ヴァイオリンのレッスンをしていて思ったこと、音楽に触れて感じたことなど気の向くままに書き綴ってみました

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2012年5月14日(月)
最近気になるもの
最近、ちょっと気になっているヴァイオリンのアクセサリーたちのご紹介です。

・肩あて
肩あて無しで演奏する方もいらっしゃいますが、長年肩あてで姿勢を保ってきた私は、今更肩あて無しに変更はできません。

現在使っているKUN Bravoの金具が痛んできてしまったところなので、そろそろ換え時かな…と思っていた矢先、新作の肩あてで2個ほど気になるものを見つけました。

         

KUNのBravoの裏側にお洒落なペインティングが施されています。楽器に装着しても目立つことはありませんが、こういった目に見えないところがお洒落なものって、女心をくすぐられますね。他にも幾種類かの柄があるようです。

         

こちらはPedi。カーボンとチタン合金だそうで、薄くて、軽くて、快適なフィット感を実現させた肩あてです。
一時期はやったMach Oneの軽いフィット感と、KUNの高さや角度の調節機能を備えた優れ物。試す価値ありかも!

・弦の新作

  

ピラストロ社からの新作「Evah Pirazzi Gold」。従来のEva Pirazziの音量を保ちながら、より深みのある音色を実現したというナイロン弦です。珍しく、G線もゴールド巻だそうです。既にかなりの反響があるらしく、楽器店によっては入荷待ち状態だそうです。次回の演奏会で試してみようかな。
2012年4月19日(木)
音楽を楽しみましょう
小さい頃音楽と言えばレコードをかけて家で楽しむものでした。

中学生になった頃、家にラジカセがやってきて、装置の手軽さに驚いたものです。FMやTVからお気に入りの音楽をテープに録音したり、自分の演奏を録音してみたりと、音楽の楽しみ方も変わってきましたが、ラジカセはモノラルでしたから音質は期待できませんでした。


音大付属に入学し、寮生活を始めましたが、音楽を聴く環境は最悪でした。学校の視聴覚室で視聴するか、自前のレコードを寮の応接室にある古いオーディオ装置を借りて視聴するか…高校生になり、初めてのアルバイトで購入したのはステレオ・ラジカセでした。

          


世はFMブーム。興味深い番組も様々放送されていましたし、高校生の私にはレコードを買うお金もありませんでしたから、FM専門誌を片手に沢山の番組をエアーチェックしました。懐かしい思い出です。

大学に進学後も、暫くはそんな感じで、膨大なミュージックテープがコレクション化されていきました。

80年代、音は室内から屋外へ。ウォークマンの登場です。それまで部屋でしか楽しむことのできなかった音楽を屋外へ持ち出すことが可能になったのですから、音楽の楽しみ方が10倍も100倍も広がりました。

          


CDの登場によって音もクリアになりました。今までレコードやミュージックテープのA面B面をひっくり返して聴かなければいけなかった交響曲も、そんな手間もなく良い音質で聴けるようになりました。

音を持ち出せるという画期的な方法を実現したウォークマンですが、ミュージックテープを再生するので、どうしてもテープ再生時にノイズが発生します。それを軽減させるためのノイズリダクションシステムも色々開発されましたが、録音されている音自体のダイナミクスが損なわれてしまったり、どれも納得できる方法ではありませんでした。

しかし、CDポータブルプレーヤーの登場によって、音質への不満は解消されました。この時点で、ミュージックテープの役割は終わったのではないでしょうか。

          


社会人になった当時の私も、一時期CDプレーヤーを持って通勤を楽しんだものです。

しかし、いくらコンパクトになったとはいえ、プレイヤーをCDより小さくすることは不可能ですし、かさばるCDを持っての外出はスマートではありません。それを解消したのがDATテープ、MDプレーヤーの登場です。屋外でのリスニングはファッショナブルに、スマートに。

これ以上、音色も利便性も兼ね備えたポータブルプレイヤーの進化はなしえないものと思っていましたが、PCの普及によって世界が大きくが変わり、音楽の在り方も様変わりするような時代へと突入していきました。

PCでデジタル信号化した音源をプレイヤーにPCを介して取り入れるというシステム。これによって、プレイヤーは小型化。メディアを挿入する必要もなくなり、電池も充電式が主流に。デジタル化するには、なにもCDが必要であるわけではなく、PCがインターネットに繋がっている環境であれば、ネット上から音源データを購入することも可能です。

    

DATやMDプレーヤーはすっかり姿を消し、最近のカーオーディオでさえipodなどのデジタルオーディオに対応した製品が出回っています。


更に、携帯電話にデジタルオーディオプレイヤーが組み込まれている機種が出回り、もはや携帯電話一つあれば、良質の音楽を沢山持ち歩けるようになりました。

          

これからの音楽の在り方はどう進化していくのでしょうか。

過渡期に育った私は、膨大なミュージックテープのコレクションも、DATやMDも、もはや再生することができません。過去の貴重な思い出を失ってしまったようで悲しくもありますが、世界中と常に繋がっているこの状況を上手に利用すれば音楽は聴くだけではなく、より気楽に、より気軽に発信し、共有できる楽しみが広がる未来にわくわく感も抱いています。


そんな時代に逆行する様に、昨今、プレーヤーは根強いファンの需要が高まり、それに伴い中古のレコードにも高値が付いて取引されています。この時代になってこそデジタルにはない良さを求める声も高まっています。

       

私も、思い入れのあるレコードはプレイヤーを買ってでも再生したいと思いますし、CDの購入はこれからも続けていくと思います。


気候も良くなってきました。音楽を持って出かけませんか?
     DEGANI GIULIO di EUGENIO 1900年代
              Venezia(Itary)
2012年3月26日(月)
試奏12
Degani Giulioは1875年にイタリアのMontagnanaで生まれました。   

 父、Degani Eugenioのもとで修行を積み、1915年に父親が他界するまで 父親と一緒に製作活動を続け、その後は独立して製作を続けました。

1800年代後半から1900年初頭あたりにかけて、イタリアに数多くのワークショップ(工房)が存在したようですが、Degani Giulioも自分の工房を立ち上げ、弟子をとり、ヴァイオリン職人を輩出したようです。

今回の楽器も、ワークショップの職人さんの手によるもので、Degani Giulioの作品ではありません。

ありません…と言っても、まだ数本の楽器を観たにすぎない私には、ラベルから作者を判断するのは困難です。Degani Giulio自身の作品を観て、作風を理解したうえで、初めてこの楽器が本人のものであるのか、或いはワークショップのものなのかの判別が可能になるのですから、本当に奥の深い話であります。

本物を見分けるのは至難の業ですね。ヴァイオリンを購入する際には、買う側にもそれなりの知識が求められますが、誠実な楽器店ならば、説明を求めれば丁寧に答えてくれるはずですので、疑問に思った事があれば、何でも聞いてみたほうがいいと思います。

話がそれましたが、Degani Giulio本人は1930年にアメリカのCincinnatiに移住し、1955年にCincinnatiで亡くなっています。

         

Degani Giulioのラベルを持つこの作品は、イタリアンの特徴である明るく透明感のある音質です。各弦の音量、響き具合など、とても安定していて、低音から高音域に至るまで、とてもバランスのとれた音色が保たれています。

E線のハイポジションが耳元で鳴っていても疲れません。欲を言えば、もう少しだけ音量があればいいかなとも思います。
2012年3月4日(日)
歌劇「カルメン」と冨平先生
今月の18日に「小江戸川越第九の会」主催で歌劇「カルメン」(演奏会形式)を上演します。

合唱合わせやソリスト合わせも始まり、私の頭の中はカルメン一色です。。。

だいぶ前の話になりますが、トレーナーと指揮をお願いしていた(ブザンソンで優勝された)山田和樹さんから、まだ芸大の学生さんだった冨平さんを紹介していただき、数年間お世話になったことがありました。

大学1年生ながら、当時マーラーの巨人を練習していた私たちを的確に指導していただき、とても勉強熱心な姿勢に敬服しました。

まだ運転免許を取得されていない冨平さんの送迎をしていたのが私でした。車中では芸大の指揮科の話や音楽にまつわる様々な話をしました。音楽家を志す若者との会話は楽しく、また、私自身もとても刺激になりました。

あれから10年ぶりくらいに、今回冨平さんにカルメンの指揮をお願いすることになり、久しぶりの再会を果たせました。


現在の冨平さんは、新国立劇場音楽スタッフに就任され、同時に芸大大学院オペラ科非常勤講師もされていらっしゃいます。一見、随分貫録がついたように感じましたが、お話した感じは学生の頃の親しみやすい雰囲気を残しておりました。


しかし、今回の「カルメン」では幾回りも成長した冨平さんをまざまざと見せつけられました。

オーケストラの合奏練習では何役分もの歌を、声楽家と見紛うほどの良く通る声で歌いながら指揮してくださいました。オペラのシーンの説明を交えながらの指導はイメージがつかめやすく、とても成果の上がる練習でした。

オーケストラとの合唱合わせでは、難しいフランス語の発音、歌詞に合わせた発声法、ピッチの狂いを的確に指摘し、ソリストに対しても、「日本人によるフランス原語上演」の完成度を高めるために手は抜きません。

日本のオペラ界の最先端を走るとはどういう事か

冨平さんの新国立劇場音楽スタッフとしての知識や経験が発揮され、「カルメン」は多くの演奏者やスタッフが一体となって、素晴らしいステージに仕上がりつつあると思います。

残念ながらチケットはSold Out!運が良ければ当日券が出回るかもしれませんが、保証はできません。

私はアシスタント・コンサートマスターとして、気の抜けないポジションで頑張っています。良い演奏会になりますように、冨平さんとコンサートマスターをサポートしていけたらと思っています。

           
               冨平恭平
プロフィール:
東京生まれ。東京藝術大学音楽学部指揮科卒業。これまでに指揮を高関健、田中良和、小田野宏之、ピアノを安芸彊子、迫昭嘉、秦はるひの各氏に師事。200710月には急遽代役にてクーラウ作曲のオペラ「魔法の竪琴」の日本初演を指揮。現在東京二期会専属音楽スタッフとしてオペラの制作に携わり、また東京藝術大学大学院オペラ科非常勤講師、二期会研修所講師としてオペラの指導も行っている。2006年4月より2010年3月まで東京二期会専属音楽スタッフとして活動し、2010年8月より新国立劇場音楽スタッフに就任している。
2012年2月25日(土)
素敵な表札
Tole paint shop Daisyさんに教室の表札を作っていただきました。

全て手描き、ハンドメイドの1品です。ヴァイオリンの絵も描いていただきました。

裏にはマグネットを貼りつけていただきましたので、教室のドアに取り付けると、こんな感じになります。

           

教室にいらっしゃる生徒さんたちも、ちょっぴり気分転換していただけるでしょうか。
2012年2月9日(木)
さよなら、ママン…母への鎮魂歌
『1778年7月9日パリ
モーツァルトよりザルツブルグの父へ

最愛のお父さん-----3日の夜10時21分に、お母さんは神のみもとに永眠されました-----あの悲しい状況の中で、ぼくは3つのことで心を慰めました。つまりぼくは完全に神の御心に信頼しきって従った事。それから、お母さんのあんなにも安らかな美しい死をまのあたりにしてお母さんが、いまや一瞬のうちに幸福になったか…つまりぼくらよりも仕合わせになったかと考えると、その瞬間に一緒に旅立ちたいと願ったほどでした。

ついに第3の慰めが生まれました。つまり、お母さんはぼくらにとって永遠に失われたものではない…またぼくらは再会できるのだ…それも、この世でよりももっと楽しく、もっと仕合わせに一緒になれるのだということを考えたのです。------』

ザルツブルグの宮廷職を解雇された22歳のモーツァルトは、病で同行できない父の代わりに母、マリア・アンナに付き添われて職探しの旅に出かけますが、思うように就職口が見つからないばかりか、パリの地で突然の母の病死という悲劇に遭います。

その直後に書かれたヴァイオリン・ソナタ第28番ホ短調K.304は、その歴史的な経緯を知っているせいか、それ以前に書かれた、ある意味形式的な短調の作品とは異なっているように聞こえます。その悲しみに満ちたメロディーは感傷的に訴えかけられ、琴線が振るわされます。

まるでモーツァルトの哀惜の念が伝わってくるようです。殊に2楽章Mnuetto中間部の天国的とでも形容できるような美しい調べは、前述したモーツァルトが父に宛てた手紙の3つの慰めと重なります。

彼は母の死や挫折といった経験を自分の中で消化し、作品の中に具現化したのだと感じずにはいられません。以後、彼は神童という色眼鏡なしに、芸術家として花開いていくのです。

大切なものを失った辛さや悲しみは感性を鋭敏にます。そして、このような経験を通して人は成長していくものなのですね。
2012年1月5日
迎春
明けましておめでとうございます。

2012年の幕が開きました。今年は皆が笑って過ごせる年になるといいですね。

2日、新年を感じに都内へ出ました。

初詣参拝の人や初売り目当ての人などで、都内はいつもの休日よりも人出が多く感じられました。

初売りを祝って、池袋のデパートの店先で邦楽器による演奏が丁度行われるところで、往来に人だまりができていました。私もつられて暫し立ち止まって演奏に耳を傾ける事にしました。

店頭に金屏風と赤い毛氈によって設えられたステージに、振袖や羽織袴の衣装を着けた、まだ年は20代と思われる若い邦楽演奏家たちが並ぶと、まるで日本人形を見ているようで、一気にその場が華やぎました。

  
   左から、さらりんこさん、千葉暢さん、大河内淳矢さん
        若者らしい青竹のような演奏でした


日本人でありながら、邦楽器の生演奏を聞く機会は意外と少ないように思います。

「春の海」や耳馴染みのある日本の歌のメドレーなどがお琴と三味線と尺八によって演奏され、日本のお正月を感じました。

このような若い演奏家が各地で演奏活動を行うことによって、気軽に楽しめる音楽として邦楽が広がっていけば良いですね。