俺々架空鉄道探訪

俺々害吉鉄道一つ話  「気まずいまま列車に乗ってどっかへ行こう」







体育館。俺は両腕に「原油が一杯入った」バケツを持って立っていた。

俺のすぐ脇では、ジャージを着た体育の教師と、白衣を着た化学の教師が厳しい顔をしている。


「ようし、始めっ」


だしぬけに体育教師が号令を掛け、ホイッスルを鋭く吹いた。それと同時に俺は両腕をゆっくり回し始めた。


「遅い! もっと速く!」


俺はバケツの重みで抜けそうになる腕を宥めながら、精一杯両腕を回転させた。

これは遠心力の実験なのだろうな、とボンヤリ考えていると、


「そんなんじゃダメだ! もっと速くもっと速く! 腕が抜けたって構わん、どうせお前の腕だ」


無茶苦茶な事を言いながら、体育教師はハッパを掛けた。化学の教師は相変わらずしかめっ面をしたまま俺を睨んでいた。

どうやらこれはタダの遠心力の実験ではなさそうだ。

原油を高速回転させる事で遠心分離現象を起こし、上澄み=軽油、底の物質=重油を取り出そうとしているのかも知れなかった。そう言えば体育館の床には大小二つのエンジンが置かれている、きっとそうに違いない。

そこまで理解しても、二人の教師は中々終了の合図を出してくれない。もう肩は限界で、背骨から腰骨まで激痛が走っている。文字通り腕は抜けそうだった。

化学の教師がしかめっ面のまま、体育の教師に頷くのが見えた。しめた、終わりだ。


「ようし、終了!」


ホイッスルが鳴った。ほっとして腕の回転運動を徐々に止め、二つのバケツを体育の教師に手渡すと、俺はその場にへたり込んだ。

そんな俺に目もくれず、化学の教師は床に置かれたエンジンを覗き込む。体育の教師は教師で何処かから板を二枚持って来た。いよいよ実験が始まるのだな、少し楽しみだった。

実験らしい事は始まらなかった。教師達はエンジンの上にそれぞれ板を敷いて腰かけた。そして科学の教師が、銀色のスプーンでバケツの中をまさぐっている。

やがてバケツの底の方から、白くて丸い、ツルンとした、何だか白玉か杏仁豆腐のようなモノを掬い出して来た。


「ほおう・・・これは中々のモノですね」

「先生、イケそうですか?」

「良く出来ましたねえ。いやあ、僕は化学を教えて30年になりますけど、これが楽しみで楽しみで辞められないんですよ、グヒヒヒヒ」

「ちょっと、私も、良いですか、先生?」

「ええ、どうぞどうぞ、遠慮なさらずに」


二人の教師はそんな事を言いながら、石油から掬い出した白玉を、ズルリ、ズルズルと食べ始めた。スプーンで掬うのが面倒になったか、化学の教師は素手で石油をかき回している。


「へえ、美味いですね。ちょっと油っぽい感じがしますね」

「今日は回転が遅かったからこうなったのでしょう。もっと速く回転させると油気がちゃあんと抜けます」


楽しそうに食べ、話している二人の眼中には、もう俺の姿は無かった。帰って良いとも言われないまま、中途半端に床に体育座りする俺。

そんな昼下りには、害吉鉄道に乗って朝鮮へ行きたくなる。

変か? 変ではない。君だって教師の監視のもと、原油が入ったバケツを長い間振り回してみると良い。きっとそう思う筈だ。

嘘だと思うならやって見ろ。