7月5日(月)

 朝 目が覚めるとヴャーゼムスキーの手前まで来ていました。昨日ウラジオストクで買ったパン、ハム、野菜類、トマトジュース、ヨーグルトと充実した朝食。
 10:59 ハバロフスク着、ここは30分停車なので、近くのお店に食糧を買いに行くことになりました。キオスクを探したのですが見当たらず、(多分探し方が悪かった)結局駅前のスーパ−マーケットへ。お店探しに手間取ったため 発車時間ギリギリに列車の戻ることになり、例の車掌のオジサン(名前はアナトーリ)に叱られることに…結局2つめのオブルチエ(16:09着)で降りるときには「15分停車だから気をつけなさい」と釘を刺される始末…
 ハバロフスクを過ぎたあたりから 私がもっとも見たかったシベリアらしい荒涼たる景色が広がってきます。おそらくこのあたりは寒すぎて木も育たないのでしょう。背の低い灌木がところどころ見えるだけの湿地帯がどこまでも続いています。

    
         朝ごはんはこんな感じです           いつまでもこういう景色が続く…

オブルチエを出発したところで モスクワとの時差が6時間になり、時計を1時間戻しました。この日は1日を25時間で過ごすことになるのです。
 昼食は食堂車へ行こうということになり、何号車かわからないので、車掌室へ聞きに行くと、前日から「食堂車へ行ってごらん」と言っていたオジサンは喜んで教えてくれました。
 注文したのはボルシチ、ビーフステーキ、鶏肉のグリル、パン…どれもとてもおいしくて(特にボルシチはこの旅行中に食べたどこのレストランのものよりおいしかった)、サービスも良く大満足で部屋に戻りました。ただ 食堂車は5号車だったので、私達の13号車から遠いのが難点でしたけど。
 車掌室に行って「味もサービスもとても良かった」と報告すると「すべてうまく行ったの?」としつこく聞かれました。そのときは ずいぶん心配しているんだなあ、としか思わなかったのですが、この謎は次の日に解けることになるのです。
 お昼にたっぷり食べたので、夕食は日本から持参した乾燥おにぎりやハバロフスクで買ったパンなどで済ませることに。
 20:31ベロゴルスク着。ここで30分停車、機関車の交換があるのでカメラを持って列車の最前部へ。しっかりカメラにおさめました。この列車には客車の他に荷物車や郵便車も連結されています。広大なロシアで鉄道は今でも輸送の重要な手段となっているのだということに改めて気づかされました。

     
     ベロゴルスク駅 きれいな色の駅舎です              機関車交換風景

シマノフスカヤとトィグダの間のウシュムン(ロシア号は通過)の駅構外に無数の機関車が捨てられているところがあると「地球の歩き方 シベリア鉄道とサハリン2002年版」に書いてあって、それをぜひ見たいと思っていたのですが、時刻表を見るとシマノフスカヤ発が23:08…いくらサマータイムでも無理だなあ、と思ってあきらめて寝ることに…でもベッドに入ってもあきらめきれず、あー機関車が…と思っているうちに眠りに…



   7月6日(火)

眠っている間に列車は約700キロ進み、朝起きたらウルシャを発車するところでした。保存食糧で朝食、まだまだ充分すぎるくらい残っています。でも 保冷剤はもう温かくなってしまって、冷蔵庫の用はなさなくなっていました。
 顔を洗いにトイレに行ったら車掌のオジサンにばったり…「よく眠れた?」と聞かれました。もう一人の車掌エレーナ(この人は女性、最初サンダルが廊下に出ていると叱られたのですが、彼女もとても親切にしてくれました。英語が上手だったので、外国人の私達のいる車両の担当になったのかも知れません)と12時間交代のはずなのに、いつ行っても出てきてくれるので、いったいいつ休んでいるのだろうと思ってしまいます。本当にハードな仕事です。
 9:02 エロフェイ パーヴロヴィチ着、ここで21分停車だったのですが、まだ朝食が終わっていなかったので、ここで降りるのはあきらめて、次のアマザル(11:13着 20分停車)で水を買うためにこの日初めて降りました。キオスクは短い時間で食糧を買い込む人で混雑するので緊張します。モタモタしていると買えません。ほとんど怒鳴るようにして欲しいものを言わないと聞いてもらえないので大変です。あと 地元の農家の主婦らしき人が野菜やピロシキを売っていましたが、暑かったのでピロシキはパス、(何といっても食中毒がコワイ)野菜はウラジオストクで買ったものがまだたくさん残っていたので、結局何も買いませんでした。あまり裕福そうには見えなかったので、買ってあげようと思ったのですが、余って荷物が更に重くなると大変だったので…

  
  
       アマザル駅に停車中の我がロシア号                モゴチャ駅舎

 13:07 モゴチャ着。隣の部屋に アンガルスク(イルクーツクの隣町)に住んでいてバイカル湖のオームリ(サケ科の淡水魚、とてもおいしい魚です)をロシア全土に売る商売をしている人が乗っていて、話をするようになり、彼と一緒に降りました。「バイカル湖は本当に素晴らしいので、ぜひ見て帰りなさい」としっかり営業していました…
 18:48 チェルニシェフスク ザバイカリスキー着 ここで30分停車なので、私はヨーグルトが食べたくて探しに降りましたが、キオスクでも駅舎の中のカフェでも売っていなくてがっかり…夕方になってもとても暑く、大きな蚊が飛んでいました。イルクーツクやバイカル湖にもこんなのがいるんだろうか…電池式やバッグにつける蚊取りを持ってきたのですが、はたして効くのだろうか…不安になりました。
 この日は夜 食堂車へ。前日は荷物を見張るため 母が部屋に残って父と途中で入れ替わったのですが、皆で一緒に行きたいよね、ということで車掌室に行ってオジサンに鍵を閉めてくれるように頼んだら、すぐに来てくれて鍵を閉めてくれ、「心配しないで食事を楽しんでおいで」

    
    チェルニシェフスク ザバイカリスキー駅舎           食堂車で。右は叔母

 私達の13号車から食堂車までは7両を越えて行かなければなりません。2等車の車両は廊下を通っていけば良いのですが、問題は3等車…通路の横にベッドがびっしりと並び、寝転んでいる人…おしゃべりをしている人…今にも手が出てきてハンドバッグをひったくられそうです…焦った私は超早歩きで3等車を通過…その後に3人が慌てふためいて続くという図は相当奇異に見えたと思います。最後尾にいた母は、3等車のポールにつかまりながら進んでいたら、まわりから「イポンスカヤ(ロシア語で日本の、という意味)ニンジャ!」という声が飛んだそうです。そのとき私は気がつかなかったのですが、食堂車に着いてから聞いて大爆笑…以来 母は忍術を使うということになってしまいました…
 食堂車で食事を楽しんでいると、いきなり酔っぱらった変な男に話しかけられました。「あなたにご馳走したい」などと言っていましたが、話を聞いているとどうもたかりのようです。モスクワで一人で食事をしているとき何度かこういうことがあったなあ、と思い、何と言って断ろうかと思っていたら、ウェイトレスがやんわりと追い払ってくれてとても助かりました。まさか親と一緒に食事をしていてこういうことになるとは思っていなかったので唖然…やはり油断は禁物だと思いました。
 前日車掌のオジサンが「食堂車は大丈夫だったの?」としつこいほど聞いていたのは、こういうことを心配していたのだとわかりました。結局 このことはオジサンには言わなかったのですが…
 この日の昼間から 我が13号車の左側のトイレの鍵の調子が悪く、よく中から開かなくなっていたのですが、夜になってますます調子が悪くなり、父も私もトイレから出られなくなる羽目に…父が出られなくなったときは2つ隣の部屋のロシア人女性が私に「トイレが開かないから早く車掌室へ行って」と言うので、またまた車掌室に走ったのですが、このときはあいにく誰もいませんでした。結局父は何とか自力で脱出したのですが、そのあとこの女性の夫君(どうやらエンジニアらしい)が、鍵をガチャガチャさせていたかと思うと私に「半分だけ鍵をかけなさい」と教えてくれました。やれやれ…
 食堂車での一件とやっぱり恐るべきロシアのトイレ事件ですっかり消耗し、このあとすぐにベッドの中…



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