ローマへの道
2014.12.24

 今日はクリスマスイブである。かと言って我が家では特別なものは何もない。まぁ特に望んでもいないのだが。
 そんなクリスマスイブにトラピスト修道院で何かロウソクをともして綺麗にしている行事のようなものがあると妻が言うので見に行くことにした。

 仕事が終わりさっそくトラピストに向かった。駐車場に車を止めて歩くと、道路脇に明かりがともされていた。

駐車場を降りてちょっと歩いたところ

 道路脇の明かりはロウソクの光で、これがずっと続いていた。

ロウソクの明かり

 函館ではクリスマスイルミネーションがあったり、民家でもイルミネーションをしている所があるが、ロウソクの光と言うのはなんだかあたたかみがある。出店のようなものも少しあった。

出店のところ

 出店のところでは木を燃やしていて暖をとっているひとがいた。でもちょっと煙かった。

木を燃やしているところ

 出店ではロウソクが売っていた。1個50円と言うロウソクを2つ買ってみた。

ロウソク

 中にはマリア様のロウソクや、チョウチョの模様が入っているロウソクもあったが、これらは値段が高いので見るだけ。

マリア様のロウソク

 トラピストに続く道はローマへの道というらしい。

ローマへの道

 トラピストってフランスから派遣された人たちがつくったはずなのに、なんでイタリアのローマが出てくるのかなぁ〜と少し不思議だったが、トラピスト修道院の建物に続く真っすぐな道はロウソクの光が続いていた。

修道院へ続く道

 途中に礼拝堂のような建物があり、ステンドグラスがとても綺麗だった。

ステンドグラス


これもステンドグラス?

 修道院の建物の近くは坂になっていて、ちょっと歩きにくかったがとりあえず建物の門があるところまで行ってみることにした。

修道院の門ももうすぐ

 門の所まで行くとすごい数のロウソクがあり、火がともされていて綺麗だったが、ちょうと雪が降り出しロウソクがどんどん消えていく。係りの人が消えたロウソクにチャッカマンで火をつけるが消える勢いも凄くてなかなか追いついていないようだった。カメラマンがたくさんいて、三脚をセットして写真撮影をしていた。

たくさんのロウソク

 消えたロウソクに係りの人が火をつけようとするが、中央の方のロウソクに火をともそうとするとき、ズボンに燃え移りそうでちょっと怖かった。

一生懸命火をつけようとする係りの人。奥の建物のような所はトラピストの門


係りの人の努力で綺麗に光っているロウソク

 たくさんのロウソクは綺麗だったが、それ以上のものは無く、降りることにした。降りる時は滑りそうで怖かったがなんとか転ばずに降りてくることが出来た。ロウソクの光のずっと奥にイカ釣りの光も見えていたので写真を撮った。

降りるところ。画像右上の並んでいるような光がイカ釣りの漁火

 さっき通った礼拝堂のような場所で7時からミサがあるという。キリスト教の信者でなくてもミサに参加できるらしいという事を妻が事前に調査しており、面白そうだし経験もないから参加してみることにした。

礼拝堂のような所でミサの開始を待つ

 20分ほどしてミサが始まった。司祭のような人が出てきてミサが始まった。写真に撮りたかったがさすがに怒られるような気がして、ミサの間は写真撮影しなかった。

 ミサってどんなんだろう?と思っていたが、みんなで歌を歌ったり、司祭の人がキリストの誕生の話をしたり。信者の人は何か本のようなものを持っているのだが、私たちの前にいた人が自分たちに本を貸してくれたりとても親切にしてもらった。ミサはその本を司祭の人が読むような感じだったり、いろんな歌を歌ったり。

 その中で司祭の人が言った。

 クリスマスイブっていうのは家族の人たちが美味しいものやケーキを食べたりしてとても楽しい行事だけど、本来はキリストが誕生した日のお祝いなので、こうやってミサに参加してキリストの誕生を祝うというのもとても重要だと思うと。

 言われてみれば確かにそうだ。キリストの誕生祝いがクリスマスイブなのに、なぜか恋人たちがデートしたりする行事のようになっている。一体、なんでそうなってしまっているのだろう?と疑問に思った。

 クリスマスイブの本来の意味を考えている人ってあんまりいないんじゃないかな?自分もそうだけど。

 サンタさんがクリスマスプレゼントを子供たちに渡すというのが何で始まったかも知らないが、キリスト教徒でもない自分たちがキリスト様の誕生を祝う気持ちを持つこともなく、若い男女にとってはデートの大事な日だったり、子供たちはプレゼントをもらえる日だったり。意味合いが完全に変わっているし、自分もその中の一人だったりするので、良くわからないままではあるがミサに参加できて良かった。

 ミサは1時間くらいやった。正直言えばなんだかよくわからなかった部分も多いし、最後の方は早く終わらないかなと思っていた部分もあるんだけど、オルガンの伴奏でみんなが歌を歌ったり、司祭の人に祝福を受けたり、なんか厳かな感じで、静かにキリスト様の誕生を祝うという本来のクリスマスを体験できたことはとてもいい経験だった。

 ちなみにクリスマスイブという言葉の語源は、クリスマスというのがキリストの事で、イブというのはイブニングからニングを省略したもので(キリストが生まれたのが夜だったらしい)、それを合わせてクリスマスイブと言うらしい。そういう事も司祭の人が言っていて、へぇ〜と思った。

 ちょっとびっくりしたのは司祭の人たちは日本人なんだけど二人いて、二人とも丸坊主。仏教の坊さんが丸坊主なのはわかるけど、キリスト教の人も坊主なんだね。知らなかった。
 司祭の人達が着ていた服がローマ法王みたいな感じでとてもカッコ良かった。

 ミサが終わり建物を出る時にちょっとしたお菓子をもらった。妻とふたりで2つお菓子をもらって帰った。

もらったお菓子と記念撮影