以下は、とちぎ昆虫愛好会の機関紙「インセクト」に掲載された(第 58巻1号,p.1-14,2007)ものです。                                                                                                                                                
                                                                                                                                                                                      
                                  コガシラコバネナガカメムシとは何か?
                                             −「日本の」という名前を持つ外来種の話−

   
                                                                       高橋敬一


1.はじめに
 1961年,日高輝展博士によって,コバネナガカメムシ亜科に属する新属新種が記載された(Hidaka,1961).Ischnomorphus japonicus,コガシラコバネナガカメムシである(写真1, 後に本種はPirkimerus属に移された).“japonicus(日本の)”という名前を持つこのカメムシは,漆黒のスリムな体に美しい黄の帯を配し,地味な種の多いコバネナガカメムシの中にあって異例ともいえる美麗種であった.

写真1.コガシラコバネナガカメムシ成虫(高井幹夫氏撮影)
 基準産地“Noborito”は現在の神奈川県川崎市多摩区登戸にあたる.かつての昆虫少年なら登戸という名前くらいは聞いたことがあるはずだ.昭和30年代あたりまではかなり名の知られた採集地だったらしいが,現在では開発が進み,かつての面影はとうの昔に失われてしまったことだろう.
 基準標本の採集者名はA. Kato,標本は九州大学の昆虫学研究室所蔵となっている.A. Katoという人物について私は何も知らない.基準標本はオス,メス共 に1頭ずつと少数であることと,採集日が1954年4月19日となっていることから,繁殖場所から分散を始めた成虫がスイーピングなどによってたまたま採集されたものだろう.
 本種のような目立つ虫が戦後になってようやく記載されたのにはいくつかの理由が考えられる.そのひとつが彼らの生息場所だ.コガシラコバネナガカメムシはササの堅い茎の中で繁殖し,茎の外へ出ることはめったにない.そのため人目に触れることがほとんどないのだ.
 しかし偶然にも彼らが繁殖しているササに遭遇し,その茎を割ってみるようなことがあれば,強烈な臭いを放って茎の中からわらわらと這い出してくる成虫や幼虫に,虫屋でさえササを持つ手を放してしまうに違いない.
 世界中にカメムシはたくさんいるが,ササのような堅い茎の中に棲むことが知られているのは本種のみである.いったいこのカメムシはどのようにしてササの堅い茎の中に入るのだろう.
 その答えは意外なほどに単純である.彼らは自分で穴を開けて茎の中に入るのではなく,何者かがササに開けた穴を利用して茎の中に入るのだ.だから本種が入っている茎には必ず先住者がいる.そしてその先住者が出て,その後も茎が枯れずに残り,汁液の吸収を行えるような場合にのみ,本種の成虫が侵入して繁殖を開始することができる.
 コバネナガカメムシ亜科に属する種においては,その名の通り短翅型が多く出現する.ところがコガシラコバネナガカメムシはこれまでのところ長翅型しか知られていない.何かの見落としではないかと思い,私自身ずっと注意して観察を続けてきたが,やはり長翅型しか見つからない.見落としなどではなく,そもそも本種には短翅型が存在しないらしい.
 また,本種は長い間,関東地方およびその周辺部でしか記録がなかった.立派な翅を持ち,しかも長翅型しか出現しないような種が,なぜ関東地方にしか分布していない(いなかった)のか? 
 その答えとして,近年になって本種がどこかよその国から人為的に関東へ持ち込まれたと考えれば,戦後になっての発見も含めてつじつまがつく.その点を国立科学博物館の友国雅章博士にお伺いしたところ,「私もそう思う.長谷川仁さんも以前にどこかでそのようなことを書いておられた」とのことであった.井上(1999)も,中国から名古屋港へ入るタケ(種名は不明)の中に本種がよく発見されることを記し,本種が外来種であることを示唆している.
 実際,中国の図鑑には本種がタケの害虫として載っている(章, 1985).分布域は浙江省,江西省などの中国南部.年2化で,ヤガなどが開けた穴から茎の内部に侵入することも書かれている.“japonicus”という名前がついていながら,本種の真の原産地は中国で,恐らくは明治以降になってから,中国から輸入されたタケかササについて関東地方に侵入したものに違いない.
 余談だが,日本ではタケ・ササ類のうち成長を終えてもタケの皮をつけているものをササと呼ぶ慣習になっているが,これはあくまでも便宜的な分類方法に過ぎない(内村,2005).
 最近は昆虫相に関する知識も増えてきて,外国から新しく入ってきた種はすぐにそれと分かることも多いが,ほんの少し昔となると,そういうことが疑われることもなく,新たに見つかった種はほとんどすべて日本の土着種と考えられたのだろう.
 以上がコガシラコバネナガカメムシについてこれまで知られているおおまかな状況である.本論に入る前に,私が本種と関わるようになった経緯について簡単に触れておきたい.

2.コガシラコバネナガカメムシとの出会い
 2004年の秋も終わりに近いころ,茨城県北部にある西金砂山というところに採集にでかけた.そこでAradus属(ヒラタカメムシ科)の未記載種やボタンヅルグンバイなどの珍しいカメムシを採集した私は,きょうはもうこれで十分と思い,午後も早いうちに山を下りることにした.そして麓の集落まで降りてきたところで,ふとアズマネザサの藪が目に入った.よく見ると道の脇の吹きだまりではササの落ち葉が山盛りになっている.
 ササの落ち葉には珍しい虫がいることも多い.私はザックから篩を取り出し,ビーティングネットの上でアズマネザサの落ち葉を篩ってみた.ややあって,ハネカクシやアリヅカムシに混じり,黒くて細長い奇妙な(左右対称の)ものが落ちてきた.虫の死骸のようにも見えたので.つまみあげてルーペで覗くと,はたしてコバネナガカメムシの死骸であった.が,私の知っているコバネナガカメムシ亜科の種とは雰囲気がまったく異なっている.
 帰宅してから高知県在住のカメムシ研究者,高井幹夫さんに連絡を取ると,それはコガシラコバネナガカメムシという珍しいカメムシで,ササの茎の内部に生息しているという.なんとか生きた個体が欲しいとのことだったので(高井さんはカメムシ図鑑作成のためにカメムシの写真を撮られている.カメムシは死ぬと変色することが多いので,生きた個体の写真を撮る必要がある),数日後,私は再び同じ場所を訪れた.まずは剪定ばさみを使ってササの茎を次々と見境なく割っていったが,20本ほど割ったところであっさりとあきらめてしまった.生きた茎にせよ,枯れた茎にせよ,こんな堅い茎の中にカメムシが潜り込めるわけがない.手も疲れてしまったし,それに割った茎があちこちに散らばって,何だかひどく悪いことをしたような気にもなってくる.
 少し考えてから,今度は途中で折れているササの茎を割ってみた.案の定,折れた節の底からコガシラコバネナガカメムシの死骸が出てきた.喜んだ私はさらに別の折れた茎を割ってみた.やはりそこにも本種の死骸が見つかった.だが生きている個体は1頭も現れない.本種は卵越冬をし,成虫は冬が来る前にすべて死んでしまうのだろうか.
 あちこち歩き回っているうちに今にも折れそうな一本の茎が目に入った.まだ青々としている.割ってみると,中からシロアリがわらわらとあふれ出てきた.うわあ,と思った瞬間,続けて黒い細長い虫が現れた.離そうとした茎を再び握りしめてよく見るとコガシラコバネナガカメムシの成虫だ.シロアリと思ったのは幼虫だった.
 それにしても折れかけの茎というは微妙だった.どうなっているのだろうと思って割った節をよく調べてみると穴が開いている.この穴から茎の中に入ったものと思われたが,何が開けた穴なのかは分からなかった.けれどもともかく生きたコガシラコバネナガカメムシの成・幼虫は手に入った.それらを生かしたまま高井さんに送ってしまうと,私はすっかり荷が下りたような気がして,このカメムシのこともじきに忘れてしまった.
 翌春の5月,晴れた暖かい日のことだったが,私はいま住んでいる茨城県牛久市の郊外にあるクリーンセンターへ粗大ゴミを捨てに行った.その帰り際,ふと思いついてセンターのすぐ近くにある放棄水田でスイーピングを行ってみた.ヨシやガマが茂り,いかにも虫がいそうな気がしたのだ(ネットはいつも車に積んである).するとまったく予期しなかったことに,あっという間に20頭あまりのコガシラコバネナガカメムシ成虫が網に入ってきた.北茨城まで行って苦労して探した虫が,わが家からさほど遠くない場所に生息していたのを知り,私は唖然とした.あらめて眺めてみると,放棄水田の脇にはアズマネザサがびっしりと生えている.
写真2.アズマネザサ

 「これは生態を調べる絶好のチャンスかもしれない・・・」私はそう思った.ただ,いったいどのようなアプローチをしたらいいものか,考え込んでしまった.
 その翌日,私はまたクリーンセンターへと出かけた.手にはキリを持っていた.いかに怪しい虫とはいえ,カメムシが自力でササの茎に穴を開けるとはとても思えない.西金砂山での観察でも何者かが開けた穴を通って茎の中へ入っていたようにも思えた.だからキリで人工的に穴を開ければ茎の中へ入るかもしれない.もちろんそう簡単には入らないだろうが,他に手だては考えつかなかった.何もしなかったら後で後悔するに決まっている.その日,私は数十本のアズマネザサの茎に穴を開け,家に戻った(穴の直径は4mm.穴を開けた茎にはビニルテープで目印をしておいた).
 それからひと月後,またそこへやってきた私は,穴を開けておいた茎を剪定ばさみで一本切り取り,そっと割ってみた.中にはコガシラコバネナガカメムシの成虫が2頭入っていた.
 「よし!」そう思った私は,このカメムシと今後も長く付き合って行くことに決めたのだった.

3.発生生態
@ どのような状態の茎で繁殖しているのか?
 これまで本種は,まったく外傷のないササからは一度も見つかっていない.また途中で折れて枯れた茎からは死骸しか発見されない.生きた本種が発見できるのは,何者かの脱出孔が開いた節のみに限られ,なおかつ,茎がまだ生きている必要がある.
 直径1cm以上のアズマネザサ(写真2)の茎に,キリ(直径4mm)で穴を開けたり,節間を切断したり,節間を折ったりするなどの加工を加え,本種の侵入状況を調べてみた.その結果,キリで穴を開けた区のみ侵入が見られた(表1).茎に穴が開いていることは本種の進入にとって不可欠の要素であるらしい.

                           表1 人工的な処理茎へのコガシラコバネナガカメムシの進入状況

処理 コガシラコバネナガカメムシが入っていた茎数(各20茎中)
節間を切除                          0
節間を手で折る                           
キリで穴(直径4mm)を開ける                         12
無処理                          0

                                             4月14日処理,9月15日調査(2006)

 なお,このように,ササの茎に穴(直径4mm程度以上)を開けると本種が侵入することから,この方法を用いて任意の地域における本種の生息状況を容易に確認することができる.ただし移動時期を考慮し,穴開けは4月ころに行うのが望ましい.
 本種にとってササの茎の太さは重要で,外径が1cm以上の茎になると穴さえあれば確実に進入できるが,これよりも細い茎になると穴が開いていても侵入率は低下する.また,たとえ外径1cmの節といっても,内径はもっと細い.体長8mmもある本種の成虫が,はたしてササの茎の中で頻繁に向きを変えているのかどうか,私には見当もつかない.
 アズマネザサ以外に,本種がどのような種類のタケ・ササに入るのかは不明だが,中国では毛竹(モウソウチク)に入るという(章, 1985).日本においてモウソウチクから本種が発見された例を私は知らないが,1cm以上の茎の太さがあり,なおかつ節に穴が開いていさえすれば,おそらく多くの種類のタケ・ササ類でも繁殖することが可能ではないかと私は考えている.
 キリなどで茎に穴さえ開ければどのタケ・ササ類で繁殖できるのかすぐに分かるが,モウソウチクのような大型のタケに穴を開け,その後切り倒して節の内部を観察するのは,そう容易なことではない.また,中国においても,ササに侵入している可能性は高いと思われる.
 さて,本種が侵入する前にササの茎に穴を開けた生物はいったい何者なのか.農林有害動物・昆虫名鑑(2006)にはタケ・ササ類を加害する動物(昆虫を含む)として61種があげられており,その中で茎に穿孔すると思われるものにはサビアヤカミキリ,タケアツバ,タケカレハ,タケトラカミキリ,タケノホソクロバ,タケノメイガ,ハイイロヤハズカミキリ,ハジマヨトウ,ベニカミキリ,マダケコバチ,モウソウタマコバチなどがある.このうちカミキリはいずれも枯れたタケの害虫であって,生きたササの茎に食入することはない.吉松ら(2005)は日本においてタケ・ササ類を加害する鱗翅類を対象に調査を行い,ヨトウガ3種を報告した.ただ,調査対象はタケノコであり,また過去の文献で報告されたタケ・ササ類を加害する鱗翅目の大部分は食葉性であったという.ササはタケに比べると重要性がはるかに低く,害虫相の調査もほとんど行われていないのが現状である.
 章(1985)によれば,本種はヤガ等の脱出孔を利用して茎内へ入る二次性害虫であり,多くの場合,2-3年生のタケに入り,新いタケや4年以上たったタケには少なく,また,日向のタケ,および高標高地ほど数が多いという.これまで穴の開いた節(カメムシは入っていなかった)の中にガの蛹の抜け殻を見つけたことはあるが,それが何という種類のガであるのかは分からなかった.先住者の脱出孔は節の下の方に開けられていることが多いが,このことはカメムシの生育にとっても重要である(この点については次項で述べる).
 いずれにせよ,この先住者がササを枯らしてしまったら,コガシラコバネナガカメムシはそこでは繁殖できない.
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A 茎の中での発生消長
  2005年5月12日にアズマネザサの茎に穴を開け,同年11月まで毎月中旬に5茎を分解し,内部のカメムシの数を記録した.2006年も4月17日に穴を開け,翌2007年4月まで毎月中旬に10茎を分解して,同様の調査を行った.
  図1に穴を開けた茎への本種の侵入率の推移を示した.穴を開けて2ヶ月が過ぎると侵入率はほぼ5割を超え,10-11月には100%に達したこともあった.穴さえあれば,そして茎がまだ生きていさえすれば,かなりの高率で侵入するといってよい.




 一方,茎の中での卵,幼虫,および成虫の発生消長を図2に示した.茎内に入った成虫はすぐに産卵を開始し,卵の数は7月にピークに達している.幼虫も次々と孵化し,9-10月にピークに達した後,成虫の羽化最盛期が始まる.冬期にも様々なステージが見られるが卵は少ない.日本のカメムシはまれに卵越冬も行うものもあるが,ほとんどは成虫越冬だ(日高, 1996).本種のように冬にも様々なステージが混在していることは,本種が亜熱帯から熱帯起源の休眠性を持たない種であることを示唆している(友国,私信).
 次項で述べるように成虫は主に春に分散し,新たな繁殖を始める.したがって野外における本種の消長も,概ね図2のような年1化の経過をたどると考えてよい(中国では先に述べたように年2化).
 なお,開いた穴から茎内へは雨水が入る.これまでの観察では,茎内の湿度が高すぎると死亡率が高くなるようだ.穴はできるだけ下部に開いている方が内部に溜まる水も少なく都合がいい.先住者によって開けられた穴は節の下部に多く,このことは本種にとって重要な意味を持っている.
  春に茎内に侵入してくる個体数は1節あたり1〜数個体で,侵入してくるメスが交尾済みであるかどうかは確認していない.なおこれまでの2年間の観察において,交尾中の個体を観察したことは,茎の内部においても,また外部においても,一切ない.
 茎内での繁殖によって出る脱皮殻は,穴のすぐ下,節の内部に,木くずでできた栓のようになってたまっていることが多い.
 本種はササの節の内部に高密度で生息する亜社会性昆虫である.また先住者の穴を利用することから,労働寄生を行っていると見なすことができる(河野, 私信).
B 分散時期
 表2に,茎外での本種の観察記録を示した.茎外で見つかるのは成虫のみで,春と秋に観察されている.中でも春の観察例が多いことから,主な分散時期は春と考えてよい.原産地にはない長い冬の寒さの後にやってくる春は分散の好機だ.春に産卵された卵が孵化すると成虫の密度が高まるのは秋となり,茎内はかなりの過密状態となる.そうした過密状態から脱しようとする個体が秋にも分散するのだろう.                            

                表2 茎外での成虫の観察例

記 録
    4月 1♀:茨城県牛久市,2007年4月13日
2♂:茨城県稲敷市,2007年4月15日
1♀:茨城県牛久市,2007年4月24日
    5月 約20頭:茨城県牛久市,2005年5月3日
1♀:栃木県烏山城趾,1999年5月5日(井上, 1999)
1頭:茨城県牛久市,2006年5月22日
1♂:千葉県一宮町,1992年5月22日(黒佐, 私信)
    6月 1頭:茨城県牛久市,2005年6月12日
    9月 頭数不明:静岡県掛川市,1992年9月6日(井上, 1999)
頭数不明:神奈川県箱根町,1995年9月15日(井上, 1999)
   10月 1♂:茨城県牛久市,2006年10月14日

茎内での観察例は載せていない.なお,文献が示されていないものは筆者による観察例

C 産卵
 春になって成虫が侵入してきた節では,7月ころをピークに産卵が行われる(写真3).産卵部位は節内の最上部で,これはできるだけ穴から離れ,過湿を避けるためと思われる.卵は休眠することなく一週間程度で孵化してくる.7月以降にも産卵は行われるがその数は少ない.なお,夏以降になると節内の上部には成・幼虫がひしめいており,そのためか,比較的余裕のある節の中位部への産卵が多くなる.
写真3. 卵(高井幹夫氏撮影)

D 幼虫
 コバネナガカメムシ亜科の他種の幼虫に比べると,コガシラコバネナガカメムシの幼虫は異様なまでに白い(写真4).孵化時から終齢幼虫に至るまでずっと白いままで,そのため茎を割ったときに出てくる成虫と幼虫の色のコントラストに最初は驚くことだろう.幼虫も卵同様に春から夏にかけては節内の上部に集中しているが,内部が一杯になってくると徐々に下の方にも分散してくる.
 カメムシ類は通常5齢を経て成虫となる.本種幼虫も5齢を経て成虫になるといわれているが(章,1985),インターネット上のとあるサイト(International Network for Bamboo and RattanによるInsect pests of bamboos in Asia)では終齢は4齢と書かれている.実は同じコバネナガカメムシ亜科に属するニッポンコバネナガカメムシDimorphopterus japonicusでは4齢を経て成虫となることが知られており(Sasaki et al, 2002 ),本種が実際に何齢を経て成虫になるかはさらに確認する必要がある.
写真4. 幼虫(高井幹夫氏撮影)

E 成虫
 細長い体の表面には長毛が,そして脚にはトゲが密生している.体長は8-9mmだがメスの方がやや大きい.なお,記載論文ではオスの体長が0.8mm,メスの体長が0.9mmとなっているが,これはそれぞれ0.8cm,0.9cmの間違いである.オスの腹部末端には丸い陥没部(写真5)があり,これによって容易に雌雄を判別できる.節内の成虫のメス:オス比は年間を通して,ほぼ1:1であった.本種の際だった特徴のひとつに翅型がある.これまで観察してきた2000頭を超える成虫(牛久市以外での調査も含む)はすべて長翅型で,短翅型は1頭も観察していない.コバネナガカメムシ亜科にありながら短翅型が1頭も出てこないというのはいったいどうしたことだろう.
 写真5. 腹部末端(左がオス,右がメス.高井幹夫氏撮影)

 本種の場合,繁殖場所はササの節の内部というごく限られた空間でしかなく,短期間の繁殖で文字通り押し合いへし合いの状態になってしまう.そのため羽化してきた新成虫は別の節に移動しなくては十分な繁殖を行えない.こうしてしかたなく穴を出る新成虫だが,密生しているササ藪の中で,歩きながら穴の開いた節を探し出すなどはとうてい不可能な話だ.翅を使って飛び回りながら探さなくては穴など見つかるものではない(探索においては,穴から出る何らかのにおいを手がかりとしているのだろう).こうした状況の中,短翅型の遺伝子は淘汰にあっていつの間にか消滅し,長翅型のみとならざるをえなかったに違いない.
 昆虫は無翅から有翅へと進化してきたが,中にはコバネナガカメムシ亜科のように,せっかく得た翅を短翅にすることによって翅を作るエネルギーを繁殖などへまわす種も出てきた.そしてその中から,コガシラコバネナガカメムシは再び長翅型のみへと進化したのだ.
 なお,モウソウチクのような大型のタケの節の内部はササの節の内部などにくらべると格段に広く,複数回の世代交代も可能だろう.そうなると短翅型が出てもおかしくはないのだが,実際には短翅型は見つかっていない.本種はもともと細いタケ・ササ類で進化したのかもしれない.
F 天敵
 これまでに確認された本種の天敵は極めて少ない.2年間の観察において,わずかにヒゲジロハサミムシAnisolabella marginalis の幼虫(4-5齢)が2頭,ムカデ(未同定)が1頭,そしてクモ(未同定)が2頭,節内で見つかったのみである(いずれの場合も捕食の形跡を認めた).
 穴を開けたササにシリアゲアリ属のアリが営巣していることもある(営巣率は約5%).ただし一般的にアリはカメムシの臭いを嫌う傾向にあり(藤崎, 2001),実際,このアリが本種を補食した形跡もまったく見られない.したがってアリは本種が生息していた節に侵入して営巣しているのではなく,本種が侵入していない茎で営巣していると考えた方がよい.
 中国には天敵もそこそこいるのかもしれないが,少なくとも現時点での日本においては,コガシラコバネナガカメムシの生存にとって一番大切なのは,天敵よりもむしろ,穴のあいたササの節の数であるといってよいだろう.
 なお,穴の開いた節の中からはホソコバネナガカメムシMacropes obnubilusも2頭見つかっている.見つかったのは冬期で,かつ,枯れた節の中においてだった.また,カグヤヒメキクイゾウムシ Pseudocossonus brevitarsis も数頭,枯れた節の中から発見している.
 以上の他に,ダニの一種と双翅目の幼虫がコガシラコバネナガカメムシが繁殖している節の中からよく見つかる.これらの標本を黒佐和義博士にお送りして見ていただいたところ,次のようなご返事をいただいた.許可をいただいたので,そのままここに掲載する.
 『ダニはどちらの瓶にも入っておりました.全部で40個体以上ありそうだったので,一部だけ(メスオス成虫・幼虫・第2若虫など)調べました.ダニ目(Acari)無気門亜目(Astigmata)のコナダニ科(Acaridae)のものですが,残念ながら属名は決定できません.じっくり調べれば,属は分かるでしょうが,いずれにしても,おそらく未記載種だろうと思います.なお,不思議なことにこのダニの第2若虫の多くは何かの卵らしいもの(孵化した後の卵殻)の中に入っていました(筆者注:コガシラコ
バネナガカメムシの卵殻と思われる).コナダニ類の第2若虫(いわゆるヒポプス)はその場所で発生する昆虫の体表に付着して外界に(新天地を求めて)出て行くことが多いのですが,問題のナガカメの体表にダニを見つけられたことはありませんか.カミキリムシなどでは,キノウエコナダニ科のヒポプスがよくみられます.
  細長い幼虫は双翅目(Diptera:ハエ目)の長角亜目(Nematocera)のもので,小生の使った検索表ではヌカカ科(Ceratopogonidae)に当たりますが,ヌカカの幼虫がそのような比較的乾燥した場所に発生することはちょっと考えにくく,本当にヌカカかどうか全く自信がありません(もっとも日本産のヌカカで幼虫の生態の分かっているものはいくらもないようですが).』
 コガシラコバネナガカメムシの侵入している節には穴が開いていて,そこから節の内部に雨水が入る.そのため内部は時にかなりの高湿となり,ヌカカの幼虫の生息も可能となるのだろう.また,コナダニやヌカカの幼虫とコガシラコバネナガカメムシと間にどのような関係がるのか,現在のところまったく分かってはいない.
ダニについての詳細な観察→クロアリさんのホームページ@そしてA
さらにはこんな生物も→Aclerisさんのホームページへ
G コガシラコバネナガカメムシの進化
 コバネナガカメムシ亜科において生態が分かっている種は,コガシラコバネナガカメムシを除いてすべてイネ科などの単子葉植物の表面で生活している.葉と茎のすきまに潜り込んでいる種も多いが,茎の中での繁殖が知られているのは本種のみだ.
 タケ・ササ類もイネ科に属し,ホソコバネナガカメムシのようにこれを寄主とする種もいる.タケ・ササ類の表面に生息していた種が,他の生物が開けた穴を利用する方向へと進化したものがコガシラコバネナガカメムシではないだろうか.
 なお,先にも述べたように,アズマネザサの穴の開いた節の中にホソコバネナガカメムシが入っていることもある.中で繁殖しているわけではなく,たまたま入り込んだ個体が見つかるにすぎないが,このことからも,コバネナガカメムシ亜科の種が,ササなどの茎に開いた穴から内部へ入り込んでいく可能性を十分に持っていることがうかがえる.
H ササの茎の中に住むことの長所と短所
 ササの茎の中で生活することには長所と短所がある.長所としては,穴に入ってこれないような大型の天敵を回避できることと,暴風雨などの気象災害の影響を受けにくい点があげられる.そしてこの2点こそ昆虫にとっては最大の脅威だ.その点でササの茎の中に棲むということは,私たちが家屋の中に住むのと同じように,コガシラコバネナガカメムシの生存にとってはきわめて有利に働く.
 一方で短所もある.ササの節のような狭い空間の中で無制限に増殖し続けることは不可能で,じきに(特に秋以降),節の中は成幼虫であふれかえってしまう.適当な機会に節を出て,穴の開いている新しい茎を探さなくてはならない.ところがそんな節は決して多いものではない.穴を開ける生物が万一いなくなるようなことがあったら,本種の繁殖場所もなくなってしまう.
I 本種によるササの被害
 これまで2年以上にわたって観察を続けているが,本種の侵入によって茎が枯れたと思われる事例はひとつもない.本種が侵入している茎が枯れることもあったが,それは強風によって穴の開いた部分から折れてしまった場合である.これは先住者の穴開け行為が原因となっており,本種の加害が茎折れを助長している証拠は特に認められなかった(多少はあるのかもしれないが).
 これまでに本種は関東を中心とする太平洋岸(北は北茨城市まで)で採集されており,現在も徐々に生息範囲を拡大しつつあると思われる.また,これまで稀種とされてきた本種だが,少なくとも関東地方においてはどこにでもいる普通種ではないかと私は考えている.本種が生息しているかどうかは,キリなどでササの茎に穴を開けておくことで容易に確認することができるので,ぜひ試してみていただきたい(くどいようだが穴の直径は4mm以上,そして穴開け時期は4月頃が望ましい).

4.エサキコバネナガカメムシについて
 本種の属するPirkimerus属はアジアに14種を産する(Slater and Ahmad, 1965).いずれも稀種で,しかも有翅虫しか知られていない.そのうち生態
が分かっているのはコガシラコバネナガカメムシだけだ.ここまで読めば,誰でもぴんとくるだろう. 日本にはPirkimerus属に属する種として,本種の他にエサキコバネナガカメムシ P. esakii がトカラ列島中之島(基準産地)および沖縄本島から知られている(Miyamoto and Hidaka, 1960).コガシラネナガカメムシをもう少しスリムにしたような体型を持っている(写真6).
写真6. エサキコバネナガカメムシ (高井幹夫氏撮影)

 エサキコバネナガカメムシの寄主はリュウキュウチクではないかといわれている(林, 1994).2006年6月,沖縄本島を訪れた際に本種の調査を行ってみた.リュウキュウチクの茎の中に棲んでいるものと想定し,沖縄在住の稲田悟司氏にお願いし,あらかじめ20本ほどの茎に穴を開けおいていただいた.しかしこれらの処理茎の中に本種を発見することはできず,またビーティングなどによっても採集できなかった.
 リュウキュウチクは沖縄本島のいたるところに繁茂しているにも関わらず,本種はこれまでほとんど採集記録がない.たとえリュウキュウチクの茎の中に生息しているにせよ,コガシラコバネナガカメムシとは異なり,生息密度はかなり低いのかもしれない.

5.外来種であるコガシラコバネナガカメムシは駆除すべきか?
 コガシラコバネナガカメムシが人為的に日本へ持ち込まれた外来種であることは間違いない.そして外来種はいまや文句なしの悪役だ.最近の例にならい,私たちはコガシラコバネナガカメムシの駆除に立ち上がるべきなのだろうか?
 外来種とは文字通りの意味で考えれば,ある地域へ外部から侵入してきた種を指している.一般的にはそうしたものの中でも特に,外国から入ってきて,かつその移動に人間が関与している種がこう呼ばれることが多い.したがってシロヘリクチブトカメムシ(じわじわと北上中)や迷蝶(台風などにより移動してくる)などが外来種と呼ばれることはまずない.「外来種」とはそもそもかなり主観的な概念なのだ.
 外来種は土着種の生息場所を奪ったり,病気や寄生虫を持ち込んだりする.その上,もしそれが害虫で,かつ被害も大きい場合は,薬剤などを用いた防除を行わなくてはならず,他の生物がそのとばっちりを受けたりもする.
 外来種と呼ばれる昆虫として,イセリアカイガラムシ,オンシツコナジラミ,アオマツムシ,イネミズゾウムシ,アルファルファタコゾウ,ラミーカミキリ,ヨコヅナサシガメ,外国産愛玩昆虫など,たちどころに数多くの名前を挙げることができる.植物でもセイタカアワダチソウ,ブタクサ,その他たくさんある.昆虫以外の動物においても,ウシガエル,ブラックバス,アライグマなど数え上げればきりがない.
 さてしかし,よく考えてみるとイネも外来種である.イネだけではない.日本人自体ごく最近やってきた外来種だ.様々な野菜や果樹,ペットや家畜,病原体などもその多くは外来種だ.その上,外来種は生物ばかりとは限らない.私たちの身の回りにある様々な工業製品やその原料も外来種であり,また,私たちの今日の文化も,その多くが外来種か,あるいはその雑種である.それらはすべて,日本の自然や私たちの社会に多大な影響を及ぼしながら,いまの日本を作り上げてきた.
 個人の価値観は過去の地球の歴史すべてを知り尽くした上で成り立っているわけではない.本能のプログラムに基づき,私たちが生まれて以降の経験の中で作り出されたものに過ぎない(私たちはそのことを普段まったく意識してはいない).そしてそのまま,個人の経験を普遍的なスタンダードと信じてやまず,何か変化が起こりそうになるとそれを阻止しようとする(「昔はよかった」とはこのことである).それは生物学的にはごくまっとうな本能的反応だ.それまで自分を維持してきたシステムの変化は,自らの存続を危うくさせかねないからである.善悪の判断もまた,こうした束縛から自由ではあり得ない.当然外来種もこの感覚の中で排除するべきものとしてとらえられる.時に起こる外国人や国内他地域からの移住者の排斥も,基本的にはこの感情に基づいている.
 しかしこれまでの人間の歴史を見ても分かるように,いったん定着してしまった外来種に対して実行力のある排除手段などまず見つかりはしない.大きいのは外来種排除のかけ声ばかりで,実際に効果があがっているものと思い込んでいると,とんでもない見当違いが起こる.
 また現在のような激しい物流の中にあっては,外来種の侵入を防ごうにも,そこには技術的,経済的な厳しい限界が存在している(しかし私たちは,自分がしなくてはならないことについては「とても無理だ・・・」と思ったりもするが,他人がするべきことについては「やればできるはずだ!」と思ってしまうことが多い).
 外来種問題は,多くの物を自らのテリトリーに持ち込まずにはいられない人間の本能に端を発している.そこのことろをよく理解しないままに「外来種は絶対に排除すべし!」などといとも簡単に主張することは,やはり私にはできない.
 私は外来種がどんどん入ってきて,それでかまわないといっているのではない.この問題が人間の本能と深い関わりを持っていることをあくまでも忘れないでいたいと思っているだけだ. 
 外来種は,限られた予算の中でその侵入を防ぐよう努力し,それでも定着してしまったなら,多大な経済的損失が生じた時にだけ,他の多くの問題と同じようにして,なんとか適当なところで折り合いをつけ,あとは「人間の業だ」と思ってあきらめるしかない.
 現在,外来種問題を含め,私たち人間が引き起こしている自然破壊は,地球上のいたるところで種の絶滅を押し進めている.しかしながら,ともすれば否定的な観点からのみ語られるこの「完新世の大絶滅」こそ,地球上で何度も繰り返されてきた進化のドラマそのものではないだろうか.
 日本からコガシラコバネナガカメムシがいなくなろうがどうなろうが,私の知ったことではない.ただ,コガシラコバネナガカメムシは今のところ目に見えるような被害を私たちに与えてはいない.さらにまた,見えづらい場所で隠れて生きる彼らを根絶することなど事実上不可能でもある.“japonicus”,すなわち「日本の」という名前を持ったこの外来種は,日本の風景の中に今後も徐々に浸透していくことだろう.
 コガシラコバネナガカメムシは,イネやエイズやクリスマスや日本人と同じく,この日本に移り住んできた私たちの同胞なのである.

謝辞
 高井幹夫氏(高知県香南市)には,コガシラコバネナガカメムシの撮影をお願いすると共に,エサキコバネナガカメムシの写真および数々の文献をご提供いただいた.黒佐和義博士(東京都豊島区)にはダニおよびヌカカ幼虫の同定を賜ると共に,ご自身の採集記録をご教示いただいた.また友国雅章博士(国立科学博物館)および河野勝行博士(独立行政法人野菜茶業研究所)には文献をご教示いただくと共に,数々の有益な示唆を賜った.河野博士にはハサミムシの同定もお願いした.森本桂博士(九州大学名誉教授)にはカグヤヒメキクイゾウムシの同定を賜い,沖縄県在住の稲田悟司氏(フィールド・リサーチ)には沖縄での調査において多大のご助力を賜った.そして佐藤光一氏(栃木県宇都宮市)および松村雄博士(栃木県那須塩原市)には本報告執筆の機会を与えていただいた.以上の方々に対し,この場をお借りして心より御礼申し上げたい.

引用文献
 1. 藤崎憲治.2001.カメムシはなぜ群れる?. 京都大学出版会, 京都.258p.
 2. 林 正美. 1994.琉球列島産半翅類数種の寄主植物.Rostoria 43:57-61.
 3. Hidaka, T.1961.Studies on the Lygaeidae XXV.A new genus of the subfamily Blissinae from Japan. Kontyu 29:255-257.
 4. 日高敏隆編.1996.日本動物大百科8.平凡社,東京.188p.
 5. 井上智雄.1999.烏山城趾でコガシラコバネナガカメ.カメムシニュース 17:2.
 6. 上智雄.2001.コガシラコバネナガカメムシは竹の稈で集団越冬.カメムシニュース 25:5.
 7. Miyamoto, S.and T.Hidaka.1960. Entomological results of the scientific survey to the Tokara Islands, VIII.Hemiptera-Heteroptera.Kontyu 28:42-47.
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以上の内容への補足
1.コガシラコバネナガカメムシのような茎内で繁殖する種から茎外で繁殖する種が進化した可能性もある。その場合、長翅型から長翅型+短翅型が進化したともいえる。
2.本種の分布拡大のためには、タケ・ササ類の節に穴を開ける生物の分布が前提となる。したがって本種が分布を拡大した場合、それが単に本種の分布拡大なのか、それとも穴を開ける生物の分布拡大が原因なのかを見極める必要がある。

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