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   ご   挨   拶

                    ホームページ作成開始の日  2002年8月10日 
 

 いまから57年前の(昭和20年・1945)8月15日を私達は忘れることができません。

 私達は10歳 国民学校5年生(今で言う小学校)でした。

 それは15年間の長い戦争が、日本の敗戦によって終った日です。

 日本が始めた戦争は、中国から、アメリカ・ヨーロッパの全土を敵に回す無謀な戦いでした。

 いまこの日本で生きている皆さんの中には、あの戦争って本当にあったのですか?と本気で

 思っている人がいることを知って、愕然とする思いです。

 私達は、命の危機にさらされたことこそありませんでしたが、6月には沖縄もアメリカの手

 に落ち、次に本土決戦となったら、一人でも敵を倒して自決するつもりでいました。

 必ず日本は勝つ!と信じていた軍国少女だったのです。

 いま当たり前のようにある 自由も平和もなく、情報は不利なことは一切伝えない閉鎖され

 た日本の国でした。
                     いのち
 私たちは あの戦争で亡くなられた全ての方の生命 を頂いて、いま生きているのだと思うの

 です。

 8月15日、負けた悔しさに泣きながらその日を境に空襲による飛行機の爆音に怯える必要が

 なくなり、私達のように学童疎開で家族と別れて生活する子どもにとっては、家に帰れるかも

 しれないという ほのかな 希望 のあかりが感じられた日でもありました。


 
 戦争終結の1年前の昭和19年(1944)8月 戦況が日本にとって不利になってきた状況の中で、

 都会に住む子どもたちを安全な場所に移して次の時代に備える為『疎開』という手段がとられ

 ました。

 疎開には2種類の形がありました。ひとつは家族とともに親類縁者を頼っての『縁故疎開』、

 もうひとつは学校ぐるみで安全な場所へ移る『学童集団疎開』です。

 戦争がはじまったとき、私達は お茶の水女子大学附属小学校→当時は東京女子高等師範学校

 附属国民学校に通っていました。

 学童集団疎開の期間中に書いていた 絵日記その他の資料 を中心に、記録として皆さんにご覧

頂く為にこのホームページを開設しました。

とは言え私達も もう第4コーナーをまわった70歳に近い年齢です。

 ホームページも、亀さんのようにソロソロと手さぐりで作ります。一度に沢山のことはできま

 せんが、月に一度は更新して新しい資料を増やすようにしたいと思っていますので・・・

 なにしろ膨大な量の資料です。戦後60年(2005年)8月迄には仕上がるように努力致します。

 応援してください。

                                                       
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