のんべえたちの詩

由緒正しく小汚い店が好きだ


早い話、信用できる情報がない。
タウン誌にもネットにも、
信頼できる飲み屋や居酒屋の情報さえろくにない。
札束で頬をペタペタ叩かれて、ブツブツ書いたような記事。
同じ言葉を繰り返さず褒めまくることに、
四苦八苦している書き手の姿が目に浮かぶ。
これじゃあ、
みんな手を繋いでゴールさせる小学校の運動会と同じだ。
バカじゃないか。なにも分からず、なにも生まない。


それでもサイトの方がまだましだ。
実際、敬服に値する個人サイトもある。
体験型レポート、辛口のコメント。
これだな。
そんな文脈の中で賞讃されている店には行ってみたくなる。
えらいよなあ。人類の表現への根源的渇望。
だけれども、そんなサイト管理者には会わないがいい。
基本的にアクが強い。一度、会いに行ってえらい目にあった。
さて、私も書いてみよう。
私の好きな飲み屋の話だ。
店で私らしき人物を見かけても、声をかけない方がいい。
えらい目にあうから。


はっきり書いておく。
私が好きな店は、由緒正しく小汚い店だ。
あるいは、古く物語が染み込んだ店が好きだ。
そんな店は澱める(←よどめる、と読みます)。
人間はそんなところで、飲むべし。
べしったって、
それほど確固としたポリシーがあるわけじゃない。
湯布院あるいは黒川温泉的ハリボテ飲み屋は勘弁してくれ。
マーケッティングで内装や価格を決める戦略的店舗で、
落ち着けるものか。
「ご主人さまぁ~」とすり寄ってくるメイドカフェじゃあるまいし。
こりゃ、地元の人間じゃないと知らないなという店。
澱めて、格安で、オヤジともすぐに親しくなれる店。
そんな店を書いていこう。


不安もある。
温泉マニア達が穴場をサイトに載せ、
結果、多くが味気ないものに変わった。
本当に好きな人だけ、迷いながら訪ねていく構成としよう。
住所、営業時間、正確な料金など気にとめて書くこともない。
時には店名も書かない。私が座れなくなっては元も子もない。
金やコネで書かされていないことだけは確かだ。
じゃあ、なんで書くのか?
私たちの酒の肴のためだ。

 

 

Plofile まつを

長崎市で通勤生活に身を窶しています。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」。
「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。↓は私の作品たち。