11月‐3


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ほんとうに今日の大根運びは福光に来て、一番苦しかった

11月22日(木) 雨
       5年女子


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解説 
一番苦しかった?
これから冬の寒くてつらい運搬作業が控えています。まだまだきついのはこれからです。
今日は山田村へお野菜運びだ。あいにく雨が降っている。
たりない物は4年生にお借りしてすっかり用意をととのえた。朝食の時に宮地先生が「お野菜は4.5年が運ぶことになりましたから、用意をしていない人はこれから帰って用意をしていらっしゃい」とおっしゃったので、私達は寮に帰った。そうして4年生にお借りしたものをお返しして、又すっかり用意をすませて出かけた。
行くとまだ時間があるので、図書館の2階に行き、須田さんに長靴を借りて来た。須田さんはすぐに貸してくれた。
外へ出ると もうみんな行ってしまったので、かけ足で列に入った。前、城端へ行った時休憩した所を左へ折れて少し行った所だ。
行くと40貫(150s)の筈のお野菜が130貫(487.5s) もあった。しかたがないので宮地先生のリヤカーに山盛り積んで、それから自分達で持てるだけ持った。だがやっぱりあまってしまった。
するとしんせつな方がダットサンに残ったのを全部つんでくださった。めいめいで出発した。はじめは3番くらいだったが、肩は痛く、重くてだんだんおくれてしまった。何回も何回もリュックをゆすり上げ、手の葉っぱを持ち直して歩いているうちに堀田さんに会った。
堀田さんと話をしながら歩いていると、やっと踏み切り場へ来た。踏切を渡るともう少しだと思ったせいか、ふらふらとしてしまったが一生懸命に歩いた。高宮橋を渡り、神社のそばに行くと6年生が応援に来てくださった。もう一息だとがんばって学校に着き、宮地先生にリュックをおろしていただくと、やっとほっとした。
それからレインコートを干し机の所で休んでいた。お裁縫室は福光校が使うので、お昼食は理科室でいただいた。
ほんとうに今日の大根運びは福光へ来てから一番苦しかった。午後寮へ帰って日記を書いた。
こんな事でへこたれたら日本人の男子の恥だ

11月22日(木) 雨
       5年男子

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今日 朝起きると荒木君が頭が痛いといって寝てしまいました。僕はなんだか さびしいようなへんな気になってしまいました。学校へ第1日目の用意をして行くと4.5年生は山田村へ野菜を取りに行くことになりました。
さっそく寮へ帰って野菜の入れ物を持って、学校へ行きました。9時に皆そろったので出発しました。行き、地理のれんしゅうを口の中でくりかえして行きました。
のう業会につくと、40貫というのが130貫もあって、山と野菜がつまれているのでおどろいてしまいました。
リヤカーにつめるだけつんでしまっても、あとにたくさんのこってしまいました。これだけを4.5年で持って行くのだと思うと「よし 持てるだけ持ってやろう。そしてぶったおれるまで運んでやろう。なに4年生や他の人に負けたらたいへんだ。こんな事でへこたれたら日本人の男子の恥だ」と思いました。
僕のリュックサックは小さいので少ししか入りませんでしたが、風呂敷を持って来たので良かったなあと思いました。リュックサックにも風呂敷にも入るだけつめてみましたが、後にまだまだ沢山残ってしまいました。おりよくオート三輪車で乗って来たおじさんが、しんせつにも「つんで行ってあげましょう」と、のこったのを全部つんでくれました。僕は心がすーっとしました。帰りは荷物を持っているのでばらばらで帰りました。雨はまだしきりに降っています。僕はこちらへ来た夕方の事を思い出しました。ちょうどこのくらいの荷物を持って雨の中を立野ヶ原についた時、頭からみな湯気を出しているので大笑いをしたことなど、後から後から
思い出しました。
ふと気がつくと、手に持っている菜っ葉が落ちそうになっているので、一たんおろして全部やりなおすことにしました。しばらくやりなおしてから行こうとすると、一等終りの岩倉君が来たので2人でかついで行く事にしました。高宮橋を渡ると、福光の町が目にしみるように見えました。少し行くと6年生が来て荷を持ってくれました。僕はなんだかなきたくなるような ヘンな気持ちになって、うれしくてうれしくてしかたがなくなりました。6年生は「ごくろうさま、ありがとうございます」といってくれました。
昼は理科室で食べました。おなかがすいていたので、とてもおいしいでした。午後寮へ帰って、日記を書いたり本を読みながらこたつにあたりました。夕食にお芋が出ました。夜 さんまを焼いて食べました。とてもおいしいでした。

親泊さんが戦争犯罪人となり

11月25日(日) 曇
      6年女子


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本当は全校運動だった。今日の代わりに、昨日素晴らしい所へよぶんに歩いて行ったので休養になった。
めんどくさがりやも少しぬけたらしく吉田さんのお母様がいらっしたのでとても嬉しかった。午後も火鉢のまわりに集まって楽しくお話した。頭(髪?)洗いもごしごしした。

夜 吉田さんのお母様から、親泊さんが、戦争犯罪人となり、どく(毒)のおまんじゅうを食べて亡くなったと聞いてびっくりしてしまった。
同じ女高師の中にもこういう人があるのだ。私達はどんなに幸福なのでしょう。




注 親泊一家の自決の項 参照
大根運び。私は阿部先生の車のあと押しをした

11月26日(月) 曇
      6年女子


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6年生は山田村へ大根運び。男の先生といっしょに行っ
た。車を2台持って行った。山田村と書いてある所を右に折れて畠道を行くと
そのお百姓さんの家についた。
1台お借りして3台とも大根が満載。男の先生がお引きになる。私は阿部先生の車のあと押しをした。「よいしょよいしょ」とかけ声をかけて、元気よく押した。平らな所は走って行った。何だかおもしろくなってしまった。子供八百屋みたいだ。西尾寮へ運んだ。今日のは、みな とてもいいお大根だ。
午後先生のおむきになった柿を糸でむすんでつるした。竹がいっぱいになった。
6年生が大根運びで借りた荷車を返しに行く

11月26日(月) 曇
      5年男子


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今日は2日目の授業だが、6年は山田村へ野菜を運びに行った。男の先生方も、全部いらっしゃった。3部5年は、加藤先生と西尾寮の倉庫の整理をした。
まず、さつま芋を片方へ寄せた。空の俵を敷いた上に芋をのせた。次にシャベルや鍬をリレー式でほかの場所へ移した。その次にリレー式で乾いた薪を外へ出した。又前芋の下に敷いておいた長い薪も出した。大根の葉の青いのと枯れたのをわけた。もう くさりかけて、とてもくさいのがある。もうほとんど黄色くなって食べられない。ずいぶんもたいない。捨てたのだけで山ができた。
そのうちに4年生が、大根の大きいのと小さいのを交換に来た。倉庫をきれいに掃いて僕達の仕事は終った。寮へ帰って日記を書いた。
そのうちに6年生が、荷車3台に大根をいっぱいつんで来た。全部で500貫あるそうだ。僕達も出て手伝った。一束を2っに分けてすみのほうへ立てかける。ずいぶん大きい大根だ。
その後昼食になった。西尾寮は当分運ばなくてもいいように薪を車にいっぱいつんで持って行った。途中ぐらぐらしてずい分落ちてしまった。拾いながら行ったので、少し遅くなった。
午後 3部6年は阿部先生といっしょに山田村へ車を1台返しに行った。途中5人で引いて2人ずつ代わるがわるに乗って行った。乗ると とても楽だったが、自動車が来てよけるのがたいへんだった。山田村の農業会へ行くはんたい側の方へまがった。そのうちに目てきの農家へついた。
その家のおじさんが、柿を2っずつ下さった。途中歩きながら食べた。とてもおいしかった。
寮へ帰ると、お父様が僕の帰るのを待っていらっしゃった。お父様が買っていらっしゃった習字の草紙を、5年に1さつずつあげた。
その後東京のことや、こちらのこと等を話し合った。お父様は5時の汽車でお帰りになった。
夕食後、阿部先生が、今日僕達が車を返しに行ったというので下さったお芋を食べた。その後こたつにあたった。とても暖かかった。
火鉢をかこんで、ぎんなんのたねを火鉢に入れて焼いた。

11月26日(月) 曇
      5年女子


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今日は2日目のじゅぎょうだが、6年生と男の先生方が山田村の方にお野菜を取りに行ってくださるので、私達は全部自習になった。そうして小さい順にとこ屋さんに行った。5年生は兵隊さんから帰って来た高木さんの家、4年生は吉波寮のそばだ。
私は番が来るまで、他の人とこの間運んで来た大根葉の黄色いのを取ってたいひ所に捨てて来たりしていた。平松さん梛野さんが帰って来たので、私と野村さんが寮に帰って床屋さんに行くしたくをして、床屋さんに行った。
私が行ってから他の人がしたので、しばらくの間待っていた。その間に私はあみ物をしていた。萩原さん、坂口さん、八百谷さんが来たが、野村さんがすむと、もう12時近くだったので、午後にして学校に行った。
午後日記をつけながら、茂木先生のおみやげの さつま芋のふかしたのをいただいた。
夜、ひな菊の部屋と白百合に分かれて火鉢をかこんで、ぎんなんのたねを火鉢に入れて焼き、いただいた。ぱんぱんと音がして火ははねるし、とてもこわかった。そうして10づついただいた。
開校記念日 朝指がちぎれそうに寒かった

11月29日(木) 快晴
       6年女子


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楽しい開校記念日も来た。学校も71歳と年取った。記念日だけあって、とてもよく晴れ、皆朗らかだ。朝 指がちぎれそうに寒かったが、何くそと手袋をはめなかった。元気があふれた。
お洗濯をいっぱいした。高田先生が何から何までして下さるので有難くて仕方がない。お昼まで日なたぼっこをしたりしてようようで遊んだ。午後 先生がいらっしゃらないので、寮で静かに遊んでいた。
夜 御馳走が沢山あった。先生方の面白い歌等も沢山あった。皆愉快に楽しく聞いた。御馳走はなくても、こんなことが度々あるといいなあと思った。 
寮に帰ると、こたつのふとんの中からネズミ飛び出したので大さわぎ

11月29日(木) 快晴
       5年女子


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今日は開校記念日だ。朝会の時にお式があった。そうして、今日は開校記念日なのでお休みということになった。
寮に帰るとすぐにお洗濯をした。お洗濯がすむと、お昼食までに時間が少ししかないので、下で日なたぼっこをしながら編み物をした。午後寮に帰る時に先生に小包みをいただいた。先生はお夕食のおしたくでおいそがしいので「帰ったら小包みを開いていいわ」とおっしゃったので、帰るとすぐに開いた。衣類やポンチ絵 本 わらぞうり つぎ布 などが入っていた。鉛筆は3本入っているはずなのに2本しか入っていなかった。荷物が片づくと、又下に行って、日なたぼっこをした。
夜寮に帰ると、こたつのふとんの中からネズミが飛び出したので、大さわぎをして、阿部先生とひな菊でネズミ捕りをした。
就寝用意の時に茂木先生が帰っていらっしゃったので、小包みをお見せした。


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