3月  帰る 
      
         あといくつ ねるとお家へ帰れると おふとんの中 小声に話す
       ◇  かえる日を うれしと思う一方に 福光とわかるる かなしさ思う
       ◇  夢路にて ひとり思いし 故郷かな
       ◇  福光を 去る日は近し 七日かな
                                     −6年女子ー

  3月8日 前年の8月15日敗戦の日から一日千秋の思いで待っていた東京に帰った
    絵 5年女子
3月8日(金) 曇 雪    日記より抜粋

 ○「うえのー うえのー」知らぬ間に、もう上野駅に着いた。私達の胸は、もうわくわくしていた。学校に行けばなつかしいお母様又お友達にも会えるのだ。
大塚駅に着いて私はびっくりした。大塚駅の屋根はみんな焼けて骨ぐみだけになっているし、見渡す限りみんな焼野ヶ原で、これが1年前までいた東京だとは思えなかった。  6年女子

 ○上野に着くといろいろなお母様が来ていらっしゃった。そこから省線に乗り
大塚駅へと向かった。そうして焼野ヶ原を左右に見て学校へと向かった。
門のところに,えんこ疎開組の6年生や女学校の人がお迎えして下さった。
                            5年女子(左の絵も)


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  3月3日(日) 曇
     5年女子
  

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今日は3月3日 おひな祭りだ。戦争中かざれなかったおひな様もきっと今度はかざっただろうなあ と思いながらその様子を頭にえがいた。朝食後先生方は成績会議をなさるので、私達は一ぱん閲覧室に行きストーブにあたった。山崎さんが私が日記を書いている所を写生していた。私の顔によくにているような気がした。
それから小ぎれで、だるまを作ったがなかなか可愛くならなかった。それから
今日の日記をつけた。たまっていた時は日記を書くのはいやだったが、おいついたので書くのに気がむいた。
午後は本当の感謝の会を福光町の方にお見せするので、服装を正して入場した。もう沢山見えていた。昨日よりずっとみやすかった。次々にすんで6番目私達だ。あまりかたくならずにいつものようにした。最後に松村氏のごあいさつがあって、涙が出そうになった。
夕食は おこわ、煮豆、さめ、みかんのかんづめがあり、すんでから歌を歌い、そうしてすんでからだれかをさした。私は当たったら お菓子の好きなパリ娘 をしようと思ったが、うんよく当たらなかったのでよかった。
夜 森田さんからいただいたおはぎを2っづついただいた。


3月4日(月) 晴曇雨  6年女子  ひな祭りも過ぎて、今日は朝からとてもよいお天気だ。
午前中は記念写真をとるのでみんな制服を着て校門の前に集まった。写真屋さんがなかなか来ない
ので、だんだん雲が出て来て雨が降って来てしまったので1枚しか写せなかった。ー後略

3月5日(火) 晴  6年女子 午前中は本田寮へ行って、教科書の荷造りのお手伝いをした。
午後は昨日写せなかった記念写真をとった。小矢部川で、又 医王山(いおうぜん)をはいけいに
して みんな思い出深い所でとった。最後に各寮の方々と御一緒にとった。ー後略

      東京へ帰る日を前に集合写真と各寮の前で記念撮

                     クリックをして見て下さい

     
      3月4日 校舎前

       
        3月5日 福光橋

 6年男子 舟岡寮

 6年女子 石黒寮
   
   6年女子 吉波寮

5年・4年男子 西尾寮
 5年・4年女子
   前田寮
  3年女子 中邨寮
   6年男子
 2年男子 女子
   本田寮


   5年男子
  2年男子 女子      山下寮
  各寮の位置
 学年によって重複している写真があります。途中で寮が変ったりした
 ことがあり、その説明を後日入れますので、少しの間お待ち下さい。
  


3月5日(火) 晴   5年女子   午前荷造り 午後前田寮のお別れ会の一日
朝からとてもよいお天気だ。朝会の前に山崎さん野村さんといっしょに、お酒のびんを前田寮へ
持って来た。阿部先生は寝ていらっしゃった。
朝食後すぐ寮へ帰って荷物を2っに分けてまとめた。お部屋の中はごったがえしだ。前野さんの
ふとん包みの上へ ねずみが巣を作って下に大穴があいていた。とてもくさくて逃げて来た。
毛布やタオルでくるみ風呂しきでつつんだ。思ったより少ないので安心した。お机やすげ笠も
西尾寮へ持って行った。そうして机を置いていたのがあいたので、そこへ荷物をつんだ。
もう荷造りかと思うとへんな気がした。
昼食の時少しおくれるが、寮の前で小母様、小父様や、稔ちゃん、誠ちゃん達と並んで写真を
とった。近所の子どもがみんな集まって来たのではずかしくなった。
昼食の時カレーがあった。きっと最後のカレーよ などと言っていただいた。
午後は荷物がまとまっているので、日記をつけたり火鉢にあたりながら詩吟をおけいこした。
6時頃春子おばさまがプログラムを書いて持って来て下さった。私はわりあい後の方だった。
途中に誠ちゃんのターザンや、森田さんの佐渡おけさや、阿部先生茂木先生の独唱や、柿内
先生のお話もあった。阿部先生は明日招待する方の名前を書いていらっしゃった。
7時頃おうちの方に招待されてお座敷に行き、おぜんの前に座った。めずらしい御馳走ばかり
並んでいた。御飯は白米におつゆはおとうふだった。どれから手をつけてよいか わからない位
だった。2〜3ばいおかわりをしてそろそろおしまいになるころから、1人1人で歌とかお話をした。
おどりをする人は、みんなおうちの方からおかりした おふりそでで、とてもきれいだった。
マーちゃんのターザンも面白かった。私は詩吟をした。9月13夜、べんせいしゅくしゅく、あさみ
どり の3っだけした。番外にお手伝いにいらっしゃったおばさまが、しゃみせんをおひきになった。
それに合わせて「お手手つないで」と、「ここはお国を何百里」をみんなで歌った。
最後に前田さんの万歳と女高師の万歳を三唱した。
お部屋へ行き、すぐおふとんをのべて寝た。いつもより2時間おそく10時だった。
今日は1日中楽しかったと思いながらぐっすり寝た。

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 いよいよ 東京に帰る日が来た。うれしくてたまらない。
3月7日(木) 曇 吹雪
      5年男子

  
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いよいよ東京に帰る日が来た。うれしくてたまらない。起きるとすぐふとんをつつみ、送る物はみんなふとんの間に入れた。
洗面器も入れてすぐ学校へ行った。食後講堂で福光校とけつ
別式をした。その後図書館でストーブにあたった。10時半頃から昼食になった。女学校がくれたぎんなんのお人形も1っづ
っもらって、寮へ帰った。するともう荷作りがしてあった。
食器が入れられないので、学校の荷物といっしょに送ってもらう事になった。西尾さんが、大福餅と鉛筆1ダースを1人1人に下さった。
掃除をしてから西尾さんとお別れの式をした。その後西尾さん
の近所のうちへ行ってお別れのあいさつをした。
1時20分頃に福光駅に集合した。福光校や、町の人々が駅まで送ってきて下さった。雪が降っていて線路が埋まっている所があったが汽車はそれをけちらして13時54分に福光を発車した。僕達の汽車は貨物だったが、そんなことはどうでもよい。みんな手をふってくれた。
1時間たつと高岡についた。そこで1時間位待った。とてもたいくつだった。お弁当を売っていた。宮本さんと絹子さんがそこまで送って来て下さった。
やがて汽車が来た。僕達の車はかし切りだ。1つのいすに3にんづつすわった。窓がずいぶんこわれていて寒いので先生にきれをはっていただいた。しかし風は吹き込み、とんねるに入れば煙が入って来た。少し行ってからおべんとうを食べた。
汽車の中の御飯はとてもおいしい。親しらずあたりの海の波はとても高かった。10時ごろ、もう一度おにぎりをたべた。
寒くてよくねむれない。汽車はどんどん走って行く。明日はうちへつくのだと思うと うれしくてたまらない。
    3月8日(金) 晴 
         5年男子


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起きてみるとまだ「ごとんごとん」とゆれる汽車の中でした。
まだ暗くお友達も寝ていました。外はもう関東平野でずっと焼けていました。遠くの山々がふもとから浮かんで とても景色が良いでした。朝食は5時に少しいただいて、降車がすぐ出来るようにして、外の景色を見ました。

上野に着いたのは8時で2時間ばかりおくれてしまいました。
大塚駅からは学校まで歩きました。途中はみじめな焼け跡ばかりで、それを見ると「この日本を僕達が建設するのだ」と心に固くちかいました。電車通りを大中小の米のトラック・ジープ
等 縦横無尽に走っていました。
学校へ着くと、もうお姉様が迎えに来てくださいました。
1部1年の教室で朝食を食べ、解散式がありました。外へ出るとお母様もいらしてました。1年ぶりなのでとてもうれしくてたまりませんでした。少しお話をしながら帰りました。

    ◇ うれうれとして 最後のひるげ 子らその日
    ◇ 子らの行く 武さしの野べに 春陽ささまし
                                  ー 先生  帰路の車中にて −

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600日にわたる疎開生活の絵日記は焼け野原の東京に帰って来たところで終了しますが、

各種資料を載せますので、引き続きご覧下さい。掲示板或いはメールに、ご感想やご意見などを

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