ロシアだより 2006


  9月10日(日曜日)

 JAL441便にて定刻より少し早く8:00p.m過ぎ(モスクワ時間) モスクワ シェレメチェヴォ2空港に到着。9時間半の機内の半分以上眠っていたため、とても早く着いてしまったような気がしました。
 地下鉄ベラルースカヤ駅近くのアパートを1週間だけ借り、初めてのモスクワでの自炊生活が始まりました。と言ってもほとんどレッスンの行われるモスクワ音楽院附属アカデミー(以下アカデミー)にいるので、作るのは朝だけなんですけど…
 アパートは10畳強のリビング兼ベッドルーム(天井が高いので日本の家より広く見えます)、ダイニングキッチンが8畳くらい、トイレとバスルーム(バスタブが本当に大きかった!)、一人には充分過ぎるくらいの広さで,、冷蔵庫、電子レンジ、食器、鍋類もついています。
 夜到着したためとても寒く(多分10度以下)、冷たい雨が降っていましたが、アパートはとても快適で寒くなく、初日からぐっすり眠りました。


  9月11日(月曜日)

 今日からレッスン開始。12月9日のリサイタルの最初に演奏するチャイコフスキーの「18の小品 作品72」からみて頂きました。
 モスクワ音楽院附属アカデミーのタチヤーナ ニコラエヴナ ラーコヴァ先生と最初に出会ったのは2001年8月、札幌国際音楽セミナー(モスクワ)に参加したときでした。厳しいけれども 私が更に成長できるようにあらゆる方面から手を貸して下さるレッスンに(そのかわり 要求されることのレヴェルの高さも凄いものです)ひかれ、以降リサイタルのたびに彼女のところに通うようになりました。
 チャイコフスキーの小品は 日本ではあまり演奏されることのないものですが、どれもニュアンスに満ちた美しい曲ばかりです。一つ一つの音に意味を持つように、イントネーション、ニュアンス、コントラストなどあらゆることに関して細かく直されました。無意味な音は1音も出してはいけない…子供の頃から言われてきたことがこんなに難しいことだとは、思っていませんでした。


  9月12日(火曜日)
 今日のレッスンは、チャイコフスキーの続きとストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」からの3楽章。
ズバリ 技術的なことを指摘されました。どんなに難しいテクニックの箇所でもメロディー、内声、伴奏がきちんと分けられるように、何度も何度もやり直しです。
 モスクワ滞在中の自分の練習は、学校使用料を1日20ドル払って 空いている部屋を朝8時から夜9時まで使って良いことになっています。こんなに自分の練習に打ち込めることは、日本では滅多にありません。今日は 朝から晩までレッスンを含め9時間近くピアノに向かっていたことになります。
 ベラルースカヤのアパートに帰り着くのは、大体夜10時過ぎ。(一度ひどく迷って1時間ばかりレースナヤ通り近辺をさまよいました)人通りもあまり多くなく、怖くないと言ったら嘘になります。だから
街の中では つとめて慣れた道を歩いているように振舞っていました。ただ そのあまりの態度のデカさで、(自分では見えませんが多分)しょっちゅう人に道を聞かれています…


  9月13日(水曜日)
 朝 前在札幌総領事ワシーリー サープリン氏のモスクワ市内の自宅に電話したら、タチヤーナ夫人(2年前まで私のロシア語の先生でした)が出られて、何とこれから私の家にいらしてくださるとのこと。大急ぎで万年床(ソファの上に布団を敷いて寝ているのです)を上げ、お茶菓子を買いにベラルースカヤ駅まで走り、約束の時間にすべりこみセーフでした。
 初めて 電話でロシア語だけで時間の約束をしたのでドキドキだったのですが、タチヤーナ ゲオルギエヴナ(サープリン夫人のロシア語での敬称)は無事到着。お花とチョコレートを持ってきて下さり、ロシア語と日本語(タチヤーナ ゲオルギエヴナはとても日本語が上手なのです)なつかしい話に花が咲きました。現在はモスクワで開かれる「日本の聖ニコライ展」(東京のニコライ堂の名前の由来となったニコライです)をモスクワで準備中とのこと。これは10月24日から12月31日までのため、残念ながら私は見に行けません。もし この時期モスクワにいらっしゃる方は、ぜひ訪れてみて下さい!場所は バリシャヤ ニキツカヤ通り1 聖タチヤーナ教会の中です。
 
 午後 練習しにアカデミーへ行ったら、練習室は満室。ずっと待っていたのですが、ついに練習室は空かず、何も練習をしないで いきなりレッスンでペトルーシュカを弾くハメになりました。(かなりキツかったデス)どうも この日の練習室は特別混んでいたようで、試験用のホールでのレッスンだったのですが、タチヤーナ ニコラエヴナ(ラーコヴァ先生の敬称)さえも途中で出されてしまったほどだったので。
 日本のように 誰はどこの部屋というように 事前にきちんと決まっているのではなく、どうもいきあたりばったりのようです。そこがロシアだと言ってしまえばそれまでなのですが、彼らはそれでも きちんとやるべきことをこなしてしまうのです。そのバイタリティーは見習うべき。
 そういえば 前回(2003年)も訳がわからず、(多分私のロシア語が未熟なため)練習室を追い出されて、あきらめて帰ってきたことがありましたね。


    9月14日〜9月17日の日記

    感じたこと…いろいろ

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