7月11日(日)

 「7時25分だよ…」叔母の声であわててベッドからはね起きました。この日は9時からハバロフスクの市内観光に行くことになっていて、7時45分に朝食に行く予定でした。いつでも6時には目が覚めるはずの叔母の体内時計も、前日再び時計を2時間進めたら狂ってしまったようです…
 9時過ぎにヴァロージャとガイドのゴーシャが到着。外に出てみるとすでにかなり暑い…「今日は34度になるそうだよ」とヴァロージャは言いました。まずアムール河がよく見える展望台に行って、雄大な河の景色を堪能。そのあと車で少し移動して第二次世界大戦の犠牲者の慰霊碑、労働戦士を称える記念碑、(勲章がたくさん飾ってありました)そしてスパソ プレオブラジェンスキー大聖堂へ。この日は日曜日で、ちょうどミサの最中でした。今まで無事に旅を続けられたことへの感謝をこめて、ここでろうそくを買って奉納しました。ミサの終わりの方で神父さんが信者さん一人一人に祝福を与えるのですが、祝福を受けていた人の中に何人か迷彩服を着た兵士の姿が見えました。みんな悲痛な顔をして、中には泣いている人もいました。これからどこかの戦場に行くのでしょうか…私が思わずゴーシャの方を振り返ると、彼も深刻な表情で兵士たちを見ていました。

      
           アムール河 ロシアの河はどこも本当にスケールが大きい                      大聖堂の前の広場で  

 車に戻るとヴァロージャが冷房をつけて待っていてくれました。この日も気温はぐんぐん上がり、すでに30度はありそう…車内が涼しいのはとても助かりました。ヴァロージャは風貌はちょっと怖いけど、とても細やかな心遣いができる人なのです。
 再び車を走らせて今度はレーニン広場へ。ここにある噴水はハバロフスク市民の自慢だそうで、前日ヴァロージャも「10時くらいになったら噴水が始まるから見においで」と言っていました。しかし もう11時を過ぎているのに噴水は止まったまま…この噴水を私達に見せたかったらしいゴーシャもがっかりしていました。広場の横にあるハバロフスク医科大学は札幌医科大学(父の母校)と姉妹校のようになっていて、現在も留学生が札幌に行っているそうです。ゴーシャは札幌から教授が来た時も通訳を務めたそうで、父と話がはずんでいました。
 12時過ぎに観光を終えて、ゴーシャおすすめのロシア料理店「ルースキー」へ行くことに。歩いても行ける距離ですが、「今日は暑いから大変だよ」と言って同じ方向へ帰るヴァロージャが送ってくれました。みんなロシア料理にもすっかり慣れて、またまたボルシチ、ペリメニ入りのつぼ焼き、黒パン(ここが一番おいしかった)、サラダ、誰もお腹をこわしたり、食欲が落ちたりすることなくここまで来られたのは有難かったですね。
 食事のあと 腹ごなしを兼ねてまたムラヴィヨフ アムールスキー通りの前日とは反対側を散歩。私はもう一度ハバロフスク駅を見たかったのですが、あまりにも暑いのであきらめて、アムールスキー並木道の方へ曲がって公園の中を歩きました。アスファルトの通りより土の上の方が楽です。
 ホテルで一休みしたあとまだ時間があるので、すぐ近くの赤軍博物館へ。赤軍の誕生からさまざまな活躍を豊富な資料で展示してありました。ここで私は30ルーブル(約90円)払って撮影許可証を買ったのに、(写真撮影は別料金なのです)解説の軍事用語があまりにも難しく、必死で読んでいるうちに写真を撮るのをすっかり忘れていました。屋外には戦闘機、戦車、大砲なども展示してあり、戦記物大スキな私はすっかりハマってしまっていたので、本当に残念でした。
 そして出発前からここだけは行っておきたいと思っていた極東美術館へ。朝からずっと見学づくめでそろそろみんな体力的にも限界…ここはもう少し余裕を持って見たかったですね。
 館内では結婚式をやっていて、新郎新婦は美しい館内をバックに記念撮影中…出口のところに新郎新婦の友人たちが並んで待っていました。(係の人はあまり快く思っていなかったようです)そこへ見学を終えた私が顔を出したので皆びっくり…
 「ウラー(万歳)!」と祝福された私は大爆笑しながらそこを通り抜けました…
 これで見学はすべて終了です。

    
       ホテルのロビーにて、トラちゃんと記念撮影                          アムール河に沈む夕日

 夕食は もう外に食べに行く元気はなかったので、ホテルの地下の韓国料理店「コリア ハウス」へ。前日の「ユニハブ」が良くなかったのでみんなドキドキしていたのですが、味はとても良くみんな大満足で食事を終えました。ただ 大変だったのはメニュー…韓国語をロシア語表記してあるので何が何だかわからず、ウェイトレスにいちいち「…はどれですか?」と聞くハメに…
 翌日は朝6時出発なので、夜のうちにデジュールナヤ(各階にいて客室のお世話をしてくれる女性)が朝食を届けてくれました。 早く起きなければならないので、さっさと荷物を片付けて早々とベッドの中へ…しかし 下のアムール河の岸辺でいつまでも誰かが騒いでいて(花火も…)ほとんど眠れない…




     7月12日(月)

 外は一晩中うるさくて、アタマにきた私はついに3時に起きることに…本を読んだり、携帯でメールを見たりしながら時間を過ごしました。もうこの日は帰る日だし、早い時間に帰れるのであとで寝れば良い、と思っていました。5時に両親と叔母は朝食を食べていたようでしたが、飛行機の出発は8:15なので、私は機内食を朝食に充てれば良いと思って食べないで出ることにしました。
 6時にヴァロージャ到着、さすがに眠そう…朝早いので、渋滞もなくスムーズに空港に着きました。ヴァロージャにお別れを言うと、いよいよ帰るんだな、という実感が湧きました。
 しかし…
 空港の扉はまだ閉まっていて、人が並んでいました。でもまだこのときは扉が開けばスムーズに飛行機に乗れるものだと思っていたのです。
 ようやく扉が開いて中に入れたのは7時過ぎ…そこで私達の目に飛び込んできたものは…
 ウラジオストク航空8829便 成田行の便の出発時間は10:15に変更になっていました。そしてその後更に訂正されて11:00に…聞くところによると北京の方に大きな台風が来ていて北京からの便が遅れているためだということでした。
 しまった…
 これだけ遅れると予約してあった成田から新千歳行の便(11:00発)には間に合いません。かつて成田→モスクワ線で8時間遅れを経験した私も、ここは近距離だから大きな遅れは出ないと思っていました。
 迂闊でした…
 私はまず携帯からJALのサイトにアクセスして予約してあった便をキャンセル。5月から予約してあった安いチケットで半額以上のキャンセル料が発生しましたが、乗り遅れて全額払うよりはまだマシです。そして後続の便に空席があることを確かめました。しかし また更に遅れるかも知れないので、予約は成田に着いてからすることにしました。もし空席がなければ羽田まで行けば何とかなるだろう…
 あとは空港の待合室で延々と待つことに…
 次第にお腹が空いてきました…私だけ朝食を食べていないのです。8時から営業と書いてあるカフェは9時になっても開く気配もありません。売店も閉まったまま…あちこち探すと待合室の隅っこに水、コーヒー、チョコレートなどを売っている自動販売機が…ロシアで自動販売機を見たのはこれが初めてでした。(写真を撮りたかったのですが、「撮影厳禁」と大きく書いてあったのであきらめざるを得ませんでした)とりあえず水だけ買ってカバンの中にあったチョコレートをボリボリかじって、まだ何かないかとゴソゴソ探していたら…
 カロリーメイトが…
 あんなにカロリーメイトが有難いと思ったことは初めてでした。ゲンキンな私はこれで元気を取り戻し、チェックインと出国審査に臨みました。
 更に遅れが出なかったのはラッキーでしたね。結局11時を10分遅れて出発。成田に着いたのは定刻より3時間20分遅れの12:15(日本時間はハバロフスク時間マイナス2時間)でした。
 ずっとロシア語ばかり聞いていたせいで、空港の日本語のアナウンスに凄い違和感がありました。ここで14:40発の新千歳行を予約し直し、ロシア語から解放されて気が緩み、道中眠りまくって札幌まで帰り着きました…


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