東洋と西洋が混在する街-香港 平成6年2月17日

香港の渦巻くパワーを丸ごと体感

 
 
往年の名画「慕情」のイントロ・シーンそのままに機は、厚い雲間から抜け出し、点在する小島の間を縫うように大きく旋回したとおもう間もなく林立する高層ビル群をかすめるようして啓徳空港へとスリルに満ちたランディング。魅惑の香港旅行の始まりだ。

 いわゆる香港は、九竜半島の一角と香港島を占めるだけで、観光ポイントはそれほど多くはない。しかし、九竜側は中国的情緒、香港島側は欧州情緒と大別でき、この二つの地区は海底トンネルとフェリーで結ばれている。つまり東洋と西洋が混在し一体となったエネルギッシュで魅惑的な都市だ。またフリーポート(自由貿易港)として栄え、タックス・ヘブン(税金天国)といわれるように、何といってもショッピングは楽しみだ。世界の高級ブランドが驚くほど安く買える。加えて食べ物が豊富だ。「食在香港」の言葉もあるが、あながちオーバーではない。広東、上海、北京、四川、潮州に代表される中国料理を始め西洋料理、エスニックと世界の味が楽しめる。見る・買う・食べる・打つの四拍子が揃った、香港の渦巻くダイナミック・パワーを丸ごと体感した旅のレポートである。

 広島新空港からわずか4時間、カイタック空港へ降り立った団長のK部長、O副部長、K担当を引率とする一行26名を出迎えてくれたのは、萬泉旅行社の李さんである。生憎と天候は悪くモヤがかかり、もう一週間こんな状態が続いているそう。まずは、九竜側からトンネルを通り、対岸の香港島にあるアウ・ブン・ハウ・ガーデンを訪れる。日本でもお馴染みの中国家庭常備薬「萬金油(タイガーバーム)」で一財をなした胡文虎が造った庭園を見学。園内はド派手の極彩色に塗られたコンクリート製の動物や仏像、壁画で一杯だ。庭園とはいえ、おおよそ日本のそれと大きな隔たりを感じ、いまひとつピンとこない。

極彩色のアウ・ブン・ハウ・ガーデン
極彩色のアウ・ブン・ハウ・ガーデン


 車内では、李さんから「ここは香港(外国)、頭をチェンジして」「万一、忘れ物をしたら(そのことは)忘れて(まず手元にかえってこない)」「横断する時は気をつけて。手を上げても車優先だから、止まるのはタクシーだけ」「いたる所で物売りがしつこく来ても、もう買ったから要らないと断わる」などこまかな諸注意を受ける。

 ホテル・ライフを楽しむことも旅の重要なポイントのひとつ。われらの3日間の宿は、ネイザン・ロードをはさんで、緑豊かなカオルーン・パークと向かい合ってたっているミラマーホテル(美麗華酒店)で、ロケーションは抜群。中には60軒以上もの店舗が入っており、一大ショッピング・ゾーンでもある。一行は、異郷の地を踏んだ感激といまから始まる未知の経験に胸をときめかせながらチェック・イン。

ビクトリア・ピークの眺望はガスに阻まれ

 2日目、翌18日も朝から霧雨である。対岸にある香港島へ。かつてイギリスがアヘン戦争の勝利によって最初に手に入れたのが、ここ香港島だ。現在も欧米人のほとんどは島に住んでいるそう。歴史が色濃く残る街だ。先ず、バスは香港島の南側へと走る。つまりビクトリア市の反対側にあるレパルス・ベイ。ここも「慕情」の舞台となったところで有名だ。白砂の美しい、最も人気のあるビーチ・エリアとなっており、三方を緑の丘に囲まれた三日月形の海岸線だが、本日は残念ながら風強く、波高し。車窓から眺めるだけ。バスはレパルス・ベイの南のはずれにある派手な寺院、天后廟へ。海の女神をまつる、香港ではポピュラーな寺院。奇怪な彫刻と極彩色は記念写真にはもってこいである。続いて、香港の心臓部にあたるビクトリア市にあるビクトリア・ピークへと向かうも、頂上だけにガスが一層ひどく視界はゼロ。事前のガイドブックチェックでは、ここからの眺望は素晴しい。眼下に広がる光景に、ハン・スイーンをしてマークに「宝石泥棒の宝庫……」といわしめる「慕情」のシーンを頭に描いていたにもかかわらず、はかなくイメージだけに終わる。灯ともし頃になると無数の光が輝き”東洋の蛍篭”と賞賛される。とにかく夜景の美しさはナポリ、リオデジャネイロとならぶ世界の三大美港のひとつと言われる。本当に残念無念。展望台からは登山電車ピーク・トラムで降りる。二階建て電車とならんで香港の名物でもある。もちろん目の錯覚だが、車窓からのビルが傾いて見えるほどのかなりの急勾配。

 再び九竜へ戻り、「謝瑞麟宝石店珠寳製造廠」で金細工、宝石の加工場を見学したのに続き、二階へ案内されるとそこは金細工が燦然と輝き陳列されている。一同で150万円は下らない買い物。われらが一行の底力をみた思い。

 昼は「御苑レストラン」にて飲茶料理。その後は、また民芸品の店へと案内され、ショッピング。免税店ではかねてから欲しかったロレックスの時計を思いきって求める。勿論大金は持ち合わせずJCBのカード。定価HK$31,660のところを一割引でHK$28,494(約39万円)。われながら大変な買い物をしたもの。一生物とし、大切に使おう。

豪華な水上レストラン ジャンボ
豪華な水上レストラン ジャンボ

 夜はアバディーン(香港仔=小さな香港の意)へ。水上生活者と水上レストランをもって香港をイメージしている人も多いと思うが、ここは古くから漁村として生きてきた。いわば香港のルーツである。シーパレス、ジャンボなどの豪華な水上レストランは、きらめくイルミネーションに彩られ、さながら水に浮かぶ不夜城だ。レストランへいざなう船に乗って、竜宮城への旅気分を彷彿させる。ここではエビ、カニ、貝などの素材を使った海鮮料理が名物で、次々に運ばれる料理に舌つづみをうつ。波間に漂うネオンを見つめながらのご馳走に、目も舌も十分に堪能した。

 この夜は船上でショーを楽しみながら、ドリンクを傾けるナイトクルージング。生バンドの演奏は炭坑節はじめ、トキオ……とすべて日本もの。飛び入りでマイクを独占、ステップも軽やかに興じ、万場やんやの拍手を受ける。

雨上がりに映えるイルミネーション

 香港はいま旧正月にあたり、この期間だけ大きなビルの壁一面がイルミネーションで飾られている。雨あがりだけに一層映えて美しく、ノッポビルの頭には雲がかかる。誰かが快晴ならさぞかし、と言うのに答えて「『花は盛りに、月はくまなきをのみ見るものかは…』とかいうではないか、富士山の頂きに雲がたなびくのも風情があるのと同じ」の会話も。

 3日目も朝から雨模様。本日は香港の奥座敷、マカオへの日帰り観光。足は海路しかなく、水中翼船で約1時間の所要時間。

 マカオでのガイドはキョーさん。巧みな話術でまるで漫談を聞いているよう。一同大笑いの連続。車窓から中国との国境をみながら、ここを見なければもぐりと言われる、聖ポール天主堂を訪れる。ただしあるのは壁の前の部分だけ。ここは古きよき時代のポルトガルの面影を残す美しい建築物や史跡が多くあり、さながら街全体が博物館のよう。

 昼食は「京都レストラン」でのポルトガル料理。またマカオといえば東洋のラスベガス。アジア一のホット・スポット。どうしてもカジノへ、となり早速に運だめしを決め込んだが、所詮1時間ほど。大した戦果も聞かなかったが、大損者も出さず一同揃って無事マカオを後にした。

 再び香港へ戻り、最後の晩さんは「九龍大飯店」で上海料理。いついただく中国料理もおいしかったが、日本人にはやはり上海料理が一番口にあうとの声も聞かれた。

 最後の夜だけに免税店や地元のデパートで買い残した土産ものを求める人、香港一のナイトクラブへ繰り出すグループ、夜の街を散策する者、遅くまで部屋で飲み語る人達などおもいおもいに楽しんだ。

 あっという間の4日間。もう帰国の日だ。駆け足ではあったが、記念すべき時期に訪問できて感激だ。1997年7月、あと3年半で香港はイギリスから中国へ返還される。香港にとっては長い植民地の世紀から解放される歴史的な日を迎える。私たちもその先行きを案じはするが、街を歩いた限りはそんな気配は微塵も感じられなかった。ますますの繁栄と限りない発展を祈って素晴しい旅のしめくくりとする。