主体性が欠如したままどっかを旅する







バンコクからカンボジア国境へ向かう道を車で走っていた。周囲は一面の水田で、遠くに山が青霞んでいる。この眺めは何処と無く「竜ヶ崎から鹿島へ抜ける道」に似ているな等と思っていると、遠くの山影は間違いなく筑波山だったので、あぁここはタイでは無くて茨城なのだな、と納得した。

良く見ると、水田の所々に「田中角栄を祀った祠」があるので、ひょっとするとここは茨城ではなく新潟なのでは無いかと疑い始めた。しかしその脇の沼には蓮が美しく咲き乱れ、泥の中では水牛が気持ち良さそうにのたくっているのを見ると、やっぱりここはタイなのかなぁ、とも思える。

カーキ色の制服を着た警官に制止され、唐突に500バーツ払えと言われた。それが通行料なのか何かの罰金なのかは判らないが、こんな場所で官憲と争うのは愚策と500バーツを払った。どうやらここは本当にタイらしいと却って安心した。その警官の肩越しに「鹿島神宮へ35キロ・お車で参拝の方は…」と書かれた看板が目に入るまでは。


『田中角栄は死んでいない。彼は1人新大陸に渡り、強欲なオランダ代官や冷酷なイギリス総督から清教徒を護る正義の戦いを続けているのだ』


と書かれた看板の下に「火縄銃を構えながらも逃げ腰のオランダ人に馬上から剣で斬りかかる『覆面の騎士・田中角栄』」の絵が描いてあった。って事はここは新潟なのだろう。

―葦が繁った水面を小船で渡っていた。周囲は開けた平野とジャングルで、と言う事は既にカンボジア国境を越えてトンレサップ湖まで辿り着いたのだな、と感じ取っていた。「内掛に角隠し姿のお嫁さん」を乗せた小船とすれ違うまでは。

順番からするとそろそろ新潟らしいモノが出て来ても良さそうだった。私はどうやら右側に繁ったジャングルが怪しいと睨んでいた。突如ジャングルのあちこちに仕掛けられたスピーカーから、あの懐かしい角さんのだみ声が今にも響いて来るのだと期待していたのだが…

ふと気が付くと見覚えの無い資源集積所の前でゴミ袋を両手に持ってボーっとしていた。ゴミ出しの為に何処をほっつき歩っていたのかは判らない。