんじゃ

ないかと思います。

他には、ドラえもんの声優交代。ドラえもん役の人を中心に、ほとんどの人が交代しました。これはもう、私を含めて80年90年代に

よく見ていた人にとっては、代わらないで欲しかったな〜と思っている人も多いんじゃないでしょうか。ただ、私の場合は、もうすっかり

見慣れてきています。やはり典型的なB型、飽きっぽく気まぐれな性格は誰にも負けていません・・・。


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