国鉄(インチキ)誌上展-1
吉都線のC15



「バルチック型」。テンダー機においては「ハドソン型」と称する2-C-2の軸配置は、タンク機に限ってはこう呼称されていた。

D51を母体とする短距離ランナーC15の最後の活躍の地は南九州であった。昭和43年の時点で一門僅か6両に減ってしまっていた同機は、それでも暫くの間、吉都線や肥薩線の旅客列車、貨物列車の牽引に活躍する。
ごく近くに有名な大畑越えが控えている為であろうか、多くのファンは見栄えのする重装備D51重連に引き寄せられ、吉都線や湯前線沿線には、余りカメラマンの姿を見る事は無かった。

この絵は昭和45年秋、もう余命半年に限られたC15最後の活躍の姿である。かつて特甲線において最高時速95kmの俊足を以って鳴らしたその足も、乙線級の同線では哀れになる程ゆっくりとしたものであった。

バック運転で小貨物列車を牽く「重バルチック」C15。

これが見納めであった。



吉都線小林-広原間・昭和45年10月26日