受け取るべきでないモノを受くるは義にあらず  

 本稿の主旨:なぜ新自由主義だと上手くいかないのか。労働問題を扱うインターネット掲示板への投稿に加筆修正したものです。 戻る


 

 私の母方(旧姓)の家系を さかのぼると、源平の戦いの頃、源頼朝公が まだ無名の頃から彼に仕えていた家来の一人にたどり着く。

時は関東平定前、源氏と平氏のどちらに付くかで迷っていたある氏族が、源氏の負け戦となった石橋山の戦いで敵の味方だったことに頼朝の怒りが爆発。その領地を没収し、私の先祖にくれてやると言った。しかし先祖はそれを拒否。何故だと頼朝に問われた先祖はこう答えた。

「領地を得んと欲するは一族を養わんがためなり。されば家族ありし者の領地を賜るは不本意ゆえ、よろしく他の者に賜りますよう」

訳:「氏族が領地を欲しがるのは一族を養うためだ。家族がいる者の領地を奪うのも気が引けるから、その話は誰か別の人に持ちかけてほしい」

 もちろん、時の権力者に こんな不遜な物言いでは無かったろうが、「士は高潔を尊(たっと)ぶ。受けるべきでないものを受くるは義にあらず」と頑として拒んだため、結局 頼朝も日和った氏族の領地没収をやめ、その族長を許すことにした。 −無住道暁『沙石集』 *

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 武士の起源は諸説あるが、急激な気候変動によって作物が以前より取れなくなっての領地争いに端を発するとされる。しかし、その結果としての平氏の統治は、昔の大河ドラマで良くあるシーン、『乞食がヨロヨロ武士のキャンプで おこぼれを取りあっている』のが日常の一コマな、格差と貧困を生み出してしまった(ドラマを分かりやすくするためのオーバーな描写だったろうが、史実である)。

 源氏も旗揚げ当初は負け戦を喫するが、それでも周囲から助けの手が伸びたのは、『平氏にあらずんば人にあらず』(つまり人としてのまっとうな暮らしができない)とまで言われた格差への不満や 怒りを抱く勢力が 源氏を担ぎあげていたからだ。

 そんな時代背景があったのだから、もし私の先祖が主君のすすめに従って「これ幸い」とばかりに領地ゲットしても、スポンサーたちの目には特段とがめられるような事も無かったはずだ。

 しかし先祖は、それだと自分が他人の取り分を奪うことになってしまうから と、主君の機嫌を損ねても突っぱねた。なぜなら、自分の戦果の手柄でないのに他人の領地を手にすることは、目先の利益は得られても、後々領地を没収された側の遺恨が残ってしまうことを危惧したからだ(日本三大仇討ちのひとつが まさにそのケース)。巣林一枝、自分と自分の一族を養う以上の富は望まない。足るるを知っていたと言える。

 * もちろん、乱世の時代を美化するつもりは無い。頼朝に領地を取り上げられそうになった氏族は実は遠縁だった こともあったろうし、その時のアフターフォローに先祖は 記録に残る最初期の“親娘丼”を頼朝に振る舞ったりもするのだが(意味はおわかりだろう)ウチの家伝では、その辺くだりは ばっさりオミットされている。

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 ヒトの欲望には限りが無い。しかし、だからこそ その欲望にもセーブをかけねばならない時がある。それが『他人の取り分を侵蝕するおそれがある場合』『今だけ目先の利益でも、中長期的には国全体を疲弊させてしまう畏れのある場合』などである。

 この『引け際』を、欲やメンツに任せて踏み越えてしまうと、必ずや踏み込まれた側の恨みつらみが醸成され、いさかいやテロや戦争は近くなる。

 
 古来より、未開の地ですら盗みは悪と決まってる。そして盗みとは、単なる金品だけでなく、本来ほかの誰かが受けるべき権利や栄誉といったカタチの無いモノにもおよぶ。つまり、それらの対価を受けるべき人に与えず、自分に付け替えたりすることも 立派な『盗み』に相当する。このへんの倫理観は、今より昔の人の方が よほどシッカリしていた。

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 冒頭の『沙石集』が編纂されたのは、今から700年ほど前になる。では、もし今から700年後の未来人が、2014年当時のこの国の政(まつりごと)を評するとしよう、どうなるか?

 『21世紀初頭、かの国の政界/財界は、未曾有の激動期にあって 高潔を旨とする善政にて国民を導いていた・・・』と、評されるだろうか? 『当時のリーダー達は、前世紀の遺物だった政商や奴隷商には決して甘い顔などしなかったし、庶民が生きて行くのに必要最小限な生活物資にまで課税するなんてこともなかったし、任期の今だけ実態と食い違う株価の買い支えに国民の年金資金を投機に突っ込むようなリスキーな運用もしなかったし、隙あらば火事場泥棒する気マンマンな敵性国家の悪辣な揺さぶりにも毅然と対峙する優れた外交手腕を持っていた』・・・と、いう風に なるだろうか?

 それとも、『彼らは「コームインにあらずんば人にあらず」とばかりに自分だけイイ思いしようとお手盛り給与体系と、大赤字でも支給されるボーナス得るため大増税。男性には 何でもかんでも「自己責任! 自己責任!」と喧伝しては格差と貧困を放ったらかし、現代の奴隷商人の便宜をはかって かつてのエタ・ヒニン制度を復刻、共働きでないと食ってけない社会を招来し、女性には家事育児に加えて男並みに働けと性差を無視した男女共同参画を押しつけ少子高齢化を加速。お金だけにしか関心の無い新自由主義者を政治に招き、遠縁どころか自国民の汗の結晶までをも宗主国へ売り渡し、敵性国家の略奪にも指をくわえて見てるだけ(以下、自分で書いててゲンナリし、省略しました)・・・。にもかかわらず、当時の庶民は誰が見たって おかしいことを「おかしい!」と、声を上げることさえ しなかった』なんて書かれるのだろうか? 私たちの世代への侮蔑と怨嗟と恨み言とに満ちているのだろうか?

 ソレはダメだ。だから我々は今 声を上げねばならない。

 なぜなら近年、目には見えないが、より おおっぴらで悪質な『盗み』が、こともあろうに公僕と その取り巻き連中、選挙で選ばれたわけでもない財界のオピニオンリーダーたちの意向に沿って“合法的に”なされてきたからだ。彼らは既存の法律をねじ曲げて我田引水することさえ厭わない。

 この点で 我が国のリーダーたちは今や、鎌倉時代より劣化していることを重く受け止めねばならない。彼らに前述の『受け取るべきでないモノ』の判断だけでも付いてれば、いくら何でもココまで酷くはならなかった。もし彼らが、本当に『額に汗した人が報われる社会』を実現しようと思うなら、それとは全くアベコベの、必要以上に他の人の取り分を奪うようなことなどしないはずだ。さらに政府は、円に換えると損するからと、ドル建ての準備金で海外へバラ巻き、「いやぁーイイことをしたー」とご満悦の様子だが、当の納税者はそのカネもっと日本に使えと怒っている。

 しかも日本政府が差し出すカネを やんわり断り「お気持ちだけで結構です。総理、そのカネは どうかアナタの国で困っている人たちに使って下さい」、と、言ってのける外国首脳がタダの一人も出てないことにも驚く。そう、この病理は今や、日本政府だけに特有のモノではなくなっている

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 ときに 今、世界各国は再びテロの脅威に晒されている(らしい)。各国首脳は『テロの脅しには屈しない』『壊滅させる』と口を揃えて言う。

 だが考えて欲しい。テロリストがテロを起こすのはナゼだろう? 彼らがテロを起こさねば ならなくなってしまった原因は?

 それはひとえに“先進国”が、自分たちの利益や都合のために彼らの文化やイデオロギに土足で踏み込んだからではないのか?

 テロリストだって年がら年中テロを遣ってるわけじゃない。目出し帽脱ぎ、家に帰れば普通に家族が待っている。しかし日本の報道機関は宗主国・アメリカユダヤや媚中屈中フィルターが掛かっており、“テロリスト”たちが、自分と自分の家族の取り分を死守するための活動すらも絶対悪として報じられる。

 だから、ひたすら他人を喰いモノにしてきた側を擁護し、同じく喰いモノにされてきた自分たちの惨状も解らずに、「テロはダメだー」とテロリストに諭しても、それは彼らの心には響かないし解決にもならない。たとえば、目下シナの“民族浄化”に遭っている少数民族はどうだ。仏教国ゆえ指導者は僧侶、無抵抗なのでシナは彼らに遣りたい放題、今のままでは本当に漢族に乗っ取られ、遠からず地図からも消えるだろう。私はこの国にそうなって欲しくない。

 となると(テロを推奨するワケじゃないので誤解無きよう断った上で)我々外野がマスコミの報道だけでテロを絶対悪と決めつけるのには無理がある。正義の反対は悪というより、もう一方の側から見た場合の正義であるとも言われる。テロリストにしてみれば、彼らの行動は、自分たちの取り分を不当に奪われ、無視されて、黙殺されようとしている側の最終手段、命を張った異議申し立てかも知れないのだ。

 家族をお持ちの方にお尋ねしたい。あなたが働く理由は何だろう? それは家族の笑顔のためではないだろうか?

 では それを、何の権利があってのことだか わからんヤツに踏み込まれ、法に訴えても甘々判決、もしくはカネのニオイをかぎつけた大弁護団によって加害者が変な守られ方をされたなら、あなたは残り一生 心穏やかでいられるだろうか? では、あなたのその怒りが そのままテロリストの心境だったとしたら?

 安全圏に居てる人というのは、客観的な見方はできる反面、まるで他人事のような評価や言動をするので反感を買いやすい。一方で、向こうは家族やイデオロギのためなら自らの命を投げ打つ覚悟を持っている。今だけ儲かればと武器商人とつるんで一儲けしようとしている側こそ責められるべきなのだ。


 そしてさらに今、世界は再び疫病の脅威にも晒されてもいる(らしい)。しかし命の危険も顧みず現地へ向かった医師団も常に歓迎されたわけじゃない。なぜなら現地人に「彼ら白人こそが病気を広めてないか?」と疑われ、攻撃されてしまった医療従者達がいるからだ。そのため「そんな学のないドジンなんか もう放っておけよ」という人もいる。

 だがこれも考えて欲しい。彼らが白人を疑ってかかるのはナゼだろう? 彼らが白人を疑ってかからねばならなくなってしまった原因は?
 
 これもひとえに白人が、アフリカ諸国に踏み込んで、現地の人が当然受けたり活用したりするはずだった富や権利、鉱物資源や人的資源を収奪してきた結果ではないのか。だから警戒されるのだ。しかも植民地時代の白人は、より都合よくアフリカ人から搾取するため、彼らに教育を施さなかった。だから日本の小学生なら知っている病原体の知識すらアフリカ人の多くは持ってない。“先進主要国”は その結果を今、身に受けようとしている。

 これもまた、自分たちだけイイ思いしようと、受け取るべきでないモノを受け取って、食い散らかした者どもの残した歪みのツケ回しだ。しかもそのツケを、子孫であるという理由で関係ない後代の善意の人が被害を被っており、二重に悲惨である。

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 強欲が国境を越えて他の人の取り分を奪ってしまった例はまだある。十数年前スマトラ沖で発生した地震と大津波で破壊された海岸線沿いには、昔ながらの自給自足で生活している人々がいた。ところが、震災後、復興の名のもと外国資本がリゾートホテルを建設するにあたって、それまで現地の人たちが海の幸を得ていた場所を立ち入り禁止にしてしまったのである。当然ながら 現地の人たちは たいへん怒っている。

 外国資本にしてみれば、被災国の政府が、復興を加速させるための呼び込みに応じて 現地の雇用を『創出』し、さらに観光誘致で儲けることも できるのだから一石二鳥と思っただろう。

 しかし、今まで漁業を営み、浜辺で貝ひろって糧を得ていた人たちは、自給自足の生活から突如、貨幣経済へと否応なく組み込まれ、ホテルの従業員となって接客業に転身してカネというモノを稼ぎ、オーナーの資本家を儲けさせねば今まで自由に得ていたモノの何ひとつとして手に入らない状況に陥ってしまった。もちろん、そんなこと 現地の人たちは望んでいなかった。だから怒っているのだ。

 消費税増税と円安でどんどん薄くなっていくチョコレートもそうだ。海外資本の経営するプランテーションでカカオ豆を栽培している人たちは、一生チョコレートを口にすることがないという。だがそれってどうなのか。かように新自由主義崇拝に基づくキャピタリズムは、とうとう こんな不条理まで日常の一コマにしてしまった。しかし異常が常態化したところで、それが正常になるわけではない。

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 では、これら負の連鎖を断ち切るにはどうすればいいのか? 取り過ぎた側がブクブク肥え太る一方で、取られ過ぎている側が 自分たちの労働の対価を満足に得られていないなら、それは既に健全な国際“競争力”とやらの範囲をブチ抜いて、明らかに間違った方向へと進んでいると言わねばならない。この異常事態を終わらすための とっかかりはどこにあるのか? 答えは実は既に出ており、取りすぎた側の再分配、傾斜配分の是正しかない。だが人間贅沢を覚えたら、生活レベルを下げることはなかなか出来ないモノだ。そんな時、最終手段としての革命や下克上が起きてきた。だが そうなってからでは遅いのだ。

 もしあなたが、自分の受け取る以上のものを受け取る機会があったとしよう。しかしそのことで、誰か他の人の暮らしや権利や機会を圧迫し、失わす畏れがあるとしたら? 知らぬ存ぜぬでちゃっかり受け取ってしまうだろうか。それとも 他の人が取られ過ぎない取り過ぎない手立てを別途考える(もしくは諦める)だろうか? その時の対応で、あなたやあなたの属する組織や国の真の価値が試されよう。『受け取るべきでないモノを受け取る』人が多勢になるということは、じゃぁ「俺も俺も」ということになってしまってモラルハザードが地滑り的に発生し、正直者がバカを見る世の中になってしまう。というか そうなりつつある。だからコレにまずブレーキを掛けねばならない。

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 私の先祖はカタチある財産を何一つ残さなかったが、上記諸々を考慮するにあたっての重要なヒントをこの国に残したと信じたい。
しかし遺産も未来の誰かに活用されなきゃ持ち腐れ、手前ミソながら あまりにあんまりな政の惨状を見かね、この機会に蔵出しすることにした。

2014/11/13


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