特 別 編 − 食べたいもの −


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6年生の西川幸江さんが書いたものです。
お父様のお仕事の関連で、戦前は上海に居られたそうですから、
当時の日本の生活では まだ聞いたこともないものがリストアップ
されています。チューインガム・エクレア・コキール・などなど。
日本の都会の生活と比較しても,かなりハイカラと言うかモダンな
生活をして居られたようです。
エツ?そんなものなかったの?と思われるでしょうけれどチューインガムが一般に知られたのは、戦後 進駐軍と言われるアメリカ軍人によるものです。はじめは「ゴムなんだけど甘いの。でも噛むだけにして、味がなくなったら呑み込んではいけないんですって」と教わりました。グチャグチャ噛んで、日本人にはお行儀が悪いという印象を与えたものです。
食べたいものには数字が120まではふってありますが、数字のないものも併せると148 もあります。右端の資料 十六 に ちょきんしぼり というのがあります。(茶巾しぼりの誤り・・・なんだかかわいらしいですね)60年後のいま、この中の何ひとつでも 食べたいと思って手に入らないものはありません。
防空壕の中や、ふとんの中で、みんなで密かに言い合って書いたもの
ではないのでしょうか。

右の絵は、このあと再疎開で富山に行ってから書いた5年大沢季子
(すえこ)の絵日記の絵です。先生の評に タベニッキ(食べ日記)は
止めましょう と書かれています。
梅雨の晴れ間に、先生が「お陽さまに当りなさい」とおっしゃって、日光浴をしながら 思い浮かべることも楽しみのひとつだった 飢えた時代でした。

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