極楽、極楽。一風呂浴びて一杯しゃれ込む。


道の尾温泉

 
 
ひなびている。

この言葉を最大の褒め言葉としよう。

落ち着く穴場だ。



カンボジアは

かつて大帝国としてインドシナ半島一帯を治めた。

今ではどの辺りにあるのか、

地図を正確に指し示めせる人間さえ少ない。

民族には寿命がある。

そして壮年期の果てには、一種の諦観と享楽が広がる。



イタリアもまたそうだ。

イタリア男の頭には、女とサッカーのことしかない。

その類の諦観と享楽である。

かつてローマ帝国として、地中海世界を遍く睥睨していた民は

今、サッカーボールとネエちゃんの尻を追うことを

人生の楽しみとしている。

「国づくり? そんな時代もあったね」

そう嘯きながら好きに日々を暮らす空気に満ち溢れている。



明治の御世、道の尾温泉は一大レジャーランドであった

と張り出された絵図は語る。

その佇まいは今なく楚々とひなびてある。

たとえば魚民のような、それ行けドンドン的ノリから遥か遠く

美しき諦観に満ちている。



湯がわいている。

混んでいない。

長々と寝転ぶ畳がある。

雑誌もある。

酒があり、手作りのつまみもある。

みんなカクウチ価格だ。

半日だらりと匿名で過ごし、

腑抜けになって帰る幸せがある。