芸妓遭難







山間の温泉街だった。

渓流に掛かる赤い太鼓橋のたもとで、頬被りをし懐に匕首を呑んだ男が、先ほどから橋の向こうを覗っていた。どうやらあれが簪強盗だと判ってはいたが、黙って様子を見る事にした。

やがて橋の向こうから芸者が一人歩いて来た。ハラハラしながら見ていると、男は匕首を抜いて芸者の背後から襲い掛かり、あっと言う間も無く簪を抜いて逃げ去った。簪を盗まれた芸者は彼女らの掟に従い自害する筈だ、と思っていると案の定、芸者は短刀を抜いて喉に突き立て倒れ臥した。

芸者は橋の真ん中で朱に染まって倒れている。そして彼女の背中が少しづつ破れ始め、その屍の中から光り輝く芸者が現れた。やがてその光る芸者は雄々しく、恰も不死鳥の如く立ち上がった。そして何処かから現れた天馬に跨ると、狭い温泉街一杯に響き渡る高笑いと共に空を駆け、やがて雲の彼方に消えて行った。

私の傍を通り掛かった見知らぬ農民が「あぁ、また芸者が死んだな」と事も無げに言った。