リンカーン
行田のスーパー裏の路地。
路地に座り込んだ私はアルコールランプに火を点けると、すかさず阿部君が空き缶をその火に掛ける。和文タイプの活字を缶にくべると瞬く間に解けて鉛になる。それを木のスプーンで少しすくって冷まし、頃合を計って掌に載せ、熱いのを我慢して掌で転がしていると次第に固まって来るので、それを私は押したり伸ばしたりして小さな兵隊の人形に仕上げる。剣付鉄砲を構えて走る兵士、馬上で望遠鏡を覗いている指揮官、疾走する騎兵、そして大砲。
それを阿部君に「ほいよ」と投げると、イラストレーターの彼は実に器用に色を塗って仕上げる。暫くすると路地は小さな兵隊で一杯になり、それを取り巻くように大勢の見物人が集まっていた。
もう良いだろうと、私が灰色服の兵士を道路に、阿部君が青服の兵士を歩道の縁に並べると、見物の群集に「ゲティスバーグ第3日目」の講談を始めた。張り扇を叩きながら、
「…ああ無惨なるかな、かくして勇敢なるピケットの突撃は失敗に終わり、南軍は退却を余儀なくされたのであります」
群集が傾聴していると、突然、
「こらあ、てめぇ誰に断ってここで商売してやがるんだ」
人垣を割って入って来たのはリンカーンだった。リンカーンは私と阿部君の胸倉を掴み、額をぶつけた。目から星が出た。
「とっとと失せやがれ」
リンカーンはそう言い、倒れた青服の兵士に黙礼すると今度は群集に向き直って「何だかいい加減な奴隷解放宣言」をしていた。
「おお痛え、阿部君大丈夫か?」
「リンカーンってあんなに話の分からないヤツでしたっけね?」
「さあな、今どこだってシノギが大変なんだよ」