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| 太陽の半島はバカンスの島 | |||
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既に経験ずみとはいえ、やはりアメリカは遠い。成田を飛び立ってからワシントンD.C.のダレス空港までの所要時間はほぼ12時間、そのうち半分近くはアンカレッジ上空から大陸を横断するのに要する。 ワシントンは、国内線へ乗り換えのみで街を窓から望むだけ。US2002は小さな飛行機で、空席が目立つ。離陸間もなく、ネジが緩んだのか、われわれ一団の少し前列の天井の一部が垂れ下がるのを目撃。お客の頭上に落ちはしないか気掛かりで、次男がスチュワーデスに指摘してもすぐに気付く気配はなし。やっと気付いたと思ったら道具を使って直す風もなく、笑いながら一言二言、手で戻すだけ。するとまた落ち、また戻すの繰り返し。オーランドまでの飛行は2時間少々だが、これで大丈夫かなと内心ヒヤヒヤである。もう一つ、機内で次男は1年間のESS活動の力試しと思ったのか、早速英語でスチュワーデスにオーランドの天気を尋ねるも“Weather”の発音が引っかかったのか、なかなか通じず、手間取る一幕もあった。 まるごと遊園地のオーランド 地球の昨日・今日・明日を写す博物館エプコット・センター 広大なWDWの中には大きくは3つのテーマパーク、つまりMGMスタジオ、エプコット・センター、マジック・キングダムがある。それぞれ小休止の後、まずWDW最高の人気パーク、エプコット(Experimental Prototype Community of Tomorrow)センターへ繰り出すことにする。ホテルから同センターへはTARMと呼ばれる連結バスで運んでくれる。バス待ちの間、ドルフィンをバックに記念写真を撮っているところへ、同じくエプコット・センターに向かうO姉弟に会い、結局10名揃ってバスに乗る。 遅い夕食は、日本館の中の鉄板焼ダイニングルームで、目の前で料理人が和牛ステーキを焼いてくれるもので、ボリュームもたっぷり。食事が終わった頃、湖上ではシンフォニーに合わせてレーザー光線が交錯し、花火が夜空を彩るさまは幻想的で圧巻だ。 ハリウッドに次ぐ世界で2番目のスタジオユニヴァーサル・スタジオ・フロリダ本日はユニヴァーサル・スタジオ・フロリダへ。これはWDWのMGMスタジオがオープンしてわずか1年後に、総工費6億3千万ドルをかけて作られたもので、ディズニーに真っ向から対決を挑んだと評判を呼んだそうだ。ハリウッドに次ぐビッグスケールの映画・TVスタジオで、スティーブン・スピルバーグ監修によるもの。 園内では、次男・U君組は別行動。われわれ6名は、キングコング、バック・トゥー・ザ・フューチャー、ジョーズ、E.T.の冒険、大地震etc.と目一杯観て回る。人気アトラクション「バック・トゥー・ザ・フューチャー」は幾重にも折り返した長蛇の列で、1時間半以上かかる。私は原作を観てないので比ぶべくもないが、タイム・マシン「デロリアン」に乗って出発、氷河期の洞窟、クレヴァス、切り立った峡谷に続いて、地球の創成期の溶岩の噴出の中を、もの凄いスピードで駆け抜けたかと思うと、ティラノザウルスの口に突っ込む………。半球形のスクリーンとマルチ・チャンネル・サウンド、70mmフィルムと水力によるダイナミックな動きで、映像的興奮が体験でき、あたかも実際に乗って旅しているようだ。いうところのヴァーチャル・リアリティで、迫力は十分だ。 「大地震」では、われらがサンフランシスコの地下鉄に乗っていて、マグニチュード8.3の大地震に遭遇したらかくや、と思われるアトラクションで、地割れ、火災に大洪水と続く。火も水も本物だけにリアルに体感はしたものの、一歩間違えばほんとの大惨事につながりパニックになるのではと寒心もした。 「E.T.の冒険」では、追手を振り切り自転車で空高く飛び上がるクライマックス・シーンが、スクリーンでの感動そのままに再現される。最後にはE.T.が感謝と友情のしるしとして、例の声で“My Friend! Masashi、Masato!”と呼びかけてくれたのには感激した。ビデオにもしっかり収める。しかし、途中「ゴーストバスターズ」「恐怖のメイク・アップ・ショー」では不覚にも睡魔に見舞われ断片的にしか記憶にない。 夕食は、本店が銀座にある日本料理の「らん月」へ。迎えのタクシーは、初めて乗るリンカーンで、ちょっとリッチな気分になる。ここの名物はフロリダ産のワニの肉とつくね芋の空揚げ。弟とU君はすき焼き、後の6人はにぎり寿司と天ぷら料理。量は多いが、味はいまいち。 地球上で最も宇宙に近いところケネディ宇宙センター最終日はそれぞれ別行動にする。わが家4名とU君は、予定通りケネディ宇宙センターへ行く。わが宿舎、WDW・ドルフィンに向かい合って建ち、人気を二分するWD・スワンのロビーへ集合の後、ケネディ宇宙センターへ向け出発。 運転手兼ガイドは車中、スペース・シャトルの歴史やらエピソードを饒舌に披露してサービスしてくれる。基地内の見学は、バス・ツアーとなっており、最初のスポットはアポロのコントロール・センター、月着陸船イーグル号などを、短い映画とともに見せてくれる。その後、移動シャトル組み立てビルディングを車窓から眺めながら、スペース・シャトルを移動させる巨大なトランスポーターを見学。しばらく走ると太西洋に面してスペース・シャトルの2基の発射台があり、遠くから見るだけ。こうして太西洋をそばで見るのも初めての経験である。続いてサターンV型ロケットへと向かう。同ロケットは、全長111m、総重量2,812t、直径10mの巨大なもので、かつての米国の栄光をしのばせてくれる。いずれ近い内に日本初の女性飛行士、向井さんがここから飛び立つが、莫大な費用の一部として応分のものは日本が負担することになっている。ここで約2時間のツアーの締めくくりとなる。 昼食の後は、IMAXシアターで、視野を覆い尽くすばかりの巨大スクリーンに、NASAが撮影した素晴しい宇宙の映像“The Dream is Alive”が映し出されるのを息をのんで観る。宇宙飛行士しか体験できない光景が、こうして生の迫力でわれわれにも疑似体験できる。映画鑑賞後、早速にこの映像ビデオをギフト・ギャントリーで$30で求める。あわせてガイドお奨め人気商品の宇宙食と宇宙ブランケットを土産用に求める。寸暇を縫ってもうひとつガイドに勧められてポストカードをおもいおもいに認める。NASAの消印が値打ちもの。私は長男に宛て1枚投函。 文字どおり魔法のワンダーランドマジック・キングダム午後6時頃にはホテルに着いたので、折り返し休む間も惜しんでマジック・キングダムへ出かけることにする。足はホテル前からオーランドシャトルバスで向かう。乗車に際して、行き先を尋ねたりの三男の英語が結構通じるのに感心。開園時間は曜日によって異なるが、金曜日は午前9時から午後9時までとなっており、残りの2時間少々の勝負だ。同園は1991年に20周年を迎え、東京、ロサンゼルスとほぼ同じ内容だが、東京にはないアトラクションが10カ所以上もあるそうで、ガイドマップの事前情報に従い、拾い歩きする。 まずはトゥモローランドにあるジェットコースターのスペース・マウンテン。結構待たされた挙句にしては、乗車時間はあっという間だった。次にファンタジーランドにある「海底の2万リーグ」では、潜水艦クルーズは水面下1mも潜ってないのに、深海に潜った気分になる。気泡と効果音や水中特有の暗さのせいか。惜しむらくは、海中の魚たちがいかにも作り物という感じだったことだ。待たずに乗れそうなので「トード氏のでたらめ運転」にも寄って見る。フロンティアランドでは、並ぶのを覚悟で「ビッグ・サンダー・マウンテン」に、妻を残して次男、三男と挑戦する。待った甲斐があってスリルは満点。最終コースの水しぶきを浴びて滝を落ちる所なぞは、客の絶叫が谷に響き渡る。このシーンはばっちりアップでカメラに撮ってあり、後で有料サービスとなる。写真を見ると、次男など心得たもので、両手を挙げて様になっているのに反し、私はというと体はすくみ、前の手すりにしがみついて必死の形相ありあり。その瞬間はおそらく目をつぶっていただろうし、握りしめた手がぬれてたのは水濡れのせいだけではなさそうだ。最後はこのパークの外周を15分で回る蒸気機関車に正面ゲートの駅から一周する。ホームでは愛想をふりまく駅員に先程のビッグ・サンダー・マウンテンの写真を示し、次男と三男が何やら談笑。すかさずビデオに収めたと思いきや、後で回せば声だけ入らず。どうやらスペース・マウンテンに乗った時のショックで、マイクの接触が緩んでいたようだ。 最後の晩餐は少し豪華にとの思いもあり、弟、同息子、K君、U君とも合流し、隣のWD・スワンものぞいてみたが、これといったメニューがなく、歩き回って結局、WDW・ドルフィンにあるレストランでバイキングにする。明朝5時にはパッケージダウンとなっているので、11時過ぎからパッキング。 明けて早朝5時20分、外はまだ暗い。束の間のオーランドを楽しみ、ホテルを後にする。 フロリダはバカンスにゆっくり来るところしがない日本のサラリーマンにとっては、正味3日間の超駆け足のオーランド旅行はいたしかたなかったが、本来はゆっくりと、できれば1カ月ぐらいバカンスをとって行きたいところだ。多分、アメリカの人達はそのように過ごすのだろうな。仕事のうさを晴らし、煩わしいことを忘れ、自然に身をゆだねると、あとは童心にかえってとことん遊ぶために人々はここへやって来るのだろう。何かと物騒な米国にあって、一年を通じて気候は温暖、陽光はさんさんとあふれ、近くにリゾートがあって、海の幸と果物は豊富なフロリダ。 余談ながら、6月15日付けの日経新聞で春秋子は、『谷崎潤一郎が室町時代の「物臭太郎」を一例に、東洋には古くから「物憂がる」「おっくうがる」という心持ちがあり、物憂い生活に別天地を見い出し、楽しんできた』という意味のことを書いているが、室町時代ならずとも許されるものなら、この世のパラダイスのようなフロリダやハワイでのんびりとバカンスが楽しめたら、人間きっと生き存えることだろう。 平成6年6月15日記 |