熱士郎さん







仕事の事で「熱士郎さん」と言う人と待ち合わせをしていた。

大きな駅の前で相手を待つ間、その凄絶な語感から一体どんな暴虐無残な大男だろう、きっと裸体に鎖を巻き付け、口から炎を吐き、通行人を片っ端から殴り倒しながら現れるに違いない、と楽しみにしながら待っていた。楽しみにと言う気持ちは、丁度スリリングなアトラクションの順番待ちをしている時のそれに似ていた。

後ろから声を掛けられたので見ると、普通の事務服を着た小柄な女性が立っていて、


「あの、私『ねじろ』です」


と言いながら、しきりにお辞儀をしていた。



喫茶店で仕事の話をする間に判った事は、

①彼女の故郷では魚の保存に糠床を用いるので、彼女は今でも魚を食べられない。

②「熱士郎」と言う苗字は地元でも珍しい。

③今では彼女の実家だけがその「誇り高い」苗字を名乗っている。だから、


「だから私は誰とも結婚出来ないんです。ごめんなさい。誰か他の人と幸せになって下さい!」


そう叫んで目頭を押えながら走り去った。