神社めぐり
2015.3.8

 今日は午前中、ちょっとした打ち合わせがあったのだが、その後、天気も良かったので妻と「どっか行く?」なんて話したら、函館山方面の色々な神社を見てみたいというので、行ってみることにした。

東浜桟橋付近からの眺め

 まず最初に向かったのは山上大神宮と言う場所。旧ロシア領事館の更に上の突き当りにある神社だ。

眺め。五稜郭タワー、箱館丸、ともえ大橋なんかが見える


山の上大神宮

 この神社のはじまりは約600年ほど前らしい。この場所ではなかったようだが、8代目の神職は坂本竜馬の親戚だったり、函館戦争で榎本軍が攻め込んだときには旧幕府軍の桑名藩主松平定敬の御座所としても使用されたらしい。

絵馬

 どうやら、学問の神様が祀ってあるのか、合格祈願の絵馬がたくさんかけられていた。

 次に向かったのは函館西高校の横にある船魂神社。
 この神社には義経伝説がある。

 義経が北海道に渡ろうとしたところ、船が逆波により転覆しそうになったが、神様が現れて助けてくれた。ようやく函館に上陸したが、喉が渇き水を探していたところ、童が現れて岩を指差した。そしたらそこには水がわき出ていたというような話だったような・・・。ちょっと忘れかけている。

船魂神社

 そういう伝説があるという事で、船の安全航行を祈願している人が多いようで、この神社の中にも船の写真がいくつかあった。

函館山山頂の写真

 船魂神社を後にして向かったのは護国神社。
 この神社は招魂社と呼ばれていて、箱館戦争の時の官軍(新政府軍)の死者を祀っている場所である。賊軍(旧幕府脱走軍、榎本武揚の軍)の戦死者を祀っている場所は立待岬方面の目立たない場所に碧血碑があるが、そことはずいぶん感じが違う。

ちょっと字が読みにくくわからなかったが、これが官軍の戦死者の墓?

 護国神社は山上大神宮や船魂神社に比べてかなり有名だ。護国神社坂の突き当りにある神社であり、護国神社坂には有名な高田屋嘉兵衛の像もあったりするし、この坂自体がかなり広い幅で交通量も多いから有名なのかもしれない。しかし実は私自身ここの神社に来るのは初めてだ。

護国神社


護国神社と函館山山頂とロープウェイ

 敷地が広いので散策しながら歩いてみた。

護国神社から眺める大森浜方面

 護国神社から護国神社坂を眺める。坂の麓の所には高田屋嘉兵衛の像があるが電線で良く見えない写真になってしまった。ちょうど、函館空港に飛行機が降りようとしていた。

護国神社から

 敷地内をプラプラ歩いていると、蟹供養というのが目に入った。なんか、神棚みたいのがあって、面白そうなので開けてみたら、これは多分カニの霊を祀っているのかなと思える神棚みたいのがあった。


蟹の彫刻?


蟹の油絵
蟹のお菓子みたいのも置いてあった

 蟹供養の説明が書かれている看板を発見し読んでみた。
 こう書かれてあった。

 「昭和四十八年六月十九日午後四時頃と思います。
 私が長万部漁業協同組合市場から仕入れた毛蟹五百キロを茹でようと釜に入れたときのことです。
 釜の中から、何か鳴くような声が聞こえたのでフタを取って見ると毛蟹が立ち上がり涙を流しているように見えたのです。
 その後、蟹を茹でるたびに、後ろ髪を引かれるような気持ちになり、蟹に供養塔を建築した次第です。」
                                                           門馬 賢司

 なるほど、蟹を茹でまくっていた門馬さん、蟹が涙を流して泣いているように見えて罪悪感を持ったんだな。でも自分の生活もあるし、後ろ髪を引かれながらその後も蟹を茹でまくったわけだ。その罪悪感からせめてもの罪ほろぼしに供養塔を作ったわけだ。そう言えば、近くに鯨供養塔もあったっけ。

 そんな事を思いながら歩くと、今度は長万部カニ音頭なる看板を発見!三番まである。

 一番だけ紹介

 北海荒波内浦湾の
 汐のいぶきに朝日が躍る
 ドッコイ道産子長万部
 大浜磯に待つ人恋し
 奥の小舟の船頭衆象
 今日も群れなすカモメが便り
 サァーニッコリ笑ってご機嫌さん
 皆んな揃ってカニ音頭
 湯の町カニ町長万部

 ふう〜ん、そんな音頭があるなんて知らなかった。と思いながら歌詞が書かれた看板を眺めていると、なんと作詞したのはカニ供養塔を作った門馬賢司さんであった。

 供養塔を作ったり音頭を作ったり、蟹を茹でまくったり、門馬さんはかなりカニに思い入れのある人なんだろうなという事がわかった。

 護国神社を後にして向かったのは函館八幡宮
 函館で一番有名な神社だと思うが、ここも自分は初めて。

 函館検定のテキストの中に函館八幡宮のことが書かれていて、132段だか134段の石段があり、毎年8月14、15日に函館八幡宮例大祭があり、2トンの神輿をみんなで担いでこの石段を駆け上がるという事が書かれていた。本当に132段か134段あるのか、自分で歩いて確かめることにした。

石段を上がってみる

 石段を歩いて行くと神社が見えてきた。も少し。ちょっと息があがった。

函館八幡宮

 結局自分の足で数えたら135段あった。どっかで一段数え間違ったかもしれないが、大体テキストに書かれていることが合っているなという事がわかった。

 大きな鳥居に書かれた「函館八幡宮」という書は、松前町の有名な書家、金子おう亭が書いたものだ。昨年の函館検定の上級試験にこの金子おう亭という書家を漢字で書けと言う問題が出て、「おう」の字がわからずに正解できなかった。キーボードで「おう」と打って変換してもうまく表示できないのだが、下の画像に正解の漢字が書かれていた。
 多分、神社に寄付した人の名前を掘っているんだと思う。


これは狛犬?


神社の所の屋根が緑色になって綺麗だった。銅が酸化した色だろうか


すごい古そうな建物もあった

 函館八幡宮を見て、今日の神社めぐりは終了。最後に重要文化財の太刀川家住宅店舗(喫茶店として使われている)でお茶して帰ろうという事になり、向かう事にした。途中、フクジュソウが咲いているのを発見した。

フクジュソウ

 春一番の花である。今年の函館は雪が少なく気温も高いようで、もしかしたら咲いているかなと思ったが、思った通り咲いていた。春が近づいているような気がしてとても嬉しかった。

 そして、太刀川家住宅店舗に到着。



中の様子

 ホットチョコレート、チーズケーキ、アイスを注文してちょっと一休み。

ホットチョコレート


チーズケーキ


アイス

 喫茶店には普通いろんな本があるが、ここには面白い本が置いてあった。
 この本はこの建物を建てた太刀川善吉が死んだあと、個人をしのんでいろんな人が寄稿したものをまとめたような本だ。高橋菊太郎や、平塚常次郎の文章もあったが、読むのに時間がかかりそうなのでほとんど読まなかった。だけど、平塚常次郎の文章には、太刀川善吉が人の好き嫌いが激しく、そういう事ではいけないと注意したという文章が書かれており、興味深かった。
 函館検定のテキストで太刀川善吉の事は書かれているので、そういう人がいたことは知っていたが、人物像に触れることが出来、本当はしっかり読んでみたかった。



 喫茶店を後にして外に出ると、昔っぽい建物がたくさんある。この辺には函館市の景観形成指定建築物がたくさんあって、こういう古い建築物が守られている。

古っぽい建物


電話 164番 いったいいつの電話番号?
(函館に電話が開通したのは1900年)

 満足したので帰ろうとしたら、フキノトウ発見。フクジュソウとフキノトウは春一番の植物だと個人的に思っているので、今日は両方みられて嬉しかった。これが見られると、そろそろタンポポも咲くかな?

フキノトウ

 日曜午後のちょっとした時間に、充実した観光をすることが出来た。