3 月 ー 2   6年生が卒業のため帰ったあとの宿舎に引越し
                 春の武蔵野平野は、中国から風に乗って黄塵がやって来る


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 3月11日(日)晴
       4年男子


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今日は楽しい面会日です。
なかなかいらっしゃらないので、おかしいと
思っていました。
でもしばらくしていらっしゃいました。そうしていろいろなものを持って来ていただきました。とてもうれしいでした
。午後警戒警報になりましたが、すぐ解除になりました。
夜 山中しかのすけ(注 鹿之助)を読みました。
 3月12日(月)晴
       5年女子


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今日は風がひどいので室の中に入った。
朝会が終ってから場所がえをした。私達は
今度3部の方へ行った。今度は向きが違うのでなんだか変な気がする。
図工の時間に私は飛行機が出来たのでつくろいものをした。
3時間目は、髪洗いをした。とてもさっぱりした。
午後は外に出た。しばらくしてから、宮沢さんのお母様がいらした。
宮沢さんは縁故
 

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疎開をなさるのだ。宮沢さんのお家には爆弾が落ちたそうで、本当にお気の毒だ。しばらくして宮沢さんは帰って行った。みんなは手を振って「さようならー」と言った
 3月16日(金)晴
       4年女子

 

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今日はいよいよ寮舎へお引越しである。
朝会がすんですぐ女学校へ行って荷造りをした。
高田先生も手伝って下さる。
何だかうれしくって飛びはねたくて飛びはねたくてたまらなかった。2部5年の方がおふとんを背負って行って下さった。
午前中は村野さんのおうちで荷物を片付けたり風呂敷をほどいたりした。
午後は有賀先生のお荷物を河井さんと2人で持って行った。そうして荷物がおちつくと私はほっとした。
帰る途中、真正面から強い風が吹きつけるので目もあけていら

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れない。又時々息もできないほどだった。
夕食が終ると4年生はすぐ支度をして並んだ。何だか親戚のおばさまの所へでもお泊りに行くような気持ちになってしまった。
夜の自由時間に5年生の方にお手洗いを教えて頂いた。そうして4年生5人で、でんぽうやらかんさんをして笑い転げてしまった。寝る時も5年生の方は、とても親切にして下さった。本当に「よいお姉さまだなぁ」と思った。
  3月19日(月)晴
        4年女子


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今日は午前中作業であった。私達4年生は畠の道の区別をつけるお仕事だ。
鍬で縄に添って少しずつ掘って行く。鍬をあまり使わなかったので、すぐ疲れてしまう。でも頑張った。一生懸命していたら後の方とぶつかりそうになってしまった。
少ししたら先生が休ませて下さった。又一生懸命に気持ちを取り直して鍬を握った。
汗が額ににじんだ。暖かい日光が、働いている私達の背中を照らしてくれるので。
作業が終ってから、崇子さんとふきんのお洗濯をした。
私は2枚、崇子さんは3枚だった。途中でお食事になったのでバケツにつけたままで行った。働いたあとなので本当においしかった。
又お洗濯の続きをやっていると、石田先生が急に「仲良くしましょうね」と私達の顔を
おのぞきになったのでびっくりしたら、くつ下を洗うことだった。先生のだからと思って一生懸命した。
それから日向に干して日記を書いた。
日記が終る頃には、もう乾いていた。真っ白なふきんを見たときは、本当にうれしかった。 

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