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コリドラス・グリセウス(C. griseus Holly, 1940)とは…


 趣味の世界では良く知られているようでいながらも、純粋にふと「本物とは?」ということを気にかけてしまうと、実際は断定の困難な種類がいくつも存在するように思います。「グリセウス」と一般に呼ばれるコリドラスもまた、そのような1種かもしれません…



C. griseus Holly, 1940, holotype, reproduction of illustration in Holly.
After Nijssen and Isbrucker 1980: "A review of the genus Corydoras Lacepede, 1803", p. 210, fig. 28.


 この絵が、最初にHollyによって記載されたコリドラス・グリセウス(C. griseus Holly, 1940)。グリセウスという名前の由来はラテン語のグレー(灰色)の意。俗に言われる「本物」という言葉を用いれば、これがC. グリセウスの「本物中の本物」ということになります。原記載では、同じ論文中で記載された他の種(C. pestai (C. エレガンスの一型)や、C. grafi (C. アムビアクスの一型)、C. schultzei (C. アエネウスの一型) )と一緒に、"... in kleinen und kleinsten Wasserlaufen in der Nahe des Amazonenstromes ..."(訳:アマゾン河の近くのほんの小さな小川で…)とだけ漠然と産地が記されていますが、いずれも詳しい位置は不明です。不運にも、第2次大戦中にミュンヘン動物園に保管されたこれらの個体標本については全て消失してしまい、種の再査定は曖昧な点が残る記載文と図のみに頼らざるを得ない状況となっています。




C. griseus deweyeri Meinken, 1957, syntype, reproduction of illustration in Meinken.
After Nijssen and Isbrucker 1980: "A review of the genus Corydoras Lacepede, 1803", p. 210, fig. 29.


 次に、この絵がコリドラス・グリセウス・デュエイエリイ(C. griseus deweyeri Meinken, 1957)として、Meinkenによって後記載されたC. グリセウスの亜種です。亜種としての認定であるものの、記載した際に、オリジナルのC. グリセウスとの比較が充分になされていないことが、後にNijssenとIsbruckerらに指摘されています。この亜種の産地は、英領ギアナ内(ガイアナ)ということですが、河川名などの詳細は不明でした。

 Meinken, 1957の記載論文によると、『体色は明黄色から薄暗いベージュ。頭部から背中にかけて暗色で、腹部に向かって明色。鱗板に沿って縦に暗色の線、中央の鱗板接合部も同様に暗色でジグザグ線を呈する。全てのヒレは無色。背ビレと胸ビレの棘は、黒から茶色。エラ蓋は、薄い緑色の光沢。アイバンドは濃い黒色。』



Type locality

C. griseus deweyeri (Meinken, 1957), lectotype.
After Nijssen and Isbrucker 1967: "Notes on the Guiana species of Corydoras Lacepede, 1803", pl. 3-2.


 次に、この絵はNijssen and Isbrucker 1967のギアナ三国(ガイアナ、スリナム、仏領ギアナ)のコリドラスに関する論文において、C. griseus deweyeri (Meinken, 1957)の再鑑定がなされ、lectotype(後基準標本)として指定された個体です。同論文中で記載されている他の種の標本個体の絵を見ても、この記載図は精度が高いことがうかがえます。同じ種を描いた二枚目の図と比べると、その差は歴然です。NijssenとIsbruckerらは、Hollyの記載文におけるオリジナルのC. グリセウスの各部計測値と、Meinkenによって亜種と指定されたC. グリセウス・デュエイエリイを比較計測し、その結果、若干の差は認められるものの、比較可能な標本数がさらに増えれば、C. グリセウス(Holly, 1940)のヴァリエーションの範囲内に収まるのではないかと述べています。ただし、この時すでにオリジナルの標本が失われているため、これ以上は証明できないという理由から、シノニム(異名同種)であるという明言は避けられました。

※一方、C. グリセウス・デュエイエリイについては、一時、Weitzman (1960, p.146)によって、同じくガイアナを産地とするC. ポタロエンシス(C. potaroensis Myers, 1927)と同種ではないかという見解もあり、眼球のプロポーションがC. ポタロエンシスよりも、C. グリセウス・デュエイエリイの方が大きいものの、この差は地域的な変異と見なせるのではないかと提案されています。しかし、NijssenとIsbruckerらは、C. グリセウス・デュエイエリイとC. ポタロエンシスの双方の再査定をおこなった上で、この見解について同意できないと述べています。


 その後、Nijssen and Isbrucker 1980の論文において、改めてこれ以前に記載された全てのコリドラス属の魚の整理がなされ、ガイアナ産のC. グリセウス・デュエイエリイ (Meinken, 1957)という亜種は、C. グリセウス(Holly, 1940)のシノニム(異名同種)に改めて認定されました。ガイアナ領内の詳しい産地は不明のままでしたが、この機会にイギリス自然史博物館(BMNH)に保管された別の標本の個体群(1972.10.17.328-337)を基にして(←これらについては、C. グリセウス・デュエイエリイが記載された際の基準標本ではありませんが、NijssenとIsbruckerらは、標本を確認して同種と判断したのだと思います。)、Guyana, Essequibo, Potaro River, Kuribong trail(ガイアナ・エセキボ地区、ポタロ河水系クリボング川)というようにタイプ産地が具体的に訂正されました。

 注意すべき点は、この産地はNijssenとIsbruckerらの解釈で、C. グリセウスと同種と見なされたガイアナ産のC. グリセウス・デュエイエリイを基に、後から当てはめられたものであり、上記のごとく、「アマゾン河の近くのほんの小さな小川で…」という原記載の曖昧な記述しか残らないHollyが最初に指定したC. グリセウスのタイプ産地も、これによって正しく示されたのかどうかは分かりません。現在、「グリセウス」という名前が付けられて販売されるコリドラスには、ブラジル内のいくつかの産地で、体型・色彩が類似した複数のタイプが存在しますが、それらの中にHollyが1940年に記載したオリジナルのC. グリセウスと同じ個体群が含まれるという可能性も残されているように思われます。しかし、命名の基準とされた模式標本が消失してしまった今となっては(←原記載の曖昧さも問題となりますが、記載年代の学問的な水準を考慮すれば仕方がないかもしれません。)、このことをより生物科学的に検証し、断定することは誰にもできないと言えるでしょう(推論だけは可能ですが…)。
 また、かつてドイツ便で入荷したことがあるスレンダーボディで、アイバンド以外は無斑のコリドラスについては(←ポタロエンシスとして販売されたこともあります。)、詳しくは不明であるものの、ガイアナ産ではないかとも言われており、だとすればC. グリセウス・デュエイエリイとして記載された種(もしくはその近似種)という可能性があるかもしれません。筆者は該当の個体群を写真でしか見たことがありませんし、商業ルートの産地は特定できませんので、こちらも憶測に留めておきます。


おわりに
 以下は蛇足です。国内外を問わずに一般向けのアクアリウム図書では、簡単に一種のコリドラスの写真や解説、産地などが書かれており、店頭での販売説明もまた同様ですが、上記のように魚の正式名称やタイプ産地が決定された経緯を歴史的に眺めていくと、案外、通説として知らされてきた情報の中にも奥深さがあり、短く整理された断片的な情報だけが鵜呑みにされてしまうことへの危うさも感じます。魚の飼育を普通に楽しむという一般的な趣味の世界では、このような話しは何も必要ありません(←こだわりを持ち始めた時に、思わずのめり込んでしまう楽しみの部分でもあり、逆に言えば陥りやすい「罠」かもしれません…)。しかし時折、コリドラスの販売において「コリドラス・○○の本物」というような話題が安易に持ち込まれることがありますが、とりわけ定義の曖昧な種に関しては、いったいどのような検証が具体的になされて「本物」と判定されるのだろうかと想像してしまうと、専門家レベルでも意見がまとまらない難しいものもあると思われますので、どの程度まで信頼できるものであるのか個人的には疑問に感じることもあります。
 趣味としての楽しみには、「夢」はなくてはならないものだと思います。今回のような話しに限らず、いかなる情報や個人をどのように信頼するかは、人それぞれに自由に選択できるものですが、私達には簡単に見えてこない不透明な何かによって、心躍らされる「夢」が逆手に取られて利用されるようなことだけはなければいいなと愛好家の1人として祈ります…


主な参考文献
1. Holly, M. (1940): "Vier noch nicht beschriebene Corydoras-Arten", Anz. Akad. Wiss. Wien 77 (15), pp. 107-112.
2. Meinken, H. (1957): "Uber zwei der Liebhaberei bislang unbekannte Corydoras-Neuheiten (Callichthyidae-Ostariophysi)", Mitteilungen der Fischbestimmungsstelle des VDA XXIV. Die Aquar. Terrar. Zeitschr. 10 (1), pp. 4-7.
3. Weitzman, S. H. (1960): "Figures and descriptions of four South American catfishes of the genus Corydoras, including two new species", Stanford Ichth. Bull. 7 (4), pp. 140-154.
4. Nijssen, H. and Isbrucker, I. J. H. (1967) : "Notes on the Guiana species of Corydoras Lacepede, 1803, with descriptions of seven new species and designation of a neotype for Corydoras punctatus (Bloch, 1794) (Pisces, Cypriniformes, Callichthyidae)", Zoologische Mededelingen 42 (5), pp. 21-50.
5. Nijssen, H. and Isbrucker, I. J. H. (1980) : "A review of the genus Corydoras Lacepede, 1803 (Pisces, Siluriformes, Callichthyidae)", Bijdragen tot de Dierkunde , 50 (1), pp. 190-220.

(2006年1月19日, TA, 2006年5月7日加筆編集, TA )


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