兎が生き返った







印刷工場の中で飼っている兎に餌をやろうとしたら、兎小屋の扉が開いていて中は蛻の空だった。

探していると件の兎は輪転機の下で倒れていて、


「おいッしっかりしろ!」

「小隊長殿、無念であります。じ、自分の分までどうか、どうか…」

「おい! 小野塚、小野塚ァッ(誰だ?)」


私に「小野塚」と呼ばれた兎はガックリ首を落とした。

一抱えもある黒兎の亡骸を抱き上げていると、間も無くシュルシュルと縮み始め、ついには左手をすっぽり覆う「兎皮の手甲」になった。その様はあたかも左手が黒兎の指人形になったようにも思えた。

そうすると右手が淋しいので、ダスキンの付替え用モップ(黄色いヤツ)を被せてライオンに見立て、指人形芸をする羽目になった。何となく私の周りに高齢者が集まって来ている。


左手「ライオン君、こんにちわ」

右手「バカヤロ…ウ、俺ぁライオンじゃぁ…ん…ねぇ、はや、はや、林家ァ、ひこひこ、彦六だぁな」


等とやっているとそれが高齢者には割合にウケ、前列の婆さんが何か食べ物のような物を投げてくれた。それを兎の左手でキャッチすると突然兎は生き返って、元の大きさに戻った。

あぁ、良かった、生き返った、と思っていると、兎はバツが悪そうに兎小屋へ入って行き、大きな屁をしてふて寝を決め込んだ。

私はと言えば右手に相変わらずモップを嵌めたまま、銀座四丁目の角に立っていた。

すれ違う人が右手を不思議そうに見るので気恥ずかしくなった私は、苦し紛れに右手のモップで電話ボックスのガラスを拭く振りをして軽くお茶を濁す事にした。