滑る







日本庭園の中に赤い毛氈が張られた高いひな壇があった。

靴を脱いで壇に一歩上がると、何だか左のかかとが涼しいので見た所、靴下に大穴が開いていた。驚いて右足を見るとこちらも穴が開き、親指と人差指(足の指で人は指さないにしても)が見事にはみ出して伸び伸びとしていた。

事ここに至り、私は急に思い出した。私は一体何をしでかしたものか、さるやんごとなきお方から「たすきのような物」を下し置かれる事になっていた。正面を見上げると既にひな壇の一番高い所には畏れ多くも
上御一人が御出座あらせられ、私が登って来るのをお待ち遊ばされている様子だった。

ここから猛烈な勢いで頭を働かし、当座の危機を回避しようと努めた。

①:先ず電光石火左足を持ち上げ、靴下をグルっと回転させる、そうすると穴は足の甲に来るので、ズボンの裾に隠れて目立たない。
②:次いで右足の靴下を思い切り引っ張り、たるんだ部分を足の指で挟めば穴は隠れる。
③:但しこの方法を採用した場合非常に歩きにくい。

穴を再び表に出さない為、両足の裏を床にベッタリ付ける歩き方をしながらお上の前に進み出て、深くお辞儀をしたまま両手を差し伸べた瞬間、


「足をどうされたのですか?」


とご下問があった。私は事前のレクチャーで侍従から、


「お上よりご下問ある際は、即答なさいますように」


と言われたのを思い出した。総身から悪い汗が迸る。

又もや頭脳は火花を散らせた。咄嗟に


「えぇ、ちょっと怪我を致しましたので…」


とウソを言おうと思ったが、さて。



一寸待て! 相手はゴミの出し方が悪いの何のと言ってくる町内会長なんぞとは訳が違うんだぞこの国最高の紳士なんだぞ知らずやここに二千年なんだぞおいしっかりしろ! ウソなんか吐いて逆臣になりたいのか朝敵の汚名を着たいのか!


だってさ、靴下の穴の話を正直にしたら、斯様な不体裁な格好でなんて、ご不快の念を起こさせたくはないじゃん! 御宸襟を安んじ奉るのが忠臣の道ではないかそうではないかどうせこちとら余り忠良なる臣民じゃないけどさ!



答えに詰ってウーウー唸っていると、待ち草臥れたものかお上は遂に手ずから「たすきのような物」を下し置かれた。