まくらを持ってもぐりこんだ。暖かい。すごく暖かい。先生がだいてくださった。
12月1日(土) 曇雨
6年女子
クリック↓
|
朝4時ごろ目がさめた。少し寒い。先生の所にもぐりこもうと思って、まず手をつっこんだ。「もくもく」とふとんが動き先生の手にさわった。暖かい手。ぎゅっとにぎった。
「いらっしゃい。」まくらを持ってもぐりこんだ。暖かい。すごく暖かい。先生がだいて下さった。とてもうれしかった。午後6年は、又、山田村へ大根運びに行った。この間より少なく2台でゆうゆう乗った。帰りは雨が降り出し、とても寒い。車のつなを「よいしょ よいしょ」と引っぱりながら、雨の中を走って帰った。冬のお大根もずいぶん
多くなった。
空もようが雪空になって来た。夜おこたに入っているとお兄様が(注 寮の家人)「明日あたりは雪が降るぞ」とおっしゃった。11月は、みぞれも降らないですんだのだ。きょうからは、もう12月。ほんとうに早い。あと1月でお正月なのだ。今年の最後の月、しっかり暮らそう。寒さにうち勝って。
日記帳も新しいのに入った。この帳面もきれいに書こう。今日から起床は7時。 |
こんなやぐらは始めて見た
12月1日(土) 曇雨
5年男子
↓クリック↓
|
朝ふとんをつむ場所をかえた。授業は第6日目をした。
1時間目の算数は、5分くらいでやめた。女子が東太美村へ野菜取りに行くからだ。ぼくたちは、塩運びに行った。福光橋のたもとの配給所へ行くと休みだったので
明日行く事にして帰った。2時間目は寮へ帰った。西尾さんのれん炭にあたりながら、国語をした。『七 柿の色』をならった。その後は自由だった。そのうちに4年生も
帰って来た。今日から起床もおくれたので、昼食もおくれて、12時10分になった。
学校へ行く時、薪を持って行った。ごご、三橋君と古藤君と堀田とぼく とで本田寮へこたつのやぐらを取りに行った。見ると丸くて上に穴があいている。こんなやぐらは始めて見た。先生は、木製機のほ助タンクで作ったのだろうとおしゃった。それに足(注 脚)をつけてさっそくあたった。とても暖かかった。
夕食後の掃除の場所がかわった。ぼくたちはさいほう室の前のろう下と階段だった。暗くなったので、はくだけにした。寮へ帰ってから俳句帖を出した。その後加藤先生にお話をしていただいた。
解説 戦争末期、敵の目を欺くため、飛行場に木製 ← のダミーを並べたと聞きました。「こんなやぐら
は はじめて見た」とあるのは、その部品をこ たつに廃物利用したもの。
左の6年女子の絵を参照して下さい。 |
野村さんのお父様が狂言をして下さるのだ。
12月9日(日) 雨雪
6年女子
↓クリック↓
※ 六世 野村萬蔵(のち人間国宝 5年野村華子の父) |
今日から外とう(外套→オーバーコートのこと)を着はじめた。やっぱり外とうは暖かい。
今日は野村さんのお父様が狂言をして下さるのだ。10時から始まった。お兄様や、おじ様、お弟子さんもいらしてた。
一番目は、末広がり、二番は、ぶす、三番目は、かたつむり、だった。ぶすは、とてもおもしろかった。最後に
宗論 というのがあった。これは大人むきだ。
どれもこれもみなおもしろく、とてもお上手だ。私達の狂言とはお話にならない。
野村さんのお父様は、度々陛下の午前でなさった事があるのだそうだ。びっくりしてしまった。まったく日本一
だ。今夜は先生と一しょに寝た。 |
10時から福光校の講堂で狂言がありました。
12月9日(日) 雨雪
5年男子
↓クリック↓
|
今日は10時から福光校の講堂できょうげん(狂言)がありました。町の人も子供もたく山集まっていました。
一番目には すえひろがり でした。学校でやるのとはちがってとても面白いでした。二番は ぶす 三番目は
かたつむり でした。もうひとつおまけに、大人用の しゅうろん というのがありました。みな とても面白く出来ていると思いました。食事の時りんごが出ました。
食後野村さんのお父様のお話をお聞きしていると、泣くのはやさしくて 笑うのがとてもむずかしいそうでした。途中に赤子が泣いたので少し困ったそうでした。
午後は寮でこたつにあたりながら本を読んだり図案を
書いたりしました。夕食後エビオスが6っずつありました。 |
こんな寒い日は勉強をしないでこたつにあたれ
12月10日(月) 雨
5年女子
クリック↓
 |
今日は第1日目の授業をした。朝集合の前に、野村さんのお兄様が着物を着て、いらっしゃった。1時間目は図書で(図工?)自習だったが、手さげのもようを書いた。
2時間目は地理で砺波平野と石川県の方を少しした。
3.4時間目は算数と理科で自習だった。午後寮に帰って
日記を書いていると、阿部先生が「こんな寒い日は勉強をしないで、こたつにあたれ。」とおっしゃったので、日記を書くのをやめて、こたつにあたった。お八つに柿内先生のおみやげのさつま芋をいただいた。火鉢で焼いた。
※ チョッと解説 先生もいやになってしまわれるほど
寒かったのでしょう。 |
廣池さんともいよいよお別れだ「さよなら さよなら」外套を着て駆け出した。
12月11日(火) 雨雪
6年女子
クリック↓
|
今日は朝お掃除のすんだ順に学校に行った。もう行ってみると皆おかゆはもう運んであった。おかゆの中には南瓜が入っていて生卵をかけた様に黄色かった。大へんにおいしかった。
第2日目のお授業で1時間目国語で、修行者と羅段の
ところを終った。外は雪がちらちらと とっても沢山降っている。積りそうだが後から雨が降って来てみんな消えてしまう。図書館のおじさんが炭を持って来て火鉢に入れて下さった。4時間目はずっと自習だった。
午後は廣池さんがお帰りになるので お別れに末広がりをお見せするので、ちょっとその練習をしてみたりした。
皆でお火鉢にあたっていた。午後は廣池さんがお帰りになるので、寮に帰ってお別れの会をした。廣池さんの小母様が大根や人参のお煮付けと白米のお握りを二つづつ下さった。皆で感謝していただいた。大変おいしかった。それから末広がりをした。私は大名だったが、とってもはずかしくてこまった。林さんが太郎冠者 菅村さんは
悪者だった。
それからおこたつにあたりながら、皆で順番にうたをうたった。私は隅田川をうたった。
4時過ぎにお迎えの自動車が来て、お送りして行くとおそくなるので、班長さんが小母さんの所に言いに行って
下さった。
ブーブーと自動車が寮の前に止って廣池さんともいよいよお別れだ。「さよなら さよなら」外套を着て駆け出した。もう町には街灯がついている。自動車は町の角に間もなく見えなくなった。
お裁縫室に行くともうお食事は始まっていた。小母さんがお釜の中にのこしておいて下さったのでおいしい熱いお汁がいただけた。
夕食後寮にかえっても とてもなんだか静かでつまらない。今たった15人、久米川の頃の人数になってしまった。いり豆や干し芋をいただいた。 |
1人で持ったので落しそうに
なったりして泣きたくなってしまった。
12月11日(火)雨雪
5年女子
クリック↓
|
今日は朝から雪が降っていたのでお米運びのときもかさをさしてした。私はだれも相手がいないので1人で持ったので落しそうになったりして泣きたくなってしまった。
やっと運べたと思ったら次には大根をはこばなくてはならないので、すげ笠を6年生におかりして西尾寮へ行った。一度運んでから、お玄関をきれいにはいたり、葉を捨てたりした。次々に重そうにして大根葉を持って来た人も、みんな手がつめたい足がつめたいといっていた。
国史はみんな火鉢を取りまいて足をあたためながら先生にいろいろな事をお聞きした。主に武士のおこりや源氏平家のことについてしらべた。あとはみんな自習だった。火鉢にあたってお昼食を待った。
午後はお掃除の人の荷物を持って帰って、もう一度来て
炊事場からまきを運んだ。それから上へあがり、おこたつを出したり火鉢に火をおこしたりしてから日記を書いたりあみ物をしたりしていた。茂木先生はお風呂たきを
していらっしゃってとても大へんだった。お風呂の火を見て来てから、はがきをいただいた。
おやつに かたパンをいただいた。終るやいなやすぐ出発用意になった。夕食後1班の終りから6人づつお風呂へ入った。出てからすぐねた。阿部先生はもういびきをかいていらっしゃった。 |
何回も何回も電信柱ごとに休んで やっとついた。
12月12日(水)雪 5年女子
クリック↓
|
起床前高島さんが「雪がつもっているのよ。」とおっしゃったので、早く起きたくてむずむずしていた。起床になるとすぐにまどをあけてみ見た。真っ白だ。
学校に行く時に、はきものがないので運動ぐつをはいて
行った。学校へ行ってみると、もうぐしょぐしょになっていた。お米運びの時は、三須さんに長ぐつをかりてやった。大根運びは今日も2回だった。2度目は梛野さんといっしょで、何回も何回も電信柱ごとに休んでやっとついた。
3時間目はお裁縫でえりぐりを切った。4時間目は大根の俳句会をした。今日はただ書いてえらんだだけだった。午後は寮でこたつにあたった。夜もこたつにあたって
あみ物をした。 |