殿下







ある国の王太子殿下が来日すると言うので接伴係りを仰せつかり、遅れてはならないと早めに平塚駅に出迎えに出掛けた。

王太子殿下の乗った特別列車が到着したと言うので、改札口の前で胸を張って待ち構えていると、外国人の子供が歩いて来た。この子供が王太子殿下である事を承知した私は、早速握手の為右手を差し出した。

その時不意に王太子殿下が不治の難病に罹っていると言う事を思い出した。紙の様な顔色をしていて、異常に瘠せた手は枯葉のよう。良く見ると掌に二つの大きな穴が開いていて、その周りは黒ずんでいる。

それを見咎められた事に気が付いたのだろう、王太子殿下はやにわに恥じ入るような顔をして、東海道線の線路脇の道をどんどん駆け出して行ってしまった。


「殿下、お待ち下さい。私が至りませんでした。殿下、どうぞお待ちを」


大磯を過ぎ、小田原を過ぎても、殿下は疲れる様子もなくひたすらに走っている。追い駆ける私達は息が上がっていた。

線路わきの草むらに腰を下ろして肩を喘がせていると、何時の間にか線路の上に架線が張られている。私は言った。


「そうか、殿下が通った後は電化されるんだ」

「えっ、何ですか?」

「何でもない。もう夜が明けるね」