21年2月   

              教科書に墨を塗る   ー 抜粋 

 

       とく本や みるかげもなし 墨のあと   5年女子

               

2月6日(水) 曇 5年女子  先生が「今から国語と算数の本のいけない所を
       〔 上の絵も 〕   切ったり、のりではったり、墨でぬりつぶしたり・・・略」


2月6日(水) 曇 5年男子  午後は寮へ帰りました。そして国語と算数の教科書の悪い
                  所をなおしました。ハサミで切り取ったり、墨で見えなくしま
                  した。僕はとても米英がしゃくにさわりました。

2月7日(木) 曇 6年女子  今まで、私達の愛していた国語の本を消さなくてはならなく
                  なった。日本が大東亜戦争に負けた為マッカーサー司令部
                  から命令が出たのだ。本当に戦争に負けるという事はなさけ
                  ない事だと、いまさらながら しみじみと感じた。

2月7日(木) 曇 6年女子  今まで使っていた教科書もマッカーサー司令部からやっては
                  いけないと言われた文を消さなければいけないことになった。
                  午前中算数の本を消した。先生のおっしゃる所を墨で見えない
                  ように真っ黒にぬってしまうのだ。一番だめなのは、切り取って
                  しまった。今まで共に勉強してきた教科書、真っ黒にぬったり
                  切ったりして、なくなっていくのを見るとほんとうになさけなく
                  なった。敗戦国のあわれさみじめさを しみじみ感じた。


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   2月11日(月) 晴
       5年男子

  
    
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今日は、終戦後初めての紀元節だ。僕達は全部制服を着て学校へ行った。午前中9時半頃から、福光校といっしょにお式をした。宮城よう拝、君が代、勅語奉読、校長先生と町長さんのお話、紀元節の歌を歌ってお式は終った。福光校の歌の歌い方が早いので困った。
その後寮へ帰って、こたつにあたりながら本を読んだ。
今日は授業がないのだが、先生方の教養講座があって使ったので、図書館の2階の掃除をした。その後寮へ帰って日記や葉書を書いたり、本を読んだりした。
夕食には紀元節のお祝いで、甘いあんこのおはぎが2こ
白ごまのおはぎが4こ、大根、里芋、人参の煮付け、鱈の煮付けに、りんごが1こついた。とてもおいしかったが、
たくさんないのが残念だった。夜は先生が帰っていらっしゃらないうちに寝た。
2月13日(水) 晴
   5年女子



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今日は朝からとてもよいお天気だ。朝食後寮ごとに日なだぼっこに小矢部川や、その他いろいろな所へさんぽに行った。私達はお掃除の人の荷物を持って寮へ帰り、長ぐつや運動ぐつにはきかえた。それから西尾量、吉波寮、中邨寮といっしょに おまた の方へひなたぼっこに行った。畠に雪が積もっていてその上を歩いてもうづまらないので、なんだか空中でも歩いているような気がした。
しばらく行くと土手に ふきのとうが顔を出して暖かい春の日をあびている。先生方が第3期の化石をとりにいらっしゃった。私達は土手に腰をおろして、日なたぼっこをしていた。しばらくすると先生方が帰っていらっしゃって、化石や木化石をとっていらっしゃった。それから学校へ行き、すぐお食事になった。
午後は小矢部川に行って日なたぼっこをしながら日記をつけたり、きれいな石を拾ったり、あみ物をしたりした。
俳句も5〜6句作った。帰るまで、このように いいお天気だとよいなぁと思った。一度寮へ帰って少ししてから夕食になった。
2月16日(木) 曇雪
    5年男子

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今朝、5時半ごろから、石田先生と加藤先生は、よその学校を見学にいらっしゃった。朝食はこうりゃん粉のおかゆに、ごま塩とつけものがついた。
午前中、2日目の授業だったが、先生がいらっしゃらない

ので、皆自習をしていた。昼食は、れん根と人参のまぜごはんに、のりがついた。

午後は、寮へ帰って日記を書いた。宮本さんが大根にお味噌をつけたおでんを作ってくださった。まだあついのを食べた。とてもおいしかった。
夕食は、煮干鰊の入った煮つけでからかったので、後でとてものどがかわいた。夕方、牡丹雪が降り出した。
就寝のとき宮地先生がおいでになった。
2月21日(木) 曇
        5年男子     


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今日は朝食後少したってから、前田さんへお酒を釀造する所を見学に行った。大きなタンクやたるがたくさんあった。どれにも酒の作りかけや、あわのたったのがいっぱい入っていた。又酒をしぼるところや、麹を作る麹室等も
見せていただいた。
午後は寮へ帰って日記を書き,炬燵にあたり本を読んだ。
又宮本さんが大根をゆがいてお味噌をつけてくださった。
大根は甘くてとてもおいしかった。
夕食の時、ゴム長靴を修理してもらうため靴屋さんへ持って行った。


解説 5年と4年女子の前田寮はお仕事が造り酒屋さん    で、表通りに面した2階の軒下には大きな杉玉が    下がっていたのが印象的でした。  
2月21日(木) 曇
    5年女子


   
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今日は6日目の授業だ。朝食後火鉢に当たっていると、加藤先生がいらっしゃたので、お酒の見学をさせていただいた。5年生だけだと思っていると、4年生も2年生もだった。一番始めこうじ室を見せていただくことになった。入って行くとむつとしてこうじの香りがした。寒暖計は26度で木は少し湿気をもっていた。そこを出てお米を洗う所へ
行った。機械でやって、お米のとぎ汁と同じのがたれていた。そこを見て2階へあがり、こうじを見せていただいた。
先生方が少しづつなめてごらんになって、甘いと言っていらっしゃった。そこで少し説明を伺って下へおりた。そうしてお酒の素を1人づつ順番に見せていただいた。これで
だいたい終ったのですぐ学校へ行った。4時間目に国語をしてお昼食になった。
夜はみんな始めは本を見たり自分自分のことをしていたが、いつの間にか大抵の人はお人形作りを始めていた。
私は小さなくつ下をあんだ。百合子おばさまと春子おばさまが布切れとこてをかしてくださって、その上お人形を作る本もかして下さった。夜は近藤先生がいらっしゃった。
2月22日(木)
  5年男子

 
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今日は第4日目の授業だった。1時間目は自習だった。2時間目は国語で「漢字の音と訓」と「塗り物の話」と「ばらの芽」の考査をした。4時間目は理科で、加藤先生が酒その他の話をして下さった。
午後は寮へ帰って日記を書いた。僕はお土産にするマッチ箱の大中小と作った。理科の宿題を書いて出した。
国語の考査を返してもらった。僕は85点だった。
又、福光の河原町に天ねん痘が発生したそうだ。
夕食は、白米のごはんにおすましと鮫がついた。鮫の子
を見た。
宮地先生がはっきり「7日に帰る」とおっしゃった時、とても うれしかった。3月の行事の発表があった。
 2月28日(木)
  5年女子

       
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  ◇ でんぽう来て
     帰る日7日と
       決まりけり
今日で2月も終りだ。今月は日記をためてしまったが、楽しい日ばかりだった。もうわずかで東京に帰れるのだ。
最後の授業日で国語の時間は、考査をしないで10時からやった。書取り かいしゃく 漢字の生まれたわけ 漢字に音と訓をつけるのだった。こんどから授業中はお手洗いへ行くのは通行禁止で休憩時間にみんな行くようにと喜門先生がおっしゃった。

理科はお酒のことをよく先生に教えていただいた。お酒を作るのにも ひでんがあるそうだ。それから麦酒サイダー
などの作り方や、アルコールの種類をお聞きした。メチル
アルコールというのは、のむと頭が痛くなったり、ひょっとすると死んでしまうとおっしゃったので恐ろしいなあと思った。その他色々なアルコールがあるそうだ。
午後は5年生の大きい人4人は、高木さんや吉波寮のそばの床屋さんに行った。私はもんぺを一生懸命ぬった。
順番にお風呂たきをした。
夕食は白米にさめネーブルがあった。夜お風呂にはいる
前に2人で1っづつネーブルをいただいた。今日はみんな
かみ洗いをした。
学校から電報が来て 7日に帰る とはっきりきまって
とてもうれしかった。

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