お方様







大名の江戸上屋敷。大広間に手のひら程の大きさの半纏が、膝くらいの高さの支柱に結び付けられていた。

それは「病気で瀕死の藩主」の枕もとに立っていて、殿の加減が少しでも快方に向かえば半纏が上がり、逆に悪化すれば半纏は下がる。下がりきったら殿の命はそこまでと言うルールだった。

その半纏を挟んで二人の重臣が睨み合っている。お互い目を見開き、果し合いのような緊張感でその辺を凍りつかせていた。

その藩はお家騒動の最中で、一方の重臣は今の藩主に長生きして貰いたい派閥の代表。もう一方は先君の妾腹の子を擁立したい派閥の代表。双方とも相手の隙を見て「半纏を勝手に上げたり下げたりする」了見のようだった。

すると、突然襖が開いて尼僧姿の藩主の母が現れ、そこにいた三人(二人の重臣ばかりでなくついでに藩主まで)の胸倉を掴んで張り倒し引きずり廻し、怒りの形相で鋏を取り出して例の半纏を2つに切り裂いた。そして2つになった半纏を二人の重臣に投げつけながら、


「ほら、これをやるから喧嘩なんかするんじゃないよ!」


と言い凄い目つきで一同を睨むと、再び襖の奥へ消えた。藩主は蒲団の上で「く」の字になってぐったりしていた。