四国歩き遍路 (2004年1月6日〜2月29日)
遍路を始めた朝の寒々とした風景はいまもよく覚えている。小雪が舞う中を民宿の外へ出ると、あたりはいちめん灰色のモノトーン。アスファルト道を歩きながら、「俺たちは何をやろうとしているんだろう」と思えてくる。それからふた月あまりが過ぎ、四国を一周して出発点に戻ってくると、菜の花が咲き始めた道をこれから歩き始めるお遍路たちが緊張した面持ちですれ違っていく。土方焼けして体も引き締まり、旅がすっかり日常になってしまった私たちは「がんばれよ!」と声を出さずに応援しないではいられなかった。
1.四国遍路とは?
四国遍路とは四国四県に散らばる八十八ケ寺をめぐる1200kmあまりの旅をいう。弘法大師空海の修行に由来するといわれる四国遍路は、いまや一大ブームとなっている。四国遍路に似たものに西国三十三ヶ所、板東三十三ヶ所、秩父三十四ヶ所がある。この三つはいずれも観音信仰で、遍路ではなく巡礼と呼ばれる(秩父巡礼を参照)。
3.歩き遍路
ほとんどの四国遍路はバス、自家用車、タクシーなどを利用したものである。でも、できれば歩くのが一番だ。「お遍路は歩くことの中にこそある」とも言われる。歩かなければ分からないことは山ほどあるし、理想論やきれいごとなどではすまないことも多い。それらをすべて直視し、受け止め、耐えることの中から、新しい私たちが始まっていく。はっきり言えば、歩き遍路にとってお寺は単なるスタンプ押印所にすぎない。「やれやれ休める」と言ってザックを下ろせる休憩所でしかないのだ。宿についても同様だ。宿に着いて風呂に入り、洗濯をし、飯を食って、「ああああ、極楽、極楽」と言って目をつぶればすぐに朝だ。毎日はとにかく歩くことで始まり、歩くことで終わる。そして気がつけば、いつのまにか歩くことがうれしくてうれしくてしかたなくなっている自分に気がつくことだろう。
4.遍路の決まり事
ごく日常的にお寺や神社に行く日本人だが、いざ遍路に出るとなると何をどうやっていいのか分からないことも多い。読経や納経など、最初はまごついたり緊張することだろうが、じきにそれも日常の一部となる。
よく知られているように、四国遍路(主に歩き遍路の場合)にはお接待の風習がある。ありがたくお受けし、お礼に納札を渡す。歩き遍路にとってはこうした人と人との出合いが大きな意味を持ってくる。
5.時期
私たちは正月の休み明けに出発した。一年で一番寒い時期だ。早朝、懐中電灯を手に宿の外へ出ると、あたりはまだ凍り付くような闇の中だ。路面が凍っていたり雪に覆われているとスピードも上がらない。おまけに日没は早く、道に迷ったあげくに日が暮れて途方に暮れたこともある。けれどもいいことだってたくさんある。大きな荷物を背負って歩いていると真冬でも汗がどっと出てくる。冬だからまだよかったものの、夏だったらえらいことになっていただろう。さらに宿はどこもがらがらで好きなところに泊まれ、なおかつ相部屋なんてことは絶対にない。そして雨も少ない。冬遍路は意外とオススメである。
6.装備
私たちは二人ともザック+ショルダーバックで通した。ショルダーバックには地図、さいふ、参拝セット(納経帳ほか)のような出し入れの多い物を入れたが、使い勝手がよかった。一番重要なのは靴だ。登山靴のようなものよりも平地を歩くことを重点に置いた運動靴の方がいい。2ヶ月歩くと底はすっかり磨り減ってしまう(その分、足腰は鍛えられている)。雨具は蒸れが少なくザックもカバーできるポンチョ型にした。小型懐中電灯も必携。遍路用品で必要なのは納経帳、納め札、線香、ろうそく、金剛杖、100円ライターくらいなもので、笠(背負っているザックにぶつかる)などは持っていても邪魔になることが多い。何が必要で何が不要かは最初の1週間で分かるので、不要品は送り返すのがいい。歩いてみれば分かるが、不要品は箸一本でも減らしたい。持って行くかどうか迷う物は、必要になったときに買えばいい。南極を横断しているわけはない。必要なものは途中でなんでも手に入る。
7.宿
いろいろな宿に泊まったが、正解は「民宿」。難は和式トイレが多いことだが、それさえ我慢すれば得るものは多い。民宿はお遍路の扱いにも慣れているので痒いところにも手が届く。高価なホテルなどは部屋が大きいだけでお遍路には不便なことの方が多い。宿坊もあるがお勤めでの正座には注意。無理に正座などするとただでさえ酷使している足が完全に壊れてしまう。中にはクセのある民宿もあるが、得体の知れない不特定多数のお遍路を相手にさんざん苦労してきたあげくのことであるのをよく理解しておきたい。また、相部屋になったときは禁煙、禁酒、早寝程度は厳守したい。一人旅の男性なら寝袋持参での善根宿(無料宿泊所)の利用もいいだろう。
9.トイレについて
民宿のトイレはまだまだ和式が多い。一日中歩いたあとで和式トイレにしゃがみ込むともはや自力では立ち上がれない。何かにつかまらないと立てないのだ。また、歩いている最中にトイレはなかなか見つからない。女性にとっては深刻な問題だが、そういうときは道脇の山へ入る。トイレ修行も遍路のうちだ。
10.洗濯
民宿には必ず洗濯機がある。毎日洗濯することで背負う荷物(着替え)を減らすよう努力した。乾燥機がついている宿もあるが、たいていは部屋につるし、暖房で乾燥させた。小分けの洗剤(コンビニで買う)、室内での物干し用のひも、洗濯ばさみ、針金ハンガーなどは必携。ただし大きなホテルなどでは洗濯機を置いておらずかえって不便に感じることも多い。やはりお遍路には民宿を勧めたい。
11.困ったこと
困ったことは毎日起こる。「よしよし、今日はそう来たか・・・」と思って楽しめばいい。様々な困難と出合い、それと付き合っていくことの中で私たちは多くのことを学び、成長していくことができるのだ。困難は必ずしも解決しなくてはならないものではない。どうしようもないことは目をつぶっていればいいのだ。お遍路は自分自身の弱さや、自分が善人などではなかったことに気づき、それを徐々に肯定していく旅でもある。それこそが真の意味での人間的成長なのかもしれない。
12.ガイドブック
歩き遍路の場合は地図に重点を置いたガイドブックが好ましい。お寺の写真ばかり載っているガイドブックは車遍路向きで歩き遍路にとっては重いだけの無用の長物。へんろみち保存協会編の「四国遍路ひとり歩き同行二人」 は歩き遍路用のルートが詳しく載っていて必携。
携行品
@遍路用品(ガイドブック以外は現地購入)
金剛杖、納経帳、納札、わげさ、数珠、経本、ろうそく、線香、白衣、ライター(持参)、ガイドブック
A衣類関係(基本的に登山用の軽く、そして乾きやすいものを3着)
Tシャツ、上着、ジャケット、下着、靴下、タオル、乾きやすいトレーナー、帽子、ポンチョ、物干しひも、針金ハンガー、洗濯ばさみ、小分け洗剤(現地購入)
B日用品
ザック(反射シートをつけておく)、肩掛けかばん、懐中電灯、水筒(ペットボトル)、磁石、運動靴、ノート、ボールペン、地図、会計帳、ロールペーパー、薬品(ヴァンテリン、テーピングテープ、風邪薬、目薬、ビタミン剤、ヨーチン、イソジン、カットバン)、ビニル袋(大小)、携帯電話(携帯充電器、電池)、テレカ、爪切り、石鹸、シャンプー、電気かみそり、ハブラシ、くし、筆記具、カメラ(充電器)、カッターナイフ、目覚まし時計、裁縫セット、ガイドブック、イヤホン(宿でのテレビ用)
最後に
お遍路というとどうしてもお寺でのお参りに重心がかかりがちだが、大切なのはあくまでお遍路の中で何を学ぶかだ。遍路を終えて最後にお参りした紀州にある有名な山では、坊さんがそでをまくり上げて高級外車を磨いていた。お勤めはもちろんその坊さんがやっていたのだが、空海が見たらなんと言うか、ぜひ聞いてみたいものだった。
8.歩き方
ともかくも最初のうちは意識してスピードを抑える。はやる気持ちのままいっきに飛ばすのは若者に多く、スタート3日目で足を壊しあえなくリタイアした男の子にも会った。こういう「最初に飛ばし過ぎていきなりリタイア」という人は結構多い。精神的にも肉体的にもつらい最初の一週間を耐えさえすればあとはぐんと楽になる。足のマメは赤チンで毎晩かならず手入れをし、歩き出す前にテーピングをする。筋肉疲労にはヴァンテリン軟膏がよく効いた。慣れてくれば女性でも一日40kmは軽く歩けるようになる。毎晩、体調を勘案しながら翌日のルートを検討し、次の宿に予約を入れておく。疲れたら無理をしないで丸一日ゆっくり休む。映画を見たり、美容室に行ったりして気分転換を図ろう。
2.なぜ遍路に出るのか?
なによりも忘れないでおきたいのは、お遍路はかくあるべきもの、という絶対的な基準などどこにも存在してはいないということだ。お遍路という「場」をいかに生きるかはすべて私たち個人個人の自由に委ねられている。救われたいと願って歩く人もいれば、単に歩きたいから歩く人もいる。帰る場所をなくして死ぬまで歩き続けている人もたくさんいる。お寺へのお参りはお遍路という日常のほんの一部分にしか過ぎないのだ。