●観光

昭和50年代、山陰の小京都として鮮烈にデビューした時の「山紫水明」のイメージを思い起こし、さらに、「進化し続ける観光地」を目指す。目的達成のためには思い切った対策が必要。

○ 町の観光課と商工会観光部会、観光協会、その他民間の観光関連の会やグループを統合してNPO組織とし、官民の「情報・人材・資金」を集中させる。さらに事業収入を増やすために、「総合旅行業務取扱管理者」をおいて旅行社の資格を取り、海外・国内の旅行事業が取り扱えるようにする。

○ 津和野川と鯉のコラボレーションは最高の見せ場。それを妨げている川藻をイの一番に除去する。

○ 青野山眼下の国道からの美しい風景を取り戻すため、不要な樹木・竹林を伐採する。

○ 復活30年のSLの存在は大変重要であるが、部品の老朽化で5,6年が限界と言われている。。一日でも長く走るようJRを支援する。また津和野駅前をSLをコンセプトとしたゾーンに再構築する。

○ 外国人観光客の受入れ(インバウンド)体制を整えるため、案内板に外国語を加える。また、通訳の出来る町民の協力をあおぐ。外国客の多い鷺舞や流鏑馬神事等の郷土芸能を支援して世界に発信する。

○ リピート客を増やすべく「特定少数の集客」に力点を置く。各施設、会場で顧客情報を収集し、イベントや行事、四季折々の風景をメールや葉書で直接知らせる。なお、「不特定多数客」はホームページに集約する。

○ ケーブルTVの12チャンネルを観光情報専用チャンネルとし、観光客が立寄る施設や旅館で利用する。 

○ 若い人の60%は津和野を知らない。彼らへのメッセージはテレビが最も有効なので、ドラマやコマーシャル撮影に使ってもらえるようメディアに働きかける。またその際は町を挙げて協力する。

○ 観光施設、造作の「立案・企画・製作」はコンサルタントにマル投げしないで町民の力で成し遂げる。

○ 観光ルートを津和野地区ー益田ー萩のトライアングルに設定をした時、にちはら道の駅周辺は中心になる。「食」と「水辺」と「文化」をコンセプトにして日原地区の顔にする。