ミネラルウォーターが流れる川

 音無川 島原


島原には音無川(おとなしがわ)という美しい名前を持った川がある。流れているのはミネラルウォーターだ。
今から約200年前の雲仙岳噴火災害で街の中心部に突如陥没湖が現れ、こんこんと湧水が湧いた。白土湖(しらちこ)という。

この湧水を海に流すために作られた水路が音無川だ。音無川の始点は下の写真。

今も湧き水は絶えることなく街の中心部で湧き続ける。

そう考えれば、都市部では信じられない贅沢な光景だ。この川の水で水割りをつくれば何万杯になるのだろう。

やがて流れはアーケード外れの道下を暗きょとなってくぐり、しばし進んでまた現れる。

道行く人もまばら。この辺り、路地裏マニアにはたまらない風情だ。

この流れに向けて大きく空間を開けたカフェやバーがあればなんて素敵なことだろう。

上写真の場所にはかつて曙座があった。映画館であり、なおかつ時折芝居小屋となる人々の集いの場所だ。

水道水もすべて湧き水。島原に住む人は、水道水で水割りができ、ミネラルウォーターを沸かして風呂に入る。水道代も全国で有数の安価さだ。

流れは驚くほどの透明度を保ちきらめき海へと向かう。

  • 散人さんのコメント
    曙座は二月(ふたつき)に十日間は芝居小屋になる。当時(昭和30年代)の九州は所謂どさ芝居の宝庫であった。それは炭鉱の隆盛と密接な関係があったのだ。炭鉱夫達の娯楽の頂点に田舎芝居が君臨していた時代だ。大牟田を本拠とする一座が春になると海を渡って島原にやってくる。昼間三輪自動車で一座が街中を宣伝して駆け回る。
    「吉野屋一座本日曙座にて初日でございます。今回は一座新星の月ヒカルが島原初お目見え、絢爛豪華衣装を纏(まと)い踊りますは娘道成寺、慕いしお方の裏切りに、身を狂わんばかりの嫉妬の焔(ほむら)燃や続ける蕾(つぼみ)の十七。・・・・」
    大仰な宣伝口説に縁側で居眠りしていたばあ様の目パチリと開いて「五時に出るよ」と十才の散人に囁く。散人「川端屋は?」とラーメンねだると「芝居の前にな」と銀歯みせてニヤリと笑う。ばあ様は母の親、今で言う認知症がまだらに入っていたのか、普段は日当たりのいい縁側で夢か現(うつつ)か居眠りの日々、それが田舎芝居が来るとピンシャンとなり必ず散人を連れ曙座へ行く。「おかあさん!子供に芝居見せると碌(ろく)なもんにはなりませんよ!」と娘(母)に咎められても何処吹く風の又三郎、二人は町行きの路線バスに乗り込むのでありました。
    散人少年日記より。