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2010年6月7日(月)
音楽に出会いたい

去年から今年にかけて3つの団体でチャイコフスキーの交響曲第五番を演奏する機会がありまして、昨日はその最後の演奏会でした。

今まで幾度となく演奏してきた、私も大好きな曲ですが、見慣れた楽譜に、正直なところ新鮮味はありません。

オーケストラの練習は指揮者との打ち合わせが殆どです。

例えば、ここはバイオリンはsulGで弾けとか、ここからはアチェレランドしていくから指揮者を見ろとか、ここからは指揮を2つに振り分けるとか、そんな技巧的な打ち合わせを細かくしていきます。

本番では細部にわたった決め事を再現していくわけですが、それも慣例通りの場合が多く、幾度も演奏を重ねた曲ですと、余裕がある分指揮者を見る目も冷静になってしまい、演奏も機械的になりがちです。

昨日もリハーサルまでは他の演奏会と同じで、本番では自分なりのベストを尽くせば良いと思っていました。

幕が開いて演奏しはじめると、私は魂が震えました。

指揮を通して、私は魔法をかけられたようにチャイコフスキーの音楽の世界へ入ってしまいました。

二楽章では感動で涙が溢れ、三楽章では楽しげなワルツに自分を委ね、終楽章ではこれでもかと言わんばかりに熱くバイオリンをかき鳴らしました。

リハーサルとは違う、魂の叫びのような指揮ざまに、完全に圧倒されたからです。

彼は多くを語るタイプの指揮者ではありません。ただステージ上でさらけ出す、彼が具現化したい音楽がどういうものかということがストレートに伝わってきて、醒めた演奏ができなくなってしまったのです。

数え切れないほどの演奏会に参加しても、決めごとの再現を忠実に行うことに徹したクールな演奏をしている場合がほとんどで、昨日のような経験を味わえることはごく稀なのです。

こんな音楽との出会いを体験したくて私は今日もバイオリンを弾いているのかも知れません。

年末にも同じ指揮者で第九の演奏会を予定しています。今度はどんなベートーベンの世界へ連れて行ってくれるか楽しみです。

◆市制40周年記念和光シビック・コンサート
 ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付」
 12月12日(日)
 和光市文化センターサンアゼリア大ホール
 指揮:西田 博


Edward William Elger
1857~1934
2010年5月13日(木)
エルガーとイングリッシュローズ
第11回国際バラとガーデニングショーへ行ってきました。

毎年西武ドームで開かれるバラの祭典。開催期間が限られているので、いつも行きそびれてしまっていましたが、今年は初めて参加しました。

会場では姿、色の異なる多種多彩なバラたちが出迎えてくれて、むせかえるような芳しい香りで包んでくれました。

         

バラは大きく分けると3種に分類されるそうです。

ひとつは日本の「はまなす」に代表されるような「ワイルドローズ」。いわゆる野山に自生する野生種で、素朴な味わいがあります。

二つ目は、自生のバラを品種改良させて育成された「オールドローズ」。優雅な佇まいと豊かな香りで、19世紀以前までヨーロッパのサロンなどでもてはやされたといいます。

そして、19世紀に中国や日本の原種がヨーロッパにわたってオールドローズと人工交配して生まれた「モダンローズ」は、最も品種の多い系統です。

人々はなぜこれほどまでにバラに魅了されるのでしょうか。
バラは「育種家が自然を相手に創り上げたクリエイティブな作品」と位置づけられているようです。気の遠くなるような研究と交配をいく年も積み重ね、それでも世に出せるのはほんの僅かだといいます。

今、世界には5000種を超えるバラが存在しているそうで、さらに毎年新たな品種が誕生しています。

   

「青いバラ」の作出は不可能と言われてきましたが、会場では花屋さんでは見かけないような青や紫がかったバラも多く展示されていて、人目を引いていました。

会場で「サー・エドワード・エルガー」というバラと出会いました。
このバラはイングリッシュ・ローズを確立したといわれるデビッド・オースチンが1992年に作出したバラで、数少ないイギリスの音楽家に敬意を表して名付けたそうです。

           

エルガーは「愛のあいさつ」や「チェロ協奏曲」を作曲したイギリスの国民的英雄で、殊に行進曲「威風堂々」作品39第1番ニ長の中間部のメロディは、イギリスの第2の国歌として今も歌われています。

会場ではエルガー以外のバラとは出会えませんでしたが、調べてみると、他にも音楽家の名前を付けたバラは多く存在するようです。

そんなバラを探してみるのも、バラ園めぐりの楽しみかもしれません。

バラに癒された一日でした。
2010年5月8日(土)
ウインナーワルツと増田先生
最近ウインナーワルツを弾く機会が増えています。
「美しき青きドナウ」「皇帝円舞曲」など、ウインナーワルツ独特の2拍目が揺らぐ3拍子に乗って奏でられるヨーロッパの気品漂う優雅なメロディーは、誰でも一度は聴いたことがあるはずです。

毎年、ウイーンフィルが客演指揮者を迎えて行うニューイヤーコンサートは日本でも衛星放送で生放送されるのですっかり定着した感じがあります。

殊にニューイヤーコンサートで毎年演奏される「ワルツ王」ヨハン・シュトラウスⅡ世の作品は、ウインナーワルツの王道をいくものと言えます。

      

      
     ウイーン市立公園に建つシュトラウスⅡ世の像

私は学生時代「ARS室内管弦楽団」という専攻生によるサークルのオーケストラに入っていました。

音大ではオーケストラの授業がありました。それはそれで有意義だったのですが、サークルでは授業のオケとは違って本当にオケが好きで集まった生徒ばかりでした。選曲も生徒任せで自由でしたので、授業のオケでは演奏しないような難曲に挑戦したり、作曲家の生徒の作品発表をしたりと実験的な試みもありましたし、オペラや合唱団からの依頼公演があったり、活動もとても自由で、参加している生徒もとてもエネルギッシュでした。

ARSからプロのオケに入って行った先輩や仲間もたくさんいます。

指揮は作曲科名誉教授の増田宏三先生。先生を慕って入会する生徒も多かったように思います。

個人的な印象としては「岡本太郎にそっくりな」先生は、練習といえども容赦なくて、管楽器のソロがまずいと大声で罵声を浴びせたり、弦楽器の音程が悪いとその部分だけ何度も何度も弾かせたり、鬼コーチのような指導ぶりでしたが、たまに見せるおどけた表情がチャーミングで、不思議と辛いと感じたことはありませんでした。

それに、授業が終わってからの毎日の練習に根気良く付き合ってくださる先生がとても生き生きとしていて、音楽にかける情熱が私たちにひしひしと伝わってきました。

プログラムに関してはほとんど口を挟まない先生でしたが、指揮法をウイーン音楽アカデミーで学ばれた先生にはこだわりがあったようで、アンコールは決まってヨハン・シュトラウスⅡ世のウインナーワルツでした。

本場ウイーン仕込みのウインナー・ワルツは優美でステップも軽やかで、「生きたウイーンのリズム」を肌で感じながら演奏しました。今も、私の中にはあの時のウインナーワルツのリズムが強く根付いていると思います。

卒業してからも幾度となく演奏してきたウインナーワルツですが、メロディーの歌い方やアゴーギグのかけ方を指示する指揮者はいるものの、増田先生ほどリズムにこだわった指揮者には残念ながら会ったことがありません。

増田先生は退官なさる直前に体調を崩され、4年ほど前に亡くなられました。退官祝いにARSのOB,OGでコンサートを開こうという計画も先生の逝去とともに立ち消えとなってしまいました。

今もウインナーワルツを弾くたびに、増田先生と、当時の自分たちを思い出します。

2010年4月27日(火)
             
鎮魂歌
義母が亡くなって20日目の4月19日早朝。義母の後を追うように義父が天に召されました。

実直で堅実で、とても厳しい、でも私には優しい義父でした。

去年の9月、義母と揃って病に倒れ、共に闘ってきましたが、義母の死を知ることもなく旅立って行きました。

秋口は同じ病院の同じ階でともに励ましあう姿が微笑ましくて、病院内でも話題の患者でした。

今年に入って、夫婦揃って一時退院でき、たった2週間ではありましたが二人一緒に生活させてあげられたことは奇跡に近い出来事だったと思います。

二人の病人を抱え、戦争のような毎日でしたが、振り返ってみれば僅か7ヶ月のあっという間の出来事でした。

もう少しああしてあげればよかった、こうすればよかったと後悔も感じます。反面、両親の通院のお手伝いや、一時退院の際には介護の真似ごともしてあげられて、少しは二人の力になってあげられたのでしょうか。

本当に仲の良い夫婦だったので、今頃は手を取り合って好きな旅行を楽しんでいるのかもしれません。

今はレクイエムが優しく心に響きます。
2010年4月14日(水)
教育者が考えなければいけないこと
生徒さんがどういったレッスンを希望しているかを理解し、夢や希望の実現のために力を貸してあげることは重要だと思います。

個人レッスンをしているのであれば、個々の生徒さんに合ったレッスンをしていくのは当然ですから、教える側も柔軟に対応できるようにする必要があります。

例えば、初心者のお子様の場合。
弓の持ち方から楽器の構え方、音の出し方・・・全てが初めての経験です。植物でいえば、まだ何の芽が出るか、どんな実を付けるかわからない種の段階で、このお子さんには無限の可能性がある状態です。

初心者のお子様の場合は、
基礎をしっかりと身につけさせなければいけません。それに、ヴァイオリンのレッスンを始めたことがきっかけで将来的には音楽家へと進んでいく事もあり得るわけですから、ここは徹底して指導しなければいけない場面であることは当然です。

身近な手本であり、当面の指針となるのが指導者自身なのですから、
自身のスタイルを模倣させることは大切だと考えています。

事情で他から移ってきた、まだそんなに弾けない生徒さんも同じです。最初は今までの先生との教え方のギャップに戸惑うのは当たり前ですが、こちらとしても、1日も早く新しい先生に慣れてもらえるように努力する必要があります。

しかし、ある程度弾ける大人の方の場合は、レッスン内容を考える必要があります。ある程度弾ける大人の方が求めているのはたいてい「いろいろな曲を美しいビブラートをかけて弾けるようになりたい」ということや「アンサンブルを始めるためにある程度のテクニックを身につけたい」ということであって、超絶技巧の大曲をどんどん弾けるようになりたいという希望を持っていらっしゃる方はほとんどいないように思いますし、生涯の時間も限られていると思います。

そんな大人の方のレッスンに、それまでの演奏スタイルを変えさせるほど、教育者自身のスタイルを模倣させる必要はあるでしょうか。

教える側の欠点は、自分が師事してきた先生から継承したスタイルが絶対的で、
他の演奏家のスタイルが目に入らない点にあるとおもいます。

以前は私も誰に対しても自分のスタイルを押し付けるような教育が正しいと思ってきましたが、ここ何年かいろいろな生徒に接して、この考えを改めなければと思ってきました。

ヴァイオリニストの弾き方を映像で確認する限り、弾き方は千差万別で、顎あての位置や弓の持ち方や構え方などを工夫して自分のスタイルを追求している様子が伺えます。
それに、人によって体格が違ったり、腕や首の長さが違うのに楽器の大きさは同じなのですから、人によって姿勢が変わってくるのは当然だと思います。
教育者はこの事実を受け入れる必要があります

大切なのは、「余分な力が入らない合理的な姿勢」であって、それは一人一人が追求し、習得することだと思います。

目に余る姿勢は別として、教える側はヒントを与え、後は本人に委ねればいいと思います。そして、生徒が自分のスタイルを見つけるまで根気よく見守ってあげればいいと思います。相手は大人の方なのですから、そのほうがレッスンも能動的で楽しいものになるのではないでしょうか。

そんなことを言っている私も、ちょっとの姿勢の工夫で弾きやすくなったりを体感していますから、まだまだヴァイオリンは奥深いものだと感心しています。
2010年4月1日(木)
桜、散る
3月30日午後11時30分、義母が他界しました。
賑やかなことが好きな明るい義母でしたので、大輪の花が散ってしまったようで虚無感でいっぱいです。

去年の9月に胆嚢癌が見つかってからは、私たちにとって長いようで短い半年間でした。本人は最期まで希望を捨てずに闘ってきましたが、残念な結果に終わってしまいました。

特に最期の10日間の痛みとの闘いは壮絶でした。意識もほとんどないような状態でしたが、主治医から聴覚は最期まで残ると伺ったので、病室でたくさんの音楽を聴かせてあげました。

義母の好きだった演歌や、主人がピアノ演奏をしているCDや、クラシックの名曲や…ほんの少し意識が戻ってなんの曲かと私に尋ねることもありましたし、苦痛にゆがんでいた顔が、少し穏やかになったり、心拍数が安定したりしました。それが本当に音楽による効果だったかどうかは定かではありません。でも、私が義母にしてあげられるのは、もうそんな事くらいしかありませんでした。

それは単なる私の自己満足かもしれませんし、義母は本当に音楽が聴きたかったかどうかもわかりません。

最期は家族に囲まれ、穏やかに旅立って行きました。

主治医から、義母の生命力はとても強かったと聞きました。最後まで諦めない強い精神を、私たちが引き継いでいきたいと思います。
2010年2月27日(土)
モーツァルトの真実~レクイエムへの挑戦~
バンクーバーオリンピックの女子フィギュアは見ごたえがありましたね。
ライバル、キム・ヨナに敗れた真央ちゃんは悔しそうでしたが、それでもオリンピック初出場での銀メダルは立派です。

キム・ヨナの妖艶な演技には魅了されました。真央ちゃんとキム・ヨナのハイレベルで美しい戦いをライヴで観戦できただけでもとてもわくわく、はらはらと、感動できました。

もちろん二人だけではなく、オリンピックに参加した選手一人一人にはここに辿り着くまでに様々なドラマがあったことでしょう。月並みなことばですが「
感動をありがとう

ところで、女子フィギュアショートプログラムで安藤美姫選手がモーツァルトのレクイエムを選曲しました。モーツァルトが死の直前まで書き続け、未完に終わった死者への鎮魂歌。内容が重すぎて私たちもなかなか普段のプログラムには組みにくいこの曲を、彼女がオリンピックのプログラムに選曲したことに、とても違和感を持ちました。

あとでわかったのですが、彼女がずっと励まし続けてきた難病の少年、宗太郎君が僅か9歳で亡くなりました。ショートプログラムの演技は宗太郎君に捧げた舞いだったのですね。彼女は少年の魂とともにこのオリンピックに臨んだのです。

                 ♪

悪妻として名高いモーツァルトの妻、コンスタンツェはモーツァルト未完のスコアを、当時モーツァルトも認めていたという作曲家ヨーゼフ・アイブラーに渡し、曲を完成させるよう依頼しました。

曲の依頼主であるフランツ・フォン・ヴァルゼック伯爵には代金を前払いしてもらっていたため、曲が完成しないと代金を返金しなければいけないからです。

ヨーゼフ・アイブラーはモーツァルトの自筆譜に直接ペンを入れましたが、荷が重かったのか、途中で投げ出してしまいました。

今日もっとも多く演奏される機会があるのは、弟子であるジュスマイヤーが補作し、完成させた版です。モーツァルトが憑依したかのように、その筆跡までそっくりのスコアに「私、モーツァルトの作品」とサインを入れて完成させました。ジュスマイヤーは、モーツァルトを師として尊敬し、敬愛していた様子が伺えます。

死後200年以上経った今でもモーツァルトを学び、極め、乗り越えようとする学者や音楽家は後を絶ちません。現在でも多くの作曲家や研究家が未完のレクイエムの補作を試み、完成させています。

未完のレクイエムはモーツァルトが残した彼への手掛かりであり、鍵であり、挑戦状なのかもしれません。
2010年2月24日(水)
モーツァルトの真実
先日、再放送ではありますが、興味深い番組を見ました。

伝説に彩られたモーツァルト。
8歳で最初の交響曲を発表。
頭の中に泉のように湧きあがった音楽を一気に楽譜に書きあげるため、彼の楽譜には修正痕がない。
破天荒で、下品な性格・・・それらははたして本当のモーツァルトなのでしょうか?

NHKハイビジョン特集「モーツァルトの真実~自筆譜が明かす素顔~」では、彼が残した膨大な自筆譜から、生前のモーツァルトを解明していきます。

                ♪

モーツァルトを語る上で、父レオポルトの存在は欠かせません。レオポルトはヴァイオリニスト兼作曲家として宮廷に勤めていましたが、彼は優れた教育者でもあり、18世紀のヴァイオリンを語る上では外すことのできない「ヴァイオリン教程」という教育書を残しています。

いち早くモーツァルトの才能を見出した彼は、おもちゃを与えるようにピアノを弾かせ、音遊びをさせるように作曲や即興を教えたといいます。そうして、モーツァルトが弾いているそばから幼い作品を聴音をしてノートに書きためていったといいます。ですので、モーツァルトの幼少期の作品は、実は父レオポルトが残した断片や小品がほとんどです。

傍らに父の存在があったからこそ、モーツァルトは才能を開花させることができたのではないでしょうか。

モーツァルトの書き直しのない美しい自筆譜は、レオポルトのつきっきりの音楽教育の影響で、父親のそれとそっくりです。 

                ♪

プロの作曲家としてのモーツァルトは、意外にも几帳面だったことがわかってきました。

ロンドンの大英図書館にはモーツァルト自身による作品目録ノートが残されています。

これは1784年2月から彼が亡くなる1791年12月までの145曲にのぼる作品を管理したノート「我が全作品の目録(Catalog of all my works)」で、ノートの左側には作品名と完成した日付、右側には作品の冒頭部分のメロディが書かれています。

このノートを見れば、作品の作成順が一目瞭然ですし、日付と依頼主からの締め切りに関する手紙などを照合すると、締め切りの期日をきちんと守っていることがわかります。

       
     モーツァルト自筆のCatalog of all my works

意外にもかれは几帳面で、きちんと仕事をこなすプロフェッショナルな作曲家だったことがわかります。

しかし、美しいスコアですが、完成された作品の中にはピアノパートがしばしば後から書き足された筆跡が見つかっています。これは何を意味しているのでしょうか。

今日でこそモーツァルトは偉大な天才作曲家として伝えられていますが、当時は即興ピアニストとして人気を博していたといいます。

自作自演のコンサートも多く開いていたようで、たくさんの仕事を抱えていたモーツァルトは、コンサートに間に合うようにほかのパートの楽譜だけ書きあげ、コンサート当日は自分のパートは即興で演奏したのだといいます。

ですので、ピアノパートの楽譜は出版する際に後から書き足された場合もあったようです。

それでは、いったいモーツァルトは、どんな即興演奏をしたのでしょうか。

そのヒントとなる楽譜が姉でピアニストでもあったマリア・アンナ・モーツァルト(通称“ナンネル”)に即興を教えるために、即興らしく聞こえる作品として残っています。

番組でも紹介していましたが、ほかのモーツァルトの楽曲と異なり、16分音符や、32分音符で連なる旋律が鍵盤上を縦横無尽に駆け抜けるようで、モーツァルトのピアノの演奏技術の高さが垣間見えます。
 
                ♪

ところで、修正痕がないというモーツァルトの楽譜ですが、まったく修正した跡がないわけではありません。

当時、偉大な作曲家として名声を博していたハイドンに、自作の弦楽四重奏曲を献呈しました。1773年、モーツァルト17歳の時です。

「ハイドン・セット」といわれる6つの弦楽四重奏曲ですが、ほかの作品と同時進行で作られていたとはいえ、彼にしては異例の2年という歳月を費やしています。

日記にも「長く困難な苦労の果実」と残されているように、スコアにも何度も書き直しをした痕がみられます。

天才と言われたモーツァルトも、大先輩に自分の作品を贈った時は思い悩んで曲を完成させたようで、モーツァルトの人間性を伺えるエピソードです。

また、修正痕のない美しい楽譜だと称されていますが、スケッチブックには作品のアイデアの断片が無数に書きためられているといいます。頭に浮かぶメロディを一気に楽譜に書きあげたのではなく、作品にする前にアイデアを書き留め、組み立てていった様子がうかがえます。

                ♪

印刷された楽譜からは窺い知ることのできない真実を伝えてくれる自筆譜は、モーツァルトという実在した一人の人間を知る手掛かりを私たちに残してくれるのです。
2010年2月7日(日)
不快なガリッ!
一週間ほど前になりますが、恒例の新年会を開きました。
ヴァイオリンや音楽とは全く違う話で大いに盛り上がったり、時に真剣にレッスンについて話したり、とても楽しく、有意義な時間を生徒さんたちと共有することができました。


ところで皆さんは、ヴァイオリンを弾いていて、不快な共鳴音に悩まされたことはありませんか?

ヴァイオリンという楽器は弓で弦をこすって振動させることにより音を出します。その音の成分には倍音が無限に含まれていてます。ですから、同じ特徴を持った弦楽器同士でアンサンブルすると、多くの倍音が重なり合い、より美しいハーモニーを奏でることができます。

音を出す原理は、振動した弦の振動を駒が捉えて表板に伝え、さらに魂柱を通して楽器全体が共鳴して、空洞になっている胴体内部で空気振動を増強させてf字孔から発しているというシンプルな構造になっています。

常に楽器全体が振動している状態になるわけですが、ヴァイオリンですとそれが耳元で起こっている状態になりますので、楽音とは違った共鳴音(ほかの楽器や日常生活でも、特定の音に共鳴して家具やガラスがビリビリと振動することがあると思います)が、とても気になるときがあります。

よくある、しかもよろしくない原因としてあるのが、楽器自体のはがれです。ヴァイオリンは釘やビスを使って楽器を組み立てているわけではありませんので、たまに膠が取れてしまったりすることで側面と表板や裏板に隙間ができてしまうことがあります。これは、表板や裏板を軽く叩いて確かめてみると、はがれている部分だけ違う音がしますので、気づくことができます。

次にあるのが、顎あてとテールピースの隙間が僅かに接触して起こる場合。

そして、意外なのがパフリングと呼ばれる淵の部分のはがれ。ヴァイオリンを見てみると、表板と裏板の淵にきれいな2重線が描かれているように見えますが、実はこれは描いているのではなくて、淵に2ミリほどの溝を掘って、合板を埋め込んでいるのです。これが経年変化によって膠がはがれたり合板が痩せたりして隙間ができると、共鳴の原因になる場合もあります。

           
           
職人さんの技パフリング

以上の3点は、もう職人さんに修理と調整をお願いするしかありません。

以前、私が体験した思いがけない共鳴をアップします。原因が分からず悩んでいる方の参考にしていただければと思います。

・アジャスターが原因
振動させるという観点から見ると、ヴァイオリンに張った4本の弦の長さは同じであるほうが理想的だとされています。しかし、一番細いE線はチューニングし辛いので、ほとんどの人がアジャスターをつけていると思います。

でも、テールピースにアジャスターをつけることによって、E線だけがほかの弦よりも短くなってしまいます。

それで、その点を改善するために作られたループエンド専用のアジャスターがあります。このアジャスターを着けることにより、E線をほかの弦とほぼ同じ長さにすることができます。

                
左:ボールエンド、ループエンド両用 右:ループエンド専用

しかし、チューニングし易いようにねじに余裕を持たせようと、アジャスターのねじを長めに残して弦を張ったところ、アジャスター自身がE線の特定の音とG線の低い音の振動に共鳴してビーンビーンと共鳴してしまいました。

最初は私も原因が分からずいろいろと試していましたが、ふとしたきっかけでアジャスターを押さえて音を鳴らしてみて初めて原因がわかりました。このタイプのアジャスターを使う場合(私の場合かも知れませんが)アジャスターのねじはほどほどにねじ込んで使用すれば問題は解決します。

・肩あてが原因
これも以前の話ですが、首元あたりで共鳴が起こり、原因が分からず困っていました。しかし、肩あてを変えると共鳴が起こらなくなることが分かり、肩あてをよく調べてみました。

            
       この丸い部分のちょっとのゆるみが原因でした

原因は意外なことに、肩あて本体に脚をねじ込む金属部分のほんのちょっとのゆるみでした。
楽器の振動で金属でできている脚のねじの部分とねじ込む部位の金属同士が僅かに触れ合って振動を起こしていたのです。

作りはシンプルながら、繊細な楽器です。いやな共鳴から音を守り、楽しく演奏しましょう。
2010年1月9日(土)
演奏会のご案内
辛い時、苦しい時…モーツァルトの音楽に今まで何度助けられたでしょう。

「そんなちっぽけなことに悩まないで、それよりも僕と遊ぼうよ」

降り注ぐ太陽の光のような目映いばかりに光り輝いた音楽。目をつぶると柔らかな暖かい光に包まれているようです。

時折見せる物憂げな表情は、彼が人の悲しみや痛みを知っているからでしょう。

厳格な様式にのっとりながら、それを感じさせない快活なリズムと美しいメロディ。そしてちょっとの遊び心。

奇跡の音楽。それがモーツァルトです。

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          ◆演奏会のご案内◆

モーツァルト交響曲全曲演奏会『シリーズ7』

 2010年1月17日(日)午後2時開演
 会場:所沢市民文化センター『ミューズ』~マーキーホール~

  交響曲第9番ハ長調K.73(75a)
  ホルン協奏曲第1番ニ長調K.412(386b)
  交響曲第48番ニ長調K.111a
  交響曲第38番ニ長調K.504『プラハ』

2年前から私も賛助しています。今回は後期の代表作である「プラハ」をメインに、ホルン奏者も交えてホルン協奏曲を含む4曲を演奏します。

入場は無料です。お気軽にふらっとお立ち寄りいただければ嬉しいです。
2010年1月4日
あけましておめでとうございます
このHPを開設して、早いもので丸4年が経とうとしています。
「クラシック音楽を基に様々な発信をしていく」という目標は細々とではありますが、なんとか続けられているように思います。

今年もどれほどの更新ができるかは私次第ですが(…って、新年から弱気な発言)来年も迎えられればと思います。本年もよろしくお願いいたします。


昨日はちょっと遅いヴァイオリンの弾き初めをしました。12月終わりまではヴァイオリンを弾く機会も多かったので、怠けたのは年末年始含めて1週間程度だったのですがやっぱり・・・持った瞬間ヴァイオリンがしっくり体になじまなくて、演奏の勘を取り戻すまでに30分以上かかってしまいました。

ヴァイオリンに限った事ではありませんが、弾き続けないとあっという間に腕は鈍っていきます。以前も書いたのですが、筋肉がその動作を記憶していられるのはせいぜい3~5日程度だそうです。

新年早々耳の痛い話かもしれませんが、練習をさぼってレッスンに行けば、絶対見抜かれてしまいますよ!

とは言え、エチュードやスケール練習で30分も弾けば、すぐに弾く動作を思い出すことはできると思います。しかし、また弾かない日が続き、勘を取り戻しての繰り返しでは現状維持がやっとです。技術の進化を目指すのであれば、効率のいい練習を目的意識を持ってしっかりとしていく必要があります。

ある程度のレヴェルまで進んでいくと、以前ほど自分の成長が実感できないと思います。昨日できたことが今日は出来なくなっているという場合もあると思います。

それでもめげずにコツコツと続けることで、必ず上達しているはずです。(この文言は自分に言い聞かせてもいます)

演奏を楽しまれている皆様のさらなる飛躍をお祈りいたします。