バスの湯
雪が舞っている山中の、ひと気の無いバス専用駐車場に温泉が湧いていた。
そそくさと裸になって腰にタオルを巻いた私は、震えながら駐車場の隅にある巨大な浴槽に小走りで向かった。浴槽はコンクリート打ちっ放しで風情も何もないが、何より盛大に湧き上がっている湯気が、心地よい暖かさを保障しているように思えた。
湯に漬かって唸っていると、突如体の後ろに物凄い気配を感じた。振り向くと、地元の路線バスがザバザバと入って来た。窓から運転士らしい人が顔を出して何か文句を言っていたが、エンジンが喧しいのと訛っているのとで、殆ど聞き取れなかった。
良く聞いている内に段々と判って来たのは、要するにこの温泉は車には効能があるが、人間が入っても何の得もない、その上に邪魔だからどけ、出たく無いなら洗車を手伝えと言う事だった。
やがて腰タオル姿の運転手がデッキブラシを持って降りて来て、車体を洗い始めた。そして後から入ってきた観光バスの運転手と道路状況について情報交換をしたりしている。
洗車が終わって湯に肩まで浸かっていると、路線バスの運転手が話し掛けて来た。
「コイツはもう15年選手だ。人間ならもう年寄りだで、たまにこうやって養生させてやらんといかんで」
観光バスの運転手が後を引き取った。
「バスの寿命は大体イヌと同じだって知ってた? だから大型は寿命が短いんだけど、マイクロは20年やそこらは保つね」
そう言えば昔飼っていたビーグルは10年で寿命を迎えたが、その後飼ったマルチーズは24歳で天寿を全うした事をふと思い出した。