福 光 の 5 月 ー 2

    横文字は敵国語なので用いないことになる。
   例 パンツ→下穿き ポケット→もの入れ ゲートル→脚絆
  
 (しかし なかなか使い慣れず日記の中では徹底していない)


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      5月10日(木)曇り
         6年女子

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昨日の雨もやんで、とてもよく晴れていた。
午前中4年以上は薪運びをした。今日は7回以上運ぶんだと いきごんでやった。山下寮へ行くと石田先生や喜門先生が位をつけて下さる。たくさん持って行くと、どんどん進級できるのだ。私はできるだけ持って行った。そうして少尉まで進級した。とてもうれしかった。
5時間目の図工は写生の続きをした。今日は木などを描いた。だいぶ出来て来た。
寮へかえってから、発表会の劇の練習をした。夕食はよもぎご飯だった。とてもおいしかった。
  5月11日(金)曇り のち雨            3年女子       
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今日は 桑山へ行きました。そして山へ
登ってから ふき を採りました。
宮地先生が、ひとりで100本ぐらいはとれと おっしゃっいました。
   5月12日(土)曇り時々雨
           5年男子

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今日は防空訓練の日です。おきた時から長ズボンとゲートルをしていました。
掃除洗面がすんで室にいると、急に「訓練警戒警報発令」と石田先生が大声でおっしゃったので、頭巾と水筒を持って室にいました。
解除になったので、食器を持って学校に行きました。校内に運動靴を持って机の横に置きました。
授業中に突然「訓練警報」が出たので、お宮の境内に集合して そこらの木のまわりに待避しました。
午後は本当の警報が出てしまいました。解除になったので、波多製作所に木をもらいに行ったけれど、係りの人がいなかったので帰って来ました。夜 ごらく会がありました。
   5月12日(土)雨のち曇り               6年女子                         
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今日は防空演習があった。女学校の所まで行くと、阿部先生がいらして防空服装をしていらっしゃい と言われて、又宿舎に帰って 防空頭巾、手袋、運動靴をはいて登校した。お食事のあと先生から今日の訓練について いろいろの御注意があった。
1時間目は国語で2号教室でした。2時間目の算数の時間が始まろうとした時、訓練空襲警報が発令になった。前々のお話通り、どんどん駆けって境内へ行って、大きな樹木の下へ各学年ごとに固まっていた。空襲警報警戒警報が解除になってから、いろいろに注意があった。ぱらぱらと雨が降り出した。
午後山菜の整理をしていると、馬場さんのお父様とお母様が面会にいらした。馬場さんがとてもうれしそうにして宿舎に面会にいらした。夜は音楽会で、寮に泊まっていらっしゃった。
     5月14日(月)晴れ
          6年女子 
         
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今日は朝食がすんで、昨日の洗濯物を干しに行って、つなにみんな干して来た。朝会は運動場に出てした。1時間目修身の時間、森先生に作法の練習をお習いした。
先生の前に行って、始めはご本を先生にお出ししたり、いろいろにした。
お昼はめづらしいお魚があった。こんなおいしいお魚がいただけるのは、本当にありがたい。情報で、阿が島の国民学校の全児童が、手に手に手榴弾を持ち敵陣に突入、全員戦死というのがある。本当に私共と同じ年ぐらいの方が敵陣に突入され、全員壮烈な戦死をされた
のだ。本当に心から感謝しなければいけないと思う。
国史は記念碑のところでした。6時間目のお習字は、今学期はじめてであった。「みよしのや さくらの中の 山ひとつ」というのであった。夕方斉藤与助先生が東京からお帰りになった。先生方は会議でおそくなったので、運動場で遊んだ。 
       5月16(水)曇り
         3年女子

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今日は発表会が あす なので、お昼から
おけいこをしました。
一戸さんが東田さんのねまきを着て、矢をさし弓を持って ほをり になりました。
私が安藤さんのねまきを着て、ほでりになりました。おけいこをすまして、少し遊んでお食事をして寮に帰って かるたをしました。


(注 古事記の中の神話を劇にしたもの。
海幸彦・山幸彦の物語として伝っている。
後の 浦島太郎の物語の原型とも言われ、

当時は教科書にも載っていたように思う。
      5月17日(木)雨       
         6年女子
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ものすごい風音で目がさめた。ガラス戸ががたがた音をたてている。今日は風がひどいなと思った。時々「ビュービュウ」と風の鳴る音がする。外へ出て見ると、今にも吹き飛ばされそうだ。
午後から発表会があった。私達は一番びりだ。やる時になった。胸がどこどきする。終ってやっと落ち着いた。発表会はとてもおもしろかった。
廊下で先生がお手紙を渡して下さった。お母様からだ。うれしい。私は読んで目に涙がたまった。お母様は火の中を私のものを持って逃げて下さったのだ。お母様の有がたさを、私はつくづく感じた。そしてますます心の底にかたく決心した。(ママ)
  5月19日(土)   先生の評                    →
    
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                5月19日 検
毎日毎日の行いを何時も反省している所が大へんよろしい。一つ一つの小さなことにも目を向け、心を傾けるあなたの気持ちは美しいですが、その為に暗い大人びた子供にはなってはもらいたくないと思っています。
お姉様からのお手紙で何故突っ伏して泣きそうになったのですか お家には誰だって帰りたいですが、じっと我慢いたしましょう それが戦争なんですよ。泣いてしまったり、暗い気持ちになってしまったりするのは 負けです。
ここに来たときに比べて大分明るく朗らかになった様子と喜んでいますけど、まだ あなたには悲しい気持ちが抜けきらぬように見受けられますが、自分の心一つにおさめて 苦しむと時にはここではお母様の代わりである先生の所にいらっしゃいね。
                              5月19日(土)晴
        5年女子

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今日は久しぶりにお天気。私達大きい方6人のお教室のお当番であった。お掃除が終ると有賀先生から姉からの手紙をいただいた。私の家の庭のことが目に見えるようだ。
お玉じゃくしが池の中に泳ぎ回っているだろう。よく私はおもちゃにして遊んだっけな。
前田寮で修身をした。そして日記を返していただいた。批評にも もっと明るい子になるように と書いてあった。私はいけない子だ。先生にご心配をかけるような悪い子。もっと明るく毎日過せるようにつとめよう。
午後寮に帰っておせんたくをした。私は下着と下穿きをした。そうしてまだ時間があったので、シーツをした。先生に教えていただきながら、私が抱えても持てないくらいの大きなたらいの前にしゃがんでもむ。調子がとれてとてもおもしろい。どんどんきれいになるにつれて水が汚くなっていく。早く乾いてこれで寝てみたい。すすぎも終ったので先生と一緒にねじった。そして又先生のお手伝いもした。平松さんと洗濯板を洗った。
夜みんな楽しく歌の会をした。この間の発表会にやった 対話 をもう一度やった。それから丸く輪になって順に歌を歌った。
野村さんのご親戚からいただいたという、お豆もいただいた。 
布団にシーツをつけかえた。さっぱりした気持ちの良い床の中で考えた。
良い先生をたくさん持った私は本当に幸せだなあ。ここでは本当のお父様お母様と思って良いだろう。いやお父様お母様なのだ。

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